第10話宿探し、冒険は最高の環境で。後編
老婆は寝巻に振り乱した白髪、両手に包丁、頭に蝋燭という、何とも不気味な格好をしている。
ひた、ひたと足を踏み出した後、老婆はくわっと目を見開いた。
「キシェェェェッ!」
奇声を上げながら飛び掛かってくる老婆に、即座にレジーナが反応する。
「アゼリアっ!」
指先から木の根を縄のようにして放ち、老婆を狙う。
あれは土系統魔術『木縛』だ。鞭のようにしなる木の根に縛られればそう簡単には動けない。
しかしヒョイっと老婆はそれを跳んで躱す。すごい反応だ。後ろに目でも付いているのだろうか。
「ご主人様ぁーっ!」
メフィが突進を仕掛けるが、老婆はそれを軽く叩き落としながらこちらに駆けてくる。
すごい動きだ。本当にあの老婆なのだろうか。
「わわわっ!?」
その迫力に圧され慌てた私は、咄嗟に足元に転がっていた土塊を掴むが、ボロッと崩れてしまう。
しまった、力を入れすぎた。年数が経っており土も脆くなっている。
今度は石塊を拾い投げつけるが、焦り過ぎてかあらぬ方向へと飛んでいった。
うーん、コントロール難しいな。落ち着け私。
深呼吸。すーはーすーはー……よし、落ち着いた。
そんなことをしていると老婆は私の眼前まで迫っている。うん、この位置なら外さない。
足元に落ちている中で一番大きい物……即ち、頭骨を拾い上げる。
よーく狙って……おりゃっ!
振りかぶって投げつけると、ぱっかーん! といい声を立て、老婆の頭に命中した。
「かはあっ!?」
頭骨が額に当たった老婆は仰け反り、倒れ伏す。
起き上がっても来ないようだ。どうやら気絶したらしい。
「……はぁ、ビックリしたなぁもう」
まだドキドキしてる。こういう時『物語』の主人公なら銅の剣でバシバシっと包丁を叩き落し、かるーく制圧するんだろうなぁ。
老婆への反応も私が一番遅かったし、夜目が利かなかったらやられていた。
「いやいや、結局私たちの攻撃は躱されているし……しかも今の一瞬、とんでもない速さで色々動いていたような……」
「むしろ直前まで迫られたにも関わらず、即座に対処したご主人様がすごすぎですよ」
二人はフォローしてくれるが、やはり私はまだまだである。冷静沈着は程遠いな。
そんな話をしながらしばらく待っていると老婆が目を覚ました。
「……あいたたた……っ!?」
私たちに気づいた老婆は慌てて立ち上がろうとするが、縛り上げているので身体をよじるのみだ。
「悪いけど縛らせて貰ったわ。色々説明して貰おうかしら」
「お婆ちゃん、昼に聞いた話となんだか違くない?」
私たちの言葉に、老婆はしばし沈黙のあと項垂れるように頷いた。
「……はぁ、そうだねぇ。ここまで知られてしまったからにはねぇ」
深くため息を吐くと、老婆はぽつりぽつりと語り始める。
「この宿、元は女好きの冒険者が建てたという話はしましたかねぇ」
「えぇ、その後嫉妬に駆られた女に呪われ、醜い顔になって命を落とした。そして幽霊となり、転々と変わる持ち主たちの前に現れ、驚かした……」
「あ、でもおじさんは違うって言ってたよね」
先刻聞いた話だと、おじさんは過去の持ち主には何もしていないと言っていた。
というかそんな力もなさそうだったし、嘘をついているようにも思えなかった。一体どういうことだろうか。
「あ、アンタたち……あの人に会ったのかい?」
「……えぇ、そしてやはりそうだったのですね」
始めて動揺を見せる老婆を見て、レジーナは納得したように頷く。
え? 何々、どういうことなの? メフィも何かハッとした顔をしているし、もしかして話についていけてないの私だけ? ……恥ずかしいからここは分かったフリをしていよう。うん。
「や、やっぱりね! 私は最初から怪しいと思っていたよっ! もったいぶらないで早く全て語りなさい!」
「ふふ、全てお見通しのようですじゃねぇ」
全然お見通しではないのだが、ともかく老婆は観念したように言う。
「……お察しの通り、男を呪った女はこの私ですじゃ」
「うっそっ!? ……じゃなくて、ほ、ほほー、なるほどぉー?」
驚きすぎて思わず声が出てしまった。ええっと。てことは……つまりどういうことなの? 私はこれ以上墓穴を掘らないよう口を噤んで老婆の言葉を待つ。
「あれは六十年ほど前じゃったかねぇ、私は彼の相方で、尚且つ恋仲でもありました。……しかしある日、彼には他に沢山の恋人がいることを知りましてねぇ。許せぬあまり呪いをかけたのですじゃよ。その後、彼と縁を切った私は冒険者として一人で旅を続けていたのですが、ある日風の便りに彼が死んだことを知りましてねぇ。途端に後悔に駆られてしまったんです。とんでもないことをしてしまったと。……久しぶりにこの街へ戻ってみると、私たちが過ごした屋敷は他の人の手に渡っておりました。懐かしさを感じているうちに、気づけば私は懐かしい屋敷に足を踏み入れていたのですじゃ」
「そして当時の持ち主を驚かした」
レジーナの相槌に老婆は頷く。
「もちろん最初はわざとではなく、こっそり侵入した私に向こうが驚いただけでしたじゃ。……しかしそのうち私は取り憑かれたように、屋敷に足を運ぶようになったのです。何度鍵を変ようとも勝手知ったるかつての我が家、どこからでも入れましたからねぇ。そうするうちに妙な噂が立ち、誰もこの屋敷を買わなくなりました。そうして安くなったこの屋敷を私が手に入れ今に至る――というわけですじゃ」
おおお、なるほどぉー。そんなことがあったのか。驚きすぎて声も出ない。
他の二人はやはりなという顔をしているけれども。……ふ、ふん。あまり推理系の『物語』を楽しむには、ちょっとくらい物分かりが悪い方がいいんだもん。
「あの白骨死体は?」
「言わずもがな彼の骨ですよ。……どこにも埋葬されず屋敷の地下に打ち捨てられておりましてねぇ。全く最後までしょうがない人で……」
どこか寂しそうに呟く老婆。ともあれ、謎は全て解かれたっぽい。
「さ、これで話は終わりですじゃ。老い先短い短いこの命、好きにするとよい」
覚悟を決めたように目を閉じる老婆に、レジーナは答える。
「それを決めるのは私たちではありませんよ。――ねぇおじさま」
レジーナがウインクをすると、さっきのおじさんが姿を現す。
「いやぁー、まさかお前が俺を呪ってたなんてなぁー驚いちまったぜ」
「あ、アンタ……」
驚く老婆を見て、おじさんは笑いながら言葉を続ける。
「お互い老いたもんだな」
「……ごめん。ごめんよぉ……私が殺したようなもんなのに……」
「馬鹿、悪いのはこっちよ。お前が怒るのも無理はねぇさ。俺もまぁ大概だったしよ」
「アンタぁ……!」
ひっしと二人は抱き合う。しかし……
「あれ、幽霊って人に触れられないんじゃなかったっけ?」
「幽霊同士なら可能でしょうね」
「あ……」
今度は流石の鈍い私でも気づく。
老婆の身体から抜け出した、透明な何かに。気づけば二人の姿は見えなくなっていた――
◇
「昨日はすまなかったねぇお嬢さん方」
翌朝、起きてきた私たちはカウンターの前で目を丸くした。
先日死んだと思われた老婆がこうして元気に立っているからである。
「お、お婆ちゃん、生きてたの……?」
「そりゃあそうですとも。こちとら呪い師の端くれですからねぇ。あの世から戻ってくるくらいわけはありませんとも……ホレ、アンタも挨拶してくださいませんと」
老婆に促されるように、手元のランタンの炎が揺らめく。
「よう、嬢ちゃんたち。昨日ぶりだな」
「おじさん……? なんでランタンに?」
「いやぁはっはっは、またアイツに囚われちまってよ! 使い魔っつーのか? 参ったぜ全く」
なんて言いながらもおじさんはなんだか嬉しそうだ。
先日よりも声ははっきりしており、存在も安定しているように思える。
「呪い師は死者の霊を操ることも出来る。老婆の使い魔となることで、存在を強固になったのでしょう」
「死して尚昔の恋人を捉えようとするなんて……人間って怖いわねぇご主人様」
「あはは……」
メフィの言う通り、結構な大恋愛だよなこの二人。恋愛に疎い私でも普通じゃないと思う位だ。
恋愛模様を描いた『物語』は多々あるが、これだけ歪なものはあまり見たことがない。
それにしても……うーん、この手の恋愛系『物語』も嫌いじゃないけど、自分で体験したいとまでは思わないなぁ。傍から見てる分には面白いが他の冒険に支障をきたしそうだ。
まぁ出来るだけ恋愛絡みの事件には巻き込まれないように気を付けないとな。うんうん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます