第7話初めての依頼、薬草採取。後々編

「それじゃあ――いくよ」


 私が念じると共に赤い霧が掌に集まってくる。

 霧は鎖を形作ると、メフィストの首に絡みついていく。


「あわわっ!?」


 鎖はメフィストの首をぐるぐるに巻いた後、更に形を変え赤いリボンとなった。

 眷属化……じゃなくて従魔契約完了である。

 その様子を見ていたレジーナが興味深そうに尋ねてくる。


「へぇ、これが真祖の魔術……詠唱が必要ないのね」

「というかこれ、魔術なの?」


 この赤い霧は私の意のままに形を変え、霧に包んだ物質を支配する力を持っている。

 先刻メフィストから力を奪い、従わせたのもこの力によるもの。

 あまりに大きいもの、物理法則や私の力を超えるものは無理だが、割と何でもできる万能の力だ。


「私はこの能力、昔から知らず知らずに使っているんだよね。何百年も前にご先祖様が自身の血に術式を刻んだのを受け継いでいる、とか言われてるけど」

「そ、それってまさか、固有魔術!?」


 私の言葉を聞いたレジーナは突如として目を輝かせる。

 なんだなんだ一体どうした。驚く私にレジーナは詰め寄ってくる。


「魔術師の一族が数世代にも渡って研究を重ね、特別な血統のみに刻まれた固有の術式のことよ! 魔術の最高峰、それを持つ一族は両手で数える程しかいないと言われる超レアな魔術! ……まさか吸血鬼の先祖って、太古の魔術師が到達した形態の一つ……? だとしたら……うぅん、歴史の浪漫ってものを感じるわねぇ……」

「固有魔術、ねぇ……」


 レジーナは感激しているようだが、私としてはあまり盛り上がらないんだよなぁ。

 様々な『物語』の登場人物たちは大抵特別な力を持っている。

 それは私的には熱い展開だし大歓迎なのだが、最初から、しかもめちゃくちゃ強い能力を持ってる『物語』って結構冷めるのだ。

 出来の悪い作者に都合のいい『物語』が透けて見えるというか。

 この赤い霧みたいなほぼ何でもあり、リスクすらない能力ってのは尚更である。

 特別な能力というのはピンチの時に発動したりとか、厳しい修行の果てに得るとか、そういう制限が欲しいよね。


「まぁともあれ、これで私もご主人様の眷……従魔ってワケね。とりあえずは一安心――」

「あーーーっ!」


 突如、私が大声を上げると二人はビクッと身体を震わせる。


「ど、どうしたのアゼリア、いきなり大声出して……」

「しまった、大事なことを忘れてた……」

「ご主人様、何を忘れていたのです?」


 すごく、すごーく大事なことだ。

 注目する二人の前で、私は言う。


「……名前、付けないと」


 ――そう、従魔を仲間に加えたなら、まずは最初にニックネームを付けねばならない。

 呼びやすく、愛着の湧きやすい、いい感じの名前を。

 言わばそれは新たな仲間を迎える儀式であり、『物語』の従魔使いなら必ずやっていることだ。

 くぅー、こんな初歩的なことを忘れるなんて、我ながら何という迂闊。


「な、名前……」

「ですか……?」


 ほら、私の迂闊さに二人とも呆れた顔をしてるじゃないか。反省反省。


「うんっ、必須だよね!」


 力強く言い切る私にメフィストがおずおずと聞いてくる。


「一応その、メフィストという名前がありますけど……?」

「メフィストはちょっと呼びにくいかなぁ。それに可愛さが足りないよ」

「えぇー……」


 不条理だ、とでも言わんばかりに声を上げるメフィストだが、これは決定事項である。

 拒否権はないのだ。残念ながら。


「うーん……メッフィーとか……いやいや可愛いけど長いな。メメ……は短いし。メっちゃん。めーめー……」


 ブツブツと語感や言いやすさを確かめながら、思いついた名を並べていく。

 これがメフィストにとって第二の名となるのだ。妥協は許されない。

 私はぐるぐると辺りを回りながら、考え続ける。


「あんなに真剣に私の名付けに悩むなんて……もしかしてご主人様って意外といい人……?」


 小声で呟くメフィストだが、普通に聞こえているぞ。

 意外とって何だ。意外とって。失礼しちゃうなぁ。


「メフィ……うん、メフィっていうのはどう!?」


 色々考えたがシンプルイズベストという言葉もある。

 メフィ、うん。可愛らしいし呼びやすい。響きもキュートだ。

 気に入ってくれるだろうか。ドキドキしながら反応を待っていると、メフィストはゆっくり頷く。


「……いい名前。気に入ったわご主人様」

「でしょ!」


 我ながらいい名前である。まさに会心の名付け。

 メフィスト――メフィも気に入ったみたいだしよかったよかった。


「――ッ!?」


 うんうん頷いていると、メフィが目を見開く。


「なにっ!? どうしたの?」

「わからないけど、ご主人様からすごい力が流れ込んでくる……!」


 メフィの身体に私の魔力が流れていくのがわかる。

 なにこれ、一体何が起きているの? 


「真祖は自らの眷属に名前を付けることで、力の一部を貸し与えることが出来るという……それによってアゼリアの力がメフィに流れ込んでいるのよ」

「何か光っているんですけど―!?」


 メフィの身体が眩い光を放ち始め、その姿を変えていく。

 変化した姿はピンク色のなんだか丸っこいファンシーなコウモリであった。


「こ、この姿は……私??」


 信じられないと言った顔で自分を見るメフィ。

 というか私自身も信じられない。声まで変わってるじゃないの。


「名付けによる能力の向上は知られているけど、ここまで魔力が上がるなんて……下手したら前より強いくらいじゃない……!」

「すごすぎだわご主人様。こんなの見たことも聞いたこともないですよ! これが真祖の力なのですねっ!」


 そういえば昔、おじいちゃんが犬に名前を付けようとしてとんでもないことになったとか言ってたっけ。

 地元ではあまり生き物がいないからそんなことしなかったけど、名前を付けるだけでこんなに変わるなんて……


「名前を付けられただけでここまでの力を得られるなんて、まさに嬉しい誤算! 適当に利用しようかと思ったけど、しばらくは従魔ごっこにも付き合ってあげようかしら。……いい名前も付けて貰ったしね。べ、別に気が変わったとかじゃないんだからね!」


 メフィが何やらブツブツ言ってるが、もしかしてその影響じゃないよね。

 ちょっと気を付けた方がいいかもしれないなぁ。


 ◇


 ともあれ、私たちは目的の白薬草の採取を終えて街へ戻ってきた。

 メフィがスライムに集めさせていたので大量に手に入った。それはもう大量に。

 それ以外の多種多様な薬草は大量過ぎて持ち切れなかったので、レジーナの魔術『空間庫』で保存して貰っている。


「というわけで、はい」


 早速ギルドを訪れた私たちは、受付嬢に依頼分の白薬草を渡す。


「……なんかちょっとドロッとしてません? コレ」

「あはは、スライムに多少溶かされちゃって……」

「そ、そうなのですか。うーーーーん……」


 難しい顔で考えこむ受付嬢。

 ……うーん、もしかして溶けた薬草じゃダメだっただろうか。

 いや、どう考えてもダメだよね。

 私が依頼人ならお断りである。……はぁ、依頼失敗なぁ。

 私がへこんでいると、受付嬢はいきなりパッと表情を明るくした。


「素晴らしいですっ!」

「……へ?」


 キョトンとする私に受付嬢は続ける。


「白薬草は日持ちがせず、傷みやすい薬草。ですがスライムの粘液でコーティングすることで消費期間は何倍にも伸びる。それを知っていて一度スライムに食べさせたのですね! 素晴らしい知識、そして気遣いです!」


 受付嬢の言葉と同時に、周りからも声が上がった。


「おー、ベテランでも中々気が回らねぇってのに、んなことよく知ってたなぁご令嬢。見直したぜ」

「全くだ。世間知らずのお嬢様かと思ったが案外やるじゃねぇの」

「先日はからかって悪かったな。すまなかったな」


 周りの冒険者たちもやんややんやと囃し立ててくる。

 ……どうやら偶然、スライムの粘液が良いように作用していたみたいである。

 全然知らなかったな。なんか恥ずかしいや。

 主人公が医師とかの『物語』なら、こういう時に意味深にウインクの一つも返せるのだろうが、今の私は呆気に取られるのみだ。……まだまだ精進が足りないな。

 でもそれはこれから勉強すれば良いだけの話。頑張れば私にだって『物語』に出てくるような知識人のように賢くなれるかもしれないだろう。

 ともあれ最初の依頼は無事達成、私は冒険者として一歩前進したのだった。

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