第9話宿探し、冒険は最高の環境で。中編

 その日の深夜、私たちはこっそり部屋を抜け出した。

 廊下の蝋燭は全て消されており、辺りは真っ暗闇だ。


「ねぇアゼリア、本当に行くつもりなの? その――」

「うん。幽霊見てみたいし」


 実は私、幽霊を見たことがない。

 人の霊魂が集まり、魔力を取り込んで生まれるレイスという魔物なら実家の近くで何度か目にしたが、それは幽霊とは全く違う存在である。

 先刻老婆が語った『物語』で語られるような幽霊が発生するのは、実は結構レアケースなのだ。

 いやー、一度実物を見てみたかったんだよねぇ。

 見た目はレイスみたいな感じなのかな? 会話は出来るのかな? あわよくば仲間に出来ないかな? 考えるだけでワクワクするなぁ。


「何故あんなに目を輝かせているのかしら……」

「謎ね……」


 二人は諦めたような顔でため息を吐いている。

 それでもついてきてくれるということは……二人共幽霊が気になるのかもしれない。

 うんうん、そうだよねぇ。私も気になって夜も眠れないもの。


「さー、幽霊探しにゴー!」


 と、私は他の客を起こさぬよう小声で言うのだった。


 ◇


「でもご主人様、どうやって探すおつもりです?」

「え……いや、特に考えはなかったけど……」


 メフィに突っ込まれ、私は答える。

 その辺ウロウロしてたら会えるかなぁなんて思ったのだが……考え甘かった?


「甘すぎよアゼリア。幽霊というのは人の思念が具現化した存在。基本的にはその思念の向かう先……例えば場所や人に憑く場合が多いの。今回は多分前者ね。教会などで祈祷すれば祓えるだろうけど、そうしていないところを見るとよほど強力な幽霊なのかしら。姿を隠すのが得意とか」

「へぇ、詳しいんだねレジーナ」

「これでも一応Aランク冒険者だからね。教会にも少しは知り合いがいるのよ。……話を戻すわ。幽霊というのはこの聖水を嫌う。この建物は三階建て、下からこれを携えて追い詰めていきましょう」

「おおっ! それいい! それでいこう!」


 これが冒険者としての知識と経験値ってやつか。流石はレジーナ、スマートで憧れるなぁ。私もいつかこうなりたいものである。

 レジーナの提案で一階から聖水を携え、上の階へと向かっていく。

 あっという間に二階を調べ終わり、三階に辿り着いた。


「中々出てこないね」

「そもそも本当に幽霊がいるかどうかもわからないけどね」

「それを言っちゃおしまいでしょ……いや可能性は十分あるけどさ」


 様々な『物語』に出てくる幽霊だが、結局気のせいだったというオチが付くことも割とある。

 そして現実ではそれが最も多いだろう。いやいや、まだ探索は終わっていない。諦めたらそこで終わりである。でてこいーでてこいー。

 ……と、念じるものの私の願いは叶わず、結局すぐに三階の行き止まりに突き当たってしまった。


「えー、これで終わり?」

「みたいですねぇご主人様。そもそも幽霊なんてのはあまりいないものですし、いてもすぐ消えてしまうもの。今回の件もそのどちらかなのでは?」


 メフィもそう言うが、私は絶対いると思うんだよなぁ。

 気のせいにしては多くの人が関わり過ぎているし、何より私のカンがそう言っている。


「それになーんかこの建物、違和感があるんだよねぇ」


 昼間に廊下を歩いている時思ったが、ただの三階建ての割にはやけに音が響く。

 最初は建物のボロさ故に内部の隙間が大きく、そこが反響しているのかと思ったが、ただの隙間にしてはあまりに大きな空洞があるように思える。

 まるでそこに部屋があるかのように。

 私は夜目だけじゃなく、耳も利くのだ。


 音に集中しながら真上を見ながら歩いていると、天井のある一点が目に入った。

 黒塗りになってて分かりにくいが何か動かしたような跡がある。


「あの上、いけそうだよ。メフィ、ちょっと見てきて頂戴」

「はーい。……ってあらホント。よく見れば隠し扉がありますよ!」


 やっぱりね。メフィが扉を開けると、天井への階段が現れた。


「隠し階段……うーん、わかってるぅ! ワクワクしてきた!」

「これ以上は不法侵入な気がするのだけれど……」


 レジーナもそう言いながらついてくる。

 そうそう、冒険者は冒険しなきゃね。

 というわけで階段を上がり天井裏の部屋へと足を踏み入れる。

 中は意外と掃除されており、蜘蛛の巣一つない。

 かといって何があるわけでもなく、だだっ広い空間に思えた。


「おーい幽霊さーん。いるなら出てきてよー。お話ししましょー」


 ……と、読んでみるが返答はなし。

 反響音が虚しく響き渡るのみだ。


「ご主人様にビビってる可能性とかありません?」

「えー、凄腕冒険者の幽霊がこんな小娘にビビるとかある?」

「いや、どう見てもただの小娘じゃありませんし……」


 まぁ吸血鬼の真祖ではあるけれど、見た目はごく普通の少女である。

 メフィと他愛ない会話をしていると、レジーナが立ち止まって虚空を見つめているのに気づく。


「……いる」

「へ? 何が?」

「幽霊よ。気配を感じるわ」


 辺りを見渡すレジーナ。おおっ、やっぱりいるのか。


「この近くにいるのは間違いないわね。でもどこにいるのかわからない。部屋に居るのは間違いなさそうだけど……」

「聖水でも撒いてみる?」

「下手に当たったらそのまま成仏してしまうわよ。魔力……というか瘴気でも出せれば寄ってくるかもしれないけれど……」


 瘴気とは死者などが好む気配というべきものだ。墓場や病院など死体が集まる場所に溜まりやすいく、吸血鬼やスケルトンなどの闇系の魔物が纏っていることもある。

 真祖の私なら出せるのではないか、と聞いているのだろう。

 そういえば私の実家もそんな空気に包まれてたっけ。

 やったことはないが、あの暗い雰囲気を出せばいいんだよね。


「じゃ、やってみる」


 私は深く呼吸をし、吐いた。

 その吐息が黒い霧のようになって辺りを覆う。


「っ!? な、なにっ!? このとんでもない瘴気はっ!? は、肺が腐りそう……」

「悪魔の私でも押し潰されそうな圧力……こ、これがご主人様の瘴気!」


 ……なんか失礼な言葉が聞こえた気がする。レジーナとかハンカチで顔を押さえてるし。そんなに臭かったかな。

 ショックを受けていると、壁に人のような影が生まれたのに気づく。


「んおー? なんかいい気分だなぁー?」


 気のせいではない。確実に人の声が聞こえた。

 徐々に人のような姿が浮かび上がり、男の姿になっていく。

 薄ぼんやりとした半透明の身体はまるで煙の揺らめきのようだ。

 息を吹きかければ今にも消えてしまいそうなこの存在が幽霊……すごい、初めて見た。


「ふあーあ、よく寝たような気がするぜ。……ってかなんでぇ嬢ちゃんたちはよ」

「ごきげんよう幽霊さん。私はアゼリアと申します」


 スカートの裾を摘まんで会釈をする。幽霊相手とはいえ、初対面なので礼儀は大事だ。


「見ての通り冒険者ですわ。こっちは従魔のメフィ、仲間のレジーナ」

「ふーん、冒険者ねぇ。懐かしいなぁ。しかも可愛らしいお嬢ちゃんたちじゃねぇの。へへっ」


 ニヤニヤしながら私たちを見る幽霊。女好きというのはどうやら本当らしい。

 だがお婆さんがあれだけ脅かす程に呪われた顔という印象はなく、むしろ普通のおじさんって感じだ。この顔、生前の本人のイメージとかなのかな。あるいは魂の形的な。


「ところでおじさまは幽霊なのでしょう? 触ってもよろしいかしら?」

「おいおいやめておくれよ。照れ臭いぜベイビー。まぁ少しなら構わんがよ」


 ともあれ満更でもない様子のおじさんの頭を恐る恐る撫でてみると、スカッと通り抜けてしまう。

 おおっ、そこにいるのにいなかった。変な感じだ。


「ねぇレジーナ、今更だけど何故幽霊には触れられないの?」

「基本、霊には現世に影響を与えられる程の力はないわ。普段は静かに辺りを漂っているだけの無害な存在なのよ。アゼリアが瘴気を発したからようやく姿を現せたの」

「おお、感謝してるぜお嬢ちゃん。俺も暇してたからよ。……ところで、俺に何か聞きたい事でもあるから呼び出したんだろう? 何でも聞かせてやるぜ。冒険者時代の英雄伝か? それとも女たちとのめくるめく日々か?」


 なんか話したそうにしているおじさんだが――


「……別にないですわ」

「ないんかいっ!」


 思い切りツッコまれてしまう。いやぁその、なんとなく幽霊を見たかっただけなのである。

 とはいえ折角の機会だし色々聞いてみるか。幽霊と話せる体験なんて中々ないものね。


「……うーんと、じゃあ好きな食べ物とか?」

「キノコのシチュー……って幽霊に聞くことかよっ!」


 またもツッコまれる。意外とノリいいなこの人。

 とはいえ突然聞かれても、浮かばないものだなぁ。


「……ねぇ、妙じゃない?」


 私が質問の内容を考えていると、レジーナが真面目な顔で言う。


「瘴気を与えられてようやく姿を現せるほど弱霊、恐らく今まで普通の人は見ることすら出来なかった筈。そんな彼に現世の人間を驚かす程の力があるものなのかしら……ねぇ貴方、昔はこの屋敷の主だったのでしょう? その後、持ち主を驚かしたりとかしていたの?」

「あぁ? なんでそんなことしなきゃならねぇんだ? 確かにここは俺が買った屋敷だが、死んだ後のことまでは興味がねぇなぁ。そもそも俺はアンタたちが来るまで、まともに意識もなかったからよ」


 おじさんはキョトンとした顔で答える。

 確かに言う通りだ。私もレジーナが魔術を使うまでおじさんの気配は全然わからなかったし、大体そこまで恨みを持って行動するような性格にも見えない。


「……とても嘘を言っているようには思えないわね。そんなことするメリットもないだろうし、だったら何故、あのお婆さんの話と食い違っているのかしら……」


 考え込むレジーナ。ふと、ひび割れた壁の奥に何かを見つける。

 一体なんだろう。よく見ようと壁を触ると、脆くなっていた部分が崩れ落ちた。

 壁の破片と共に床に転がったのは――人骨だった。


「うわぉっ! な、なにこれ!?」

「白骨死体……しかもかなり時間が経っているみたいね……」


 何故こんなところに白骨死体が……首を傾げる私の耳元を、ひょう! と風切り音と共に何かが高速で通り過ぎる。

 ――カァン! と鋭い音を立て何かが壁に突き刺さる。

 それは包丁だった。飛んできた方向、屋根裏への階段に何か動く人影が見える。


「見ぃ、たぁ、なぁ……!」


 ゆっくりと起き上がる人影、低く濁ったその声の主は、包丁を手にした宿屋の老婆であった。

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