第25話初めての冒険(多分)ゴブリン討伐。後編

 どどどどどど、と土煙を上げながら私たちは進む。

 と言っても私自身は全く足を動かしていない。用意された椅子に座る私たちを担ゴブリンたちが担ぎ、そのまま巨大建築物へと進んでいるのだ。


「普通に案内してくれればよかったんだけどなぁ」

「ま、結構遠いし楽させて貰いましょう」

「しかし……いつの間にかゴブリンたち増えてきてないか?」


 キリアの言う通り、最初はせいぜい十くらいだったゴブリンの数は、今では数十……いや、数百近くになっている。

 いつの間にこんなことになったのだろうか。


「どうやら他のゴブリンたちがご主人様について触れ回っているようですよ。おかげでどんどん集まっています。ホラあんな風に」

「わーお、ほんとだ」


 後の方を見ると、我も我もとばかりにゴブリンたちが合流してくるのが分かる。

 それはいいけど明らかに何もわかってなさそうなゴブリンも混ざっているんだけれど……意外と祭り好きなのかな。

 私も他の人たちがワイワイやってると覗きたくなるタイプだからちょっと親近感。


「ギィギィ!」

「おっ、そろそろみたいですよ」


 へぇぇ、近くで見ると本当に大きいなぁ。上が見えないや。


「ていうか入口どこだろ?」

「お、おい。すごい勢いで進んでいるぞ!? このままぶつかるんじゃないだろうな」

「一応防御魔術は用意しているけれど……」

「ギィィシャアアア!」


 二人の心配を他所に、ゴブリンたちは勢いをつけて階段を駆け上っていく。

 そのまま凄い速度で階段を登り切ると、中腹辺りにぽっかり空いた穴へと突っ込んだ。

 中は左右に設置された松明に照らされ、奥への道を照らしている。

 ゴブリンたちは左右の道には見向きもせず、真っ直ぐに進んでいく。


「それにしても……一体どこまで連れて行かれるのかしら」

「もしや強大なボス的な存在がいて、僕たちをそこへ連れていくつもりなんじゃあ……」


 青い顔で呟くキリアの言葉に、私は目を輝かせる。


「ボスっ!?」


 なんてことだ、きっとそうだ。

 そういえば『物語』では、こういう場所には確実にボスがいるよね。

 ――ボス、それは『物語』終盤で現れる最後の難関。超強敵、これがなければ話は終わらないと言っても過言ではない、まさに冒険の締めくくり的な存在だ。

 長く深い洞窟を抜け、並みいる魔物を蹴散らし、ようやく辿り着いた先に悠然と佇むボスゴブリン……うーん、燃えるなぁ。


「いやいやご主人様、ここへの道中も完全ショートカットでゴブリンとも碌に戦ってませんけれども」


 こらメフィ、妄想の腰を折らないの。事実だけどさ。

 だからこそ最後のボス戦くらいは盛り上がりたいじゃないの。


「何をワクワクしてるんだ君はっ! 殺されるかもしれないんたぞ!」

「いやぁ、つい……」

「相変わらず頼もしいわねぇ。あ、倒したら素材とか貰っていいかしら?」

「もちろん……おっと、あれじゃない?」


 長い通路を抜けた先、大広間が現れる。

 おおっ、まさにうってつけの広々空間。

 さっきのギガントを軽く超えるようなとんでもないボスが出てくるに違いない。


 ワクワクしながら突っ込むと、だだっ広い空間には兵士姿のゴブリンが並び、その中心には豪華な椅子が置かれている。

 そこに座っているのは……一際小さな、老ゴブリンであった。

 ゴブリンたちは静かに私たちを床に下ろすと、その前に傅く。

 これがゴブリンたちのボス……? 何だかとってもお爺ちゃんだ。いやいや、見かけにはよらないぞ。第二形態という可能性もあるしね。

 老ゴブリンはフガフガ言いながら口を開く。


「ようこそおいでなすったのう、地上のお客人。ワシはこの地下帝国の王じゃ」

「し、喋った!?」


 ゴブリンが人語を操るなんて、『物語』でも見たことがない。

 思わず声を上げる私たちに老ゴブリンは得意げに口元に笑みを浮かべる。


「これでも長い間生きてきたからのう。この位は喋れるわい。ほっほっ」


 可笑しそうに笑う老ゴブリンだったが、その目の奥には強い光を感じる。威圧感すら覚える鋭い光だ。

 他のゴブリンたちをまとめているという言葉は本当のようである。

 私は咳ばらいをし、スカートの裾を抓んで会釈をした。


「ごきげんよう。私はアゼリア=レヴェンスタットと申しますわ」

「ほほっ、これはご丁寧な令嬢じゃの。ワシはゴブリンキングと呼ばれておるが……まぁ好きに呼ぶとよい」


 くしゃくしゃの顔で言う老ゴブリン。

 おおっ、私の令嬢口調にも特に動じていないようだ。流石は王様である。


「……してお主たち、我が帝国に何の用じゃ? ここへの道のりは半端ではなかったはず。生半可な覚悟では辿り着けなかったであろう。まずはその理由を聞こうではないか」

「といっても理由などは特に……敢えて言うなら面白そうでしたので……何となく?」

「ぶほっ!」


 私の言葉にいきなりむせる老ゴブリン。


「嘘を吐くでない! ここへの地下道は無数に分たれ複雑怪奇な迷路となっており、大量の罠も張り巡らされ、強力な魔物も生息している! そんな軽ーい理由で来ることは出来なかったはずじゃ!」

「それは……惜しいことをしましたわね」


 面白そうなものは何もいなかったから滑り台で降りてきたけど、そんな力の入ったダンジョンならスルーするのは勿体なかった。

 帰りは普通に帰ろうっと。そんなことを考えていると、キリアが耳打ちをしてくる。


「おい、そうじゃないだろアゼリア君。ここへ来た理由を忘れたのか?」

「何だっけ……あ!」


 キリアの言葉で思い出した。

 そういえば私たちがここに来た理由は野菜を盗むゴブリンの討伐だっけ。

 いやはや、完全に忘れていたなぁ。


「実は御尊老。頼みたいことがあるのですが構いませんこと?」

「なんじゃ? 言うてみるがよい」

「地上の野菜を盗むのを止めて欲しいのですわ。農家の人たちが困っていらっしゃるの」


 ここまでゴブリンたちのことを知ったからには心情的に討伐は難しい。

 かといって野菜泥棒は困る。折衷案としては彼らにそれをやめて貰うのが一番堅実的だろう。

 しかし老ゴブリンは難しい顔をして、ため息を吐く。


「……ふむ、人間たちの野菜を盗んでいるのを止めさせよ、か……確かに我々は人間たちの育てた野菜を盗んでおる。悪いことだと承知の上でな。しかしやはり難しいであろうな。ここの者たちの身体を見てくれ。皆痩せ細っているじゃろう? 栄養が行き届いてないんじゃよ」


 確かにゴブリンたちの肌の色は悪く、手足は細く、身体は小さく、腹だけがぽっこりと膨らんでいた。


「ゴブリンの身体的特徴なのかと思っていましたけれども……栄養不足でしたの?」

「うむ、昔は人と大して変わらぬような身体付きだったが、この地下では碌に食べるものもなく皆、痩せ細っていったのじゃよ。人間たちの作る野菜に手を付けざるを得なかったのはそういうわけじゃ。すまんかったのう」


 申し訳なさそうに言う老ゴブリン。『物語』ではゴブリンは弱い魔物だ。

 魔物や獣を狩ることは難しく、ましてや人を襲うのも困難だろう。

 それ故に野菜泥棒に手を出すしかなかった、と言いたいのだろうか。


「動けるものは野菜を盗む。虫や小動物を捕らえる。それでもゴブリン全体を養う食料は全く足りぬのじゃ。だから我々は動けなくなった者の口を減らし、口に出すのもおぞましい方法で肉を得たりもし……そうして何とか生き繋いでおるのじゃよ。どうにか目を瞑って貰えんじゃろうかの」


 他のゴブリンたちも弱々しく頷いているのを見て、レジーナたちが顔を見合わせる。


「口に出すのもおぞましい方法って……まさか共食い、とか……?」

「しかしだからと言って盗みをしていい理由には……いや、気持ちは痛い程わかるが……」


 皆の意見は尤もだ。私だって食べられないのは嫌だし、かといって自分の育てた野菜を盗まれるのは嫌だ。

 うーむ、皆が納得するアイデアがあればいいんだけど……


「――あ、野菜がダメならお菓子を食べるというのは如何かしら」


 私の言葉に、その場の全員があんぐりと口を開けた。


「菓子って……何を言ってるんだアゼリア君っ!」

「いやいや、これはいわゆる比喩よ。ウチの地方の古言ってやつ」


 ちょっと言葉足らずだったかと慌ててパタパタと手を振る。

 レジーナは心当たりがあったようでふむと頷く。


「パンがダメならケーキを作ればいい――というやつよね。意味は確か、それ単体では価値の薄い物に付加価値を与えてより価値を高めるという北の大地に伝わる古言……だったかしら?」

「おお、それそれ。さっすがレジーナ、よく知ってるぅ!」


 微妙に覚え間違っていたけどそんな感じだ。

 つまり私が言いたかったのは、この辺りで簡単に手に入る物をどうにかして作り出せないか――ということである。


「むぅ、しかしこの地下では碌に作物は育ちはせぬぞ」


 確かに、陽の光も届かぬ地下空間では植物は育てられない。獣の飼育にも手間や技術、時間がかかる。

 かといって地上で作物を育てようにも手間がかかるし、外へ出て作業すれば敵対勢力に狙われるだろう。しかし口を出したからには、こちらにだって考えはあるのだ。


「実は偶然こんなものを持っているのですが……どうかしら?」


 ゴソゴソと復路から取り出したのは、北陸イモだ。

 これは実家のお爺ちゃんが開発した品種で、病気にも強く、太く育った根っこはとても食べ応えがある。

 栄養の乏しい北の大地でも育つこの品種は普通のイモよりもかなり丈夫で、大した世話の必要もなく植えっぱなしでもどんどん増えるのだ。

 しかも食べるのは根の部分な為、危険を冒して地上に上がって収穫をする必要はないし、とても丈夫なのでたまに様子を見れば十分だ。


「よかったら食べてみまして?」


 魔術で軽く炙って……っと、よし出来た。

 私が手渡した北陸イモを老ゴブリンは訝しむように口に入れる。


「ぬぬぅっ!? こ、これは――ッ!」


 途端、細い目をくわっと見開くと、声を上げる。


「何と言う甘味! 口の中に幸せが広がっていくようじゃ! こんな甘くて美味いイモは初めて食べたぞ!」

「おほほ、そうでしょうとも」


 わざわざ持ってきていたのはオヤツ代わりにしようと思ったからである。

 とはいえこんな所で役立つとは思わなかったけれども。


「どうでしょうか御尊老。これを育ててみませんこと?」

「なんと……いいのか?」

「野菜泥棒を止めてくれるなら、ですが」

「うむ、もちろんじゃとも!」


 にっこり笑う老ゴブリンと、私は固く握手を交わすのだった。


 ◇


 こうして、ゴブリンたちは北陸イモを育てることとなった。

 彼ら一族は地下で繋がっており、この情報は共有されるはず。そうなればもう二度と野菜泥棒が起こることはないだろう。

 ゴブリン討伐依頼、完全達成である。

 いやー、まさに『物語』にありそうな平和的解決だったね。めでたしめでたしってところかな。


「――困るなぁ。実に困る」


 不意に、少年のような声が辺りに響く。

 気づけば老ゴブリンの背後には見知らぬ少年がいた。

 背は私より低く、髪は黒。その瞳も、外套も黒い――何より黒いのはその少年の纏う魔力であった。


「そういう事をされるとすごく困るんだよねぇ。やりたくない事をやらなきゃいけなくなっちゃうじゃないか」


 その黒い魔力に似合わぬ爽やかな笑みを浮かべながら、少年はゆっくりと人差し指を持ち上げる。

 誰もが雰囲気に飲まれ動けぬ中、私は跳んだ。


「危ない!」


 叫びながら老ゴブリンを押し倒した次の直後、少年の指先から黒い閃光が放たれる。

 倒れ込む私の背を熱い何かが撫ぜる感覚。

 直後、ジュウ、という焦げるような音が聞こえた。

 振り向くと黒い閃光は後ろの壁を貫いている。

 それはゆっくりと弧を描きながら壁を抉り、切り抜かれた石壁がずずん、と土煙を上げ落ちた。

 ようやく我に返ったゴブリンたちが騒ぎ出す。


「ギィギィ!?」

「ゲギャギャア!?」


 上へ下への大騒ぎだ。

 我先にと入口へと駆けていくゴブリンたちだが、先刻の落石で完全に塞がれている。

 キリアとレジーナは茫然と足を止め、指先を震わせていた。


「な、なんだこの化け物……子供の外見をしているが、中身はありえない程の力の塊だぞ……」

「今のは……魔術? いいえ、詠唱もせずにあんな威力なんてありえない! 一体どういう術式を……?」


 老ゴブリンはへたり込み、パクパクと口を動かすのみだ。

 そんな混沌の中、少年は驚いたように口笛を吹く。


「へぇ、僕の攻撃に反応し、あまつさえ躱すなんて……君は一体、何者なのかな?」


 静かな、そして柔らかい声での問いに、私はすっくと立ちあがる。

 ずんずん大股で近づくと、腰に手を当てながら少年を睨み付けた。


「こらっ! そんな危ない真似をしちゃだめでしょう!」


 思わず素の口調で声を荒らげてしまう。

 いきなりそんなものをぶっ放すなんて、もし当たったら大怪我しちゃうじゃないの。

 実家の小さい弟だって、そんなことしないのに……悪戯じゃすまないっての。全く。

 私の言葉に、その場の全員が目を丸くした。

 一瞬、固まっていた少年だったが急に笑い始める。


「あはは! 子供! 僕がただの子供に見えるのかな? 言っておくが僕は――」


 しかし言葉はそこで途切れる。

 背後に回り込んだ私に気づいたからだ。目で追おうとする少年だが――遅い。

 大きく開いた手をそのまま、振り切る。

 パァン! と音が爆ぜた。少年の尻に思い切り平手打ちを叩き込んだのだ。


「痛ッッッッ……!?」

「悪い子には、お仕置きをしないとね」

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