第5話初めての依頼、薬草採取。中々編

「お前たち、冒険者ね? やれやれこんなに早く見つかるとは思っても見なかったわ。目立たないようにスライムを操って薬草を集めさせていたのだけれど、大失態よ」


 メフィストと対峙するレジーナは、信じられないと言った顔をしている。


「悪魔……!」

「大悪魔、よ」


 メフィストが持ち上げた指先が怪しく光る。

 漆黒の魔力球が生成され、レジーナ目掛け放たれた。


「くっ!」


 迫り来る魔力球を防ぐべくレジーナは魔力障壁を展開した。

 激突する二つの魔力、その接触面から火花が爆ぜる。

 拮抗していたように見えたがそれもほんの僅かの時間だけ。

 すぐに障壁は砕け、魔力球はレジーナに激突した。


「きゃあああああっ!?」


 悲鳴を上げて倒れ伏すレジーナを見下ろし、メフィストは笑う。


「ふむ、そこそこ硬い魔力障壁ね。それなりの魔術師といったところかしら? でも大悪魔たる私の前ではそんなものは紙切れ同然」

「ぐっ……何故悪魔がこんな人里近くに……?」

「少々傷を負ってしまってねぇ、その治療の為に身体を休ませていたのよ」


 よく見ればメフィストの纏う黒衣の隙間からは、全身至る所に傷が刻まれている。


「丁度先日だったかしら、ちょっと変な奴が目に入ったから手を出したはいいけれど、手痛い反撃喰らってしまってね。大悪魔たる私がここまでの傷を負わされるとは、世界は広い……ってお前たちには何の関係のない話か。どうあれ今の私は力不足を痛感して結構へこんでいるのよ。このまま立ち去るなら見逃してあげてもいいけれど」

「見逃したらその後、どうするつもり……?」

「そりゃあ十分に回復した後に、この街の人間から精気を全部吸い取ってやるのよ。そうすれば今までよりも更に大きな力が得られるもの。そして次こそ奴にリベンジを……!」


 拳を握るメフィストの声には深い怒りが込められていた。

 怒りにより魔力は溢れ、辺りの木々の葉は舞い散り、地面には薄く亀裂が生まれている。

 レジーナはしばし沈黙の後、ゆっくり首を横に振る。


「……この街からいつ、私が育てたくなるような才能が生まれるかわからない。今は才なき子でも、努力次第で素晴らしい魔術師になる例は幾つも見てきた。壮年になって魔術に目覚める人だっている。だから私は人を育てるのが好き。人が育つ街が好き。――それをめちゃくちゃにしようとする危険なあなたを見逃せはしない……!」

「あっそう。いいわよ。殺すから」


 二人が全身に魔力を纏った、その次の瞬間。

 私の身体が上空にふっ飛ばされた。


「ここは私が時間を稼ぐ。アゼリアはギルドに報告をして頂戴! 相手は大悪魔、街にいる冒険者全員でかからねば危ないと!」


 切れ切れに聞こえる声と共に二人の魔術が激突する音が響いた。

 山の上空に放り出された私は、いきおいのまま街へと飛ばされていく。

 風の魔術『飛翔』辺りだろうか。自分ではなく他人を、こんな速く正確に飛ばせるなんて……やはりレジーナはすごい魔術師だ。

 ……って感心している場合ではない。すぐに戻らないと。

 私は空中で日傘を広げ、ブレーキをかける。


「ん~っ!」


 しばらく堪えていると飛ばされる力は弱まり、降下していく。

 そうして木の先端に着地した私はそこを足場に、思い切り蹴った。

 ぎゅぅぅぅぅん! と風切り音と共に私は魔術を撃ち合う二人の、丁度真ん中へと降り立った。

 当然、二人の魔術が私に激突、視界が爆炎に包まれることになる。

 どぉぉぉぉん! と爆発音が巻き起こる中、私はパタパタと煙を払う。


「む……?」

「えっ!? な、何!? どうなったの!?」


 晴れてきた煙の切れ間からは困惑したような二人の顔が見える。

 レジーナは口をあんぐりと開け、茫然と私を見ていた。

 私が戻ってくるまでの十数秒でもうボロボロになっている。


「あ、アゼリア!? 街へ飛ばしたはずなのに、なんで……!」

「帰ってきちゃった」

「――くくっ」


 私の言葉にメフィストはくぐもった笑いを漏らす。


「あはははは! いやぁ流石の私も冒険者ギルド全員に狙われたら面倒だから、さっさとこの女を殺して追いつかなきゃと思ったけど――同情するわ。愚かな仲間を持つと大変ねぇ。折角身体を張って助けようとしていたのに……ダサっ」

「……!」


 何も言い返せず唇を噛むレジーナの前に立ったまま、私は言う。


「レジーナはカッコいいよ。私を逃がし強大な敵に立ち向かう――まさに最高のシチュエーションじゃない。これぞ王道展開ってやつだよねぇ」


 まさに『物語』の見せ場、しかも一番盛り上がるやつである。

 そんな状況を私が黙って見ていることなんて出来るはずがないだろう。

 私の言葉に驚いた顔を見せるメフィストだが、すぐに苦笑を浮かべた。


「くくっ、そうね。その女がダサいってのは撤回する。――お前が愚かなだけだもの」


 メフィストの瞳が怪しく光る。

 瞬間、私の視界が白く染まった。直後、爆音が響き渡り周囲が炎に包まれる。


「アゼリアっ!?」

「あははははっ! 躱しも防御もしないなんて、愚かしいにも程があるわね! ま、大悪魔たる私の魔術に反応出来るはずもないのだけれど――」


 高笑いをするメフィストの目が大きく見開かれた。

 その瞳には傷一つない私の姿が映っている。

 ――確かに、私は魔術が苦手だ。正直今の一撃も全く反応できなかった。

 だがまぁ、別に必要はないのだ。

 だってあの程度の攻撃、素の身体能力だけで全然耐えられるのだから。


「しかも今は夜だしね」


 メフィストの瞳に映る私の姿が変貌していく。

 髪の色は薄い金から濃い銀へ、目の色は淡い青から燃えるような真紅へと。

 それにつれ、メフィストの顔色も青く染まっていく。


「お、お前……その姿は……!」


 これが私、本来の姿。

 普段は薄い魔力の膜を纏って陽の光を浴びても大丈夫なよう魔力でコーティングしているが、月光を浴びるとそれが解けるのだ。

 銀の髪に赤い瞳、それは夜の住民の特徴である。すなわち――


「――吸血鬼……しかもその圧力、かなり上位の……!」

「へー、分かるんだ」


 ――吸血鬼。

 人の血を吸い、強靱な肉体を持ち、日光を浴びると灰になる……とかまぁ色々言われているが、その能力の強さは血の濃さにより増減する。

 上位の吸血鬼は血を与えることで眷属を作り、その眷属もまた同様に下僕を増やしていくのである。

 私はまぁ、それで言えば確かに上位の方である。


「それこそ理解出来ない……どうして吸血鬼がこんな場所に、人間と……?」


 驚愕の表情を浮かべるメフィストに、私は答える。


「だって私、冒険者だから」


 そう言って私は、冒険者らしく腰に差した銅の剣を抜く。


「冒険者……ふふ、あーっはははは! 笑わせてくれるわね。吸血鬼が人間の真似事をしているなんて!」


 突然大笑いし始めるメフィストに私は首を傾げる。


「何がおかしいのかわからないけれど、やりたいように生きるのって楽しいよ。そこに人かそれ以外かなんて関係ないと思うけど」


 吸血鬼が人の作った『物語』が好きで、冒険者に憧れて何が悪いのか。

 まぁ否定されようが関係ないけど。私はやりたいようにやるだけだし。


「同感ね。それじゃあ私も、私のやりたいようにさせて貰おうかしら!」


 そう言ってメフィストは翼を広げ、飛翔する。

 超高速で突っ込んでくる黒い弾丸を迎撃すべく、私は銅の剣を振り上げた。


「ダメよアゼリア! 逃げて!」


 レジーナが悲鳴を上げるのにも構わず、私は剣を振り下ろす。


「てぇい!」


 めきり、と剣はメフィストの頭にめり込んだ。

 そして、メフィストは頭から地面に激突する。

 どぉぉぉぉん! と土煙が上がる。

 目の前には大きな穴が空き、深すぎて底は見えなくなっていた。


「ど、どうして……止まっているスライムにも当てられなかったのに、こんな速さの敵に当たって……?」

「いやー、だって的も大きいし、向こうから突っ込んできてくれたから、ねぇ?」


 目の前の人間サイズを斬るより、足元のボールを斬る方が、断然難しいのは自明の理。


「そうは言ってもあの速度に反応出来るものなの……私でも目で追えなかったのに……」


 驚くレジーナだが、あのくらいの速度なら動いていようが止まっていようが関係ない。特に今は夜目が利いている。


「……く、くくく……」


 目の前の大穴から声が聞こえる。

 メフィストがゆっくり、笑いながら穴の中から浮かび上がってきた。

 頭からは血を流し、怒りのあまり声を震わせている。


「言ってくれるわねぇ……私の速度なんてスライムと大差ないと!?」

「正確には止まっている、だけど」

「よりヒドいっての! ……ったく、そこまでコケにされちゃあ黙ってられないわ――ねっ!」


 ごう! と黒い風が吹いた。

 上下左右、メフィストは縦横無尽に飛び回りながらどんどん速度を上げていく。


「どう!? この速度なら反応できないでしょう! 怯えろ、震えろ、そして死ねぇ!」


 鋭い爪を振りかざし、私の背後から迫るメフィスト。いやだから見えてるって。

 振り向きざまに銅の剣を振るうと、顔面にいい感じの一撃が入った。


「がはぁっ!?」


 吹っ飛ぶメフィスト。何度もバウンドしながら大木に激突した。

 あちゃあ、結構強く入ったな。折角買った銅の剣が折れてしまうじゃないの。

 魔力を纏わせ強化していると言っても、元が銅だしあまり頑丈じゃないんだけど。


「な、何故……私の全速力が通じない……? 何なの今の動き、そして威力! ありえない……お前一体、何者なのよっ!?」

「さっき自分で言ったじゃない。上位の吸血鬼だよ」

「ただのじゃないでしょ! 私は大悪魔、多少上位の吸血鬼にだって引けを取りはしないわ! 正体を現しなさい化け物!」


 いきなり化け物扱いはひどいと思うんですけど。

 とはいえまぁ、メフィストの言い分も分からんでもない。

 私は胸元をゴソゴソと弄り、ブローチを見せた。途端、メフィストの顔がみるみる青ざめていく。


「竜と逆十字……その紋章、まさか魔界最高貴族、闇の眷属の王、吸血鬼の真祖たるレヴェンスタッド家の……?」

「うん、アゼリア=レヴェンスタッド。それが私の名だよ」

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