第4話初めての依頼、薬草採取。中編

 ◇


 気づけば日が傾き始めていた。

 涼しくなってきたので日傘は下ろし、腰に差していた銅の剣を使って藪を払いながら進んでいく。

 剣にはこういう使い方が出来るという利点もある。けれども……あーあ、最初は魔物相手に使いたかったなぁ。


「……にしても本当に根こそぎなくなってるね。白薬草。誰かが乱獲してるとか?」

「それは考えにくいわね。珍しい植物ならまだしも、この山に自生している薬草はどれもありふれたものばかり。そんなことするメリットがないもの。……それにほら、あれを見て」


 レジーナが指差すと、地面には根本から切られた草が生えている。

 いや、切られたというよりは溶かされたのだろうか。断面がぐちゃぐちゃだ。


「こんな芸当、普通の人間には無理よ。やはり何かが起こって……むぐっ!?」

「しっ」


 考え込むレジーナの口を押さえ、茂みに座り込む。

 息を潜めて茂みの中からじっと前方を見据える。


「な、何? どうしたのアゼリア」

「あれ、見て」


 答える代わりに遠くを指差す。

 木々の隙間からは、草むらを蠢く何かが見えた。


「って言われても全然見えないのだけれど……日中ならともかく、もう日が陰り始めているのよ」

「あれ、スライムだよ」


 レジーナは見えないようだが、あそこにいるのは様々な『物語』で定番の魔物、スライムだ。

 ボール大の大きさでゼリー状の不定形な魔物。どこにでも生息しており何でも食べる。

 冒険者でなくても倒せるような弱く、雑魚の代名詞でもある魔物だ。


「そう言われてみれば何か動いてるような気もするけど……こんな暗いのによく見えるわねぇ」

「夜目は利く方だから」


 よく見ればあちらこちらにスライムがいて、草を食んでいるようだ。

 なるほど、これが薬草がなくなった原因か。


「よぉーし、この銅の剣の錆にしてくれるっ!」


 スライム、最初の魔物としてこれ以上相応しい魔物はいるだろうか。いやいない。

 私は自慢の獲物、銅の剣を抜きながらスライムに近づいていく。

 一歩、二歩、気づかれぬまま近づいた私は剣を振りかぶった。


「覚悟ーっ!」


 ぶんっ! と風切り音を残して剣は空を切った。……あら、おかしいなもう一度。


「ていっ! とりゃあ!」


 ぶんっ! ぶんっ! とやはり剣は空を切った。


「おかしいなー、全然当たんないよ」


 よく狙っているはずなのに全く当たらない。

 スライムは全然動いてないにも関わらず、だ。

 うーん、他の冒険者たちはこれに当てているのか……一応これでも実家では素振りとかもしてたんだけど。


「重すぎて振り回されているんじゃない? ほらあなたって華奢だし」

「そうなのかな」


 そんな感覚はないんだけれども、レジーナが言うならそうなのだろうか。

 ……むぅ、剣術とはなんと奥が深いことか。『物語』とかだと新人冒険者でもあっさり倒せているのになぁ。

 しかもこのスライム、私を敵扱いしてないのか、余裕の様子でモシャモシャ草を食べている。くそぅ、今度こそよーく狙って――


「待って!」


 剣を振り降ろそうとしたところで、ストップがかかる。

 身体をぐらつかせていると、レジーナがスライムに近づいてじっと見つめている。


「このスライム、体内に大量の草をため込んでいる……スライムの体内は強力な溶解液で満たされているから薬草なんて食べた先から消化されていくはずなのに、これはおかしい。他のスライムたちもまるで薬草を集めているみたいね」

「言われてみれば……」


 他のスライムも体内に薬草を溜め込み、それが終わると何処かへ移動している。

 しかしそんなことに気づくとは、流石はAランク冒険者だなぁ。

 すごい洞察眼だ。思わず尊敬の眼差しを向けてしまう。


「少し様子を見てみましょう」

「うん、そうだね」


 しばらくするとスライムは薬草を食べ終えたのか、どこかへ移動し始める。


「どこへ行くんだろ。追うよねもちろんっ!」

「そんなに目を輝かせちゃって……はいはい、行きましょうか」


 私は好奇心の赴くまま、レジーナと共にスライムの後を追うことにした。

 向かう先は山の奥、進むにつれてチラホラと他のスライムたちも合流しており、気づけばすごい数になっている。

 百を超えるスライムが一糸乱れぬ動きでまっすぐ進む様は、なんとも不気味だ。

 加えてどのスライムが取り込んだ薬草も溶けておらず、やはり何者かの意思を感じざるを得ない。

 これなら薬草が見つからなかったのも頷けるだろう。


「ねぇレジーナ。これってもしかして、結構な大事件なんじゃないの?」


 レジーナは真剣な面持ちで眉を顰めると、重々しく口を開く。


「……そうね。何が起きているのかはわからないけど、これ以上は依頼の範疇を超えている――アゼリアは引き返しなさい。ここから先は私だけで行くわ」


 有無を言わせぬ真剣さで言うレジーナだが、


「――ダメだよ」


 私は応じることなく首を横に振った。


「これだけの魔物が街の近くに集まってるんだよ。何か大変なことが起ころうとしているのは明白。ギルドが対処するにしても原因がわからなければ二度手間だし、遅れれば対処も間に合わなくなるかもしれない」

「だから私一人で行くのよ。先輩として君を危険に晒すわけにはいかないもの」

「夜目が利く私がいれば追跡もスムーズにいくけど、レジーナ一人じゃ知らず知らずのうちに魔物に近づかれて逃げ場を失くかもしれない。確実に追跡を成功させたいなら、私を連れていくべきだよ」


 レジーナはしばし考えた後、諦めたようにため息を吐いた。


「……ふぅ、確かにそうね。私一人じゃこの暗闇の中では確実に動きは鈍くなる。大量とはいえ敵は足の遅いスライムのみだし、仮に気づかれても私の魔術で十分切り抜けられるでしょう」

「いざとなったら前衛も出来るしねっ!」


 銅の剣を手に頷く私を見て、レジーナは苦笑いする。

 ……よしよし、何とか説得できたぞ。

 折角面白そうなことが起きているのに、このまま帰るなんて勿体なさすぎる。

 原因を明らかにして問題も解決する。そう、『物語』の主人公ならね。

 もっと言えばこんな風に敵に見つからないように隠れて追跡する系の探偵っぽい話も大好きなのだ。

 あ、もちろん街も心配だよ?


「よーし、追跡再開。心配しなくてもきっともうすぐ集合地点だよ。行こうレジーナ――」


 言いかけて、気づく。

 私たちの背後に生まれた一つの気配に。


「アゼリアっ!」


 同時に、私はレジーナに突き飛ばされ地面に転がる。

 見上げればレジーナは肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


「逃げ、なさい……アゼリア……!」


 鮮血が滴り落ちる。そんなレジーナの前に立つのは黒い影――黒衣の女だった。

 頭の左右から生えた双角、背中からは蝙蝠のような大きな翼が生え、両手足の爪は長く伸び、釣り上がった真紅の瞳が突き刺すような視線を向けている。


「悪魔……!」


 そう呟くレジーナに、黒い影は口角を吊り上げて鋭い牙を見せた。


「下等な人間に悪魔呼ばわりされる筋合いはなくってよ。大悪魔メフィスト様とお呼びなさいな」


 メフィスト、黒い女はそう名乗った。

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