第6話初めての依頼、薬草採取。後編

「馬鹿な……何故、こんなことが……」


 何やらうわごとのようにブツブツ呟くメフィスト。

 うーんなんだか恥ずかしい。家名を言って驚かせるなんて、『物語』でも小物がやるようなことである。だからやりたくなかったのだ。


「というか……んー、なんか私の最初の冒険、ちょっと変な方向に行ってない?」


 冒険者になったはいいけど初依頼でいきなり変な悪魔が出てくるし、レジーナは傷だらけになってるし、辺りの森もボッコボコ。

 この状況、まるで『物語』終盤のボスバトルである。

 そこそこ冒険者として名を上げ、仲間を増やして、ライバルとの対決を乗り越え、お姫様を助けたりして、万感の思いを以てようやくコレならまだしも、『物語』の序盤からこんな大事に巻き込まれるのはちょっと違うと思うんだ私。

 序盤には序盤にふさわしい『物語』があると思う。のほほんとしたハートフルなやつとかさ。こんな殺伐としたのは私的にはナイかなぁ。


「あ、そうだ。それらしくすればいいんだ」


 ぽん、と手を叩く。

 ここから無理やり、軌道修正を入れて私好みの『物語』序盤にすれば何の問題はないじゃないか。

 うんうん、我ながらナイスなアイデアである。


「そうと決まれば――」


 私はそう呟いて銅の剣を仕舞うと、手のひらをメフィストに向ける。

 瞬間、赤い霧が辺りを覆い尽くした。


「な、何っ!? 何が起きているの!?」


 赤い霧の中、混乱したように声を上げるメフィスト。

 霧の中ではメキメキと軋むような音が聞こえてくる。

 その様子を見つめながら、私は広げていた掌をゆっくりと閉じた。


「ああああああああっ!?」


 甲高い悲鳴が響いた後、霧は徐々に薄くなっていく。

 中から現れたのは――小さなコウモリだった。


「い、一体が起こったのっ!?」


 先刻とは違う可愛らしい声でメフィストは声を上げる。


「おー、いい感じで小さくなったじゃない」

「な、ななな、何なのこの姿はぁぁぁっ!?」


 そう、『物語』の序盤の敵ってのはあまり強くない方がいい。

 だから私はそれに則って、メフィストの魔力を削ぎ落したのである。

 身体の大部分を魔力で構成している悪魔から魔力を奪うとその形を維持できなくなるのだ。

 今のメフィストはスライムよりちょっと強いくらいだろうか、序盤のボスとしては悪くないだろう。


「うん、いい感じ。さー改めて勝負っ!」


 満足した私は銅の剣を構えるが、メフィストはダラダラと冷や汗を流し始めた。


「ば、馬鹿な……私の魔力を根こそぎあの赤い霧に吸われた!? これが真祖の力……というかこの魔力の感じ、以前にも受けたことがある……まさかあの時、振り返りもせず私を叩き落して行ったのは――お前だったのか!?」

「何のこと?」


 叩き落したって言われても……あ、そういえば北の果てからこっちに飛んで来る途中、何かに当たった気がする。

 鳥にしては大きかったなぁとか思っていたけど、もしかしてアレ、メフィストだったのだろうか。


「……気づいてすらいなかった、とはね。これが真祖……ふふ、嫌になる強さだわ」


 吐き捨てるように呟くメフィスト。

 そういえばさっき、気に入らない奴に戦いを仕掛けてリベンジの為に回復を図っていたとか言ってたっけ。

 それって、私のことだったのか。……何かその、轢いちゃってゴメン。


「全力は通じず、力も奪われ……これ以上打つ手は一つしかないか」


 どこか思い詰めたような顔のメフィスト、ゆらりと翼をはためかせ、こちらへと向かってくる。


「! アゼリア、何かするつもりよ!」


 レジーナの声を上げる中、メフィストは私の眼前に迫り、そして――


「アゼリア様ぁーっ♪」


 ぽふっ、と胸元に飛び込んでくると、すりすりと顔を擦り付けてくる。

 一体どうしたのだろうか。困惑しているとメフィストは目を潤ませながら私を見上げてくる。


「このメフィスト、貴方様のお力に感服いたしました。よろしければ是非この私を眷属にして頂けませんかっ?」

「はぁ……?」


 困惑する私に、メフィストは猫撫で声で続ける。


「ねぇいいでしょうご主人様ぁ。私ってばすっごく役に立つんだから」

「うーん……眷属ねぇ……」


 正直言って気が進まないなぁ。

 あくまでも今の私は冒険者、真祖の能力は出来れば使いたくないのだ。

 だって『物語』的に考えてつまらないし。私は苦戦とかも楽しみたいのだ。

 ていうか折角序盤のボスを作ったのに、それを戦いもせず眷属にしちゃうのはなぁ……


「やっぱり倒すのがいいと思う」

「きゃーーーっ!」


 ちゃき、と剣を構えると、メフィストは更に擦り寄ってくる。


「完全に白旗を揚げた可愛いコウモリちゃんを殺すって言うの!? 優しい冒険者なら絶対そんなことしないですよぅ! ねぇお願いご主人様、なんでも言うこと聞きますからぁー」

「……ハッ!?」


 その時、私の脳裏に電光が走る。

 言われてみれば『物語』に出てくるような冒険者は、甘すぎるくらいに甘く、降参した時はどんな悪人でも許してあげていた。

 もちろんしっかり殺す系の『物語』もあるけど、そういうのは敵側がかなり酷いことをやった上での話だ。メフィストに関してはむしろ私が跳ね飛ばした感すらあるし、このまま倒すのはちょっと可哀想な気がする。

 私はゆっくりと剣を降ろす。


「……わかった、倒すのはやめておくよ」

「ああっ、何とお優しい……」


 両手を胸元で握って涙を流すメフィスト。器用なコウモリである。


「あーでも眷属にはしないから。反省はしてるみたいだし、見逃してあげるってことで。バイバイ」


 ひらひらと手を振ると、今度はメフィストが詰め寄ってくる。


「そんなっ! 眷属にして下さいよぅ! 全魔力を奪われてこんな姿にされちゃあ、もう生きていくことが出来ません!」

「そこまで面倒見られないし、そこは自業自得ってやつじゃないの?」

「う……ぐっ……!」


 メフィストが口ごもっているとレジーナが口を開く。


「ねぇアゼリア。だったら彼女を従魔にすればいいんじゃない?」

「従魔?」

「えぇ、一部の冒険者は魔物を従え、自らの相棒としている――それこそ『物語』で見たことないかしら?」

「――あるっ! あるよそれっ!」


 魔物を従え共に旅をする冒険者、マスコット的な可愛い魔物を連れて旅をする『物語』。

 若干王道から外れはするがこれまた私の大好物である。

 言われてみれば今この現状、そのパターンな気がしてきた。そう思うとメフィストも可愛く見えてくる。


「……いいかも」

「でしょう!」


 レジーナとメフィスト、二人の声がハモった。

 二人共、さっきまでケンカしていた割に息が合ってるなぁ。一体どうしたのだろうか。


「吸血鬼の真祖――すごい才能を持ってるわけね。さっきの赤の霧、一粒一粒に信じられない程の術式が刻まれていた……まさに芸術。この悪魔もここまで弱体化すれば脅威ではないし、従魔になれば悪魔の使う魔術だってゆっくり観察できるかもしれない……あぁ、気になるっ! 魔術の探究者としては見逃せないわっ!」

「従魔も使い魔も眷属も、言い方が違うだけで大差はない。だったらその気になってるうちに話に乗っちゃいましょう。ただでさえこちとら敵の多い身、こんな姿になったとしれたらすぐ殺されてしまう。だったら従魔にでもなってる方が幾分かマシってものよ。それにこの子、かなりのお花畑だし上手く信頼を得ればそのまま傀儡として操ることも可能。所詮は力だけのお子様よ。口八丁で操って、せいぜい利用しまくってやるわ」


 何やら呟いているが、なるほど二人の意見が重なったのはそういう理由か。

 確かに悪魔なら結構恨みを買っているだろうから私の庇護下入りたいだろうし、レジーナも本来なら反対すべきところ魔術への好奇心が勝っている。

 そして私は従魔を仲間に出来る、と。まさに全員の利が一致したというわけである。

 ……まぁなんだか皆、自分のことしか考えていないような気がしないでもないけど……いやいや、仲間というのは違う思いを持つ者同士が各々の目的を成すべく、力を合わせるもの。

 そこから始まる友情ってのもまた『物語』的には美味しいじゃないか。


「これからよろしくお願いしますわ、ご主人様!」

「うん、こちらこそ」


 差し出された手を握り返す。

 序盤のボスを倒して従魔に加える。うん、いい感じで『物語』っぽいじゃないの。

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