第24話初めての冒険(多分)ゴブリン討伐。中々編

「ひゃああああっ!」


 叫び声を上げながら私たちは落下する。

 最初は一つずつ穴を開けていたけど面倒になって、まとめて地下への坂道を作り、一気に滑り降りているのだ。


「どどど、どこまで続くんだこれは!?」

「あの地図から計算すると、もうすぐじゃないかしら」

「お、明かりが見えてきたよ」


 行く先に見える僅かな光、それはあっという間に私たちを包み込む。

 そして――すぽーん、と空中に放り出された。

 と、眼前に広がる見事な街並み。おお、これが地下深くに広がるゴブリン帝国というものか。

 遥か下では多くのゴブリンたちが生活している姿が見える。へぇぇ、あの壁画や私が昔読んだ本に書かれてた内容って本当だったんだ。


「きゃああああっ!?」


 悲鳴を上げながらキリアが抱きついてくる。

 レジーナは特に動じることなく、魔術を発動させる。

 途端――ふわり、と私たちの身体は宙に浮き、ゆっくりと建物の上に着地した。


「……ふぅ、死ぬかと思った」

「大丈夫? キリア」

「高い所は苦手なんだ。……というかあんな落ち方をして、平気な方がどうかしているぞ」


 人を異常扱いはやめて欲しいなぁ。そりゃ高速飛行に慣れてるのは事実だけどさ。


「おかげで早く着いたし、いいじゃないの」

「レジーナさんは魔術で飛び慣れているかもしれませんが、僕としてはたまりませんよ……」


 不満げなキリアだったが、すぐに切り替えてゴブリンの街へと視線を移す。


「それにしても意外だな。あのゴブリンが人間と同じように集団生活を行っているだなんて」

「あぁいう家ってさ、石をくり抜いて作ってるのかな?」

「恐らくそうでしょう。ゴブリンたちは穴掘りが得意ですもの。……それにしてもすごい街。長い年月をかけて作られたのでしょうねぇ。浪漫だわぁ」


 感心したようにため息を漏らすレジーナ。

 歴史の浪漫ってやつか。ゴブリンは数も多いとはいえ、これだけの大穴を掘るのは何十年、何百年かかったに違いない。そう考えると感慨深さを感じるのも分かる気がする。


「あ! 見てよ。でっかい建物がある!」


 街を見渡していると、ひと際巨大な四角錐の建築物が目に入る。

 形といい大きさといい、一目で他とは明らかに違う建物だ。

 なんといってもデカい。とにかくデカい。デカすぎて最初は目に入らなかったくらいだ。


「すごいわ……まるで山ね」

「あれもゴブリンたちが作ったのだろうか」


 二人もそれを見上げ、感嘆の息を漏らす。

 やはり冒険っていいな。私が知らないこと、見たことないものが世界にはこんなにあるなんて。

 見てるだけでワクワクが止まらない。


「ねぇ皆、あそこまで行ってみようよ!」

「ちょ、待ちなさいアゼリア」


 早速駆け出そうとする私の襟首をレジーナが掴む。


「幾らなんでも無謀すぎるわ。下にはゴブリンたちがうじゃうじゃいるのよ? 見つかったらどうするの」

「そうだ。この案件は既に我々の手を超えている。一旦戻ってギルドに報告すべき――」


 私を止めようとした二人の言葉が止まる。

 それどころではなくなったからだ。見渡せば無数のゴブリンたちが私たちを取り囲んでいた。


「囲まれている……いつの間に……?」

「恐らく落下中、ゴブリンたちに見つかったのでしょう。……僕が悲鳴を上げてしまいましたから」

「丁度良かったじゃない。案内して貰おうよ」


 流石に屋根の上を飛び跳ねていくわけにもいかないしね。お行儀が悪いというものだ。これでも私はいいとこの令嬢なのである。


「それこそ無茶ですよご主人様、ゴブリンに案内させるだなんて……」

「こっちに敵意がなければきっと大丈夫だよ」


 ここへ来るまでゴブリンたちも意外と賢いことがわかったし、きっと言葉は通じるはずだ。

 そんな私の言葉に応えるように、一体のゴブリンが進み出てくる。


「ほら見てよメフィ、話せばわかるんだって」

「そうかしら……」

「ギャア……」


 ニヤリと笑いながら歩み寄るゴブリン。よく見ればその身体は周りのゴブリンよりも一回り以上大きい。


「ゴブリンギガント……普通のゴブリンと比べ恵まれた体躯を持ち、非常に好戦的な奴だ! 気を付けろアゼリア君!」


 キリアが声を上げるが、心配しすぎだ。

 いきなり大声を出したらびっくりするだろう。私は友好的に手を差し伸べる。


「ごきげんよう。私はアゼリア=レヴェンスタットと申しますわ。あなたが案内して下さるのかしら?」

「ギシシ……」


 がしり、と私が差し出した手を握り返してくるゴブリン。

 ほら、こうやって握手だって出来るじゃない。違う種族だってこうして分かり合えるのだ、そう『物語』のようにね。


「――ッ!?」


 にぎにぎと優しく握手をしていると、不意にゴブリンの手が強張る。

 その目は大きく見開かれ、ギリギリと歯噛みをし始めた。

 全身には血管が浮き出ており、脂汗をかいている。


「ギ……ガガ……っ!?」


 何だかとても苦しそうにしているのを不思議に思い手を離すと、ゴブリンは慌てて私から距離を取り蹲った。

 掌を押さえ、肩で大きく息をしている。……一体どうしたのだろうか。


「そりゃそうでしょうとも。ゴブリンギガントの膂力は非常に強いですが、真祖の吸血鬼とは比較にもなりませんもの。さながら巨岩を前にするが如く、あぁなるのも無理はないです」


 納得顔で頷くメフィ。人を巨大無機物扱いするのはやめて欲しいんだけれども。

 にしてもちょっと力入れ過ぎただろうか。しゃがみ込み、もう一度手を差し伸べる。


「ごめんあそばせ、大丈夫でして?」

「ヒギャアアアッ!?」


 ――と、ゴブリンは慌てて後ずさりしてへたり込んだ。

 ……怯え過ぎである。傷つくなぁ。軽くへこんでいると、私たちを取り囲んでいたゴブリンたちがおずおずと前に出て進み出て、傅いてくる。


「ギィ……」「ギシシ……」「ギィギィ」


 それを聞いてメフィはふむふむと頷いた。


「どうやらあの建物まで案内してくれるようですよ。ゴブリンはより力ある者に従う種族、ギガントを軽くひねったご主人様に敬服したのでしょう。……というかご主人様、ゴブリンにまでその喋り方をするんですね……」


 初対面の相手には敬語を使うのはごく普通の対応である。令嬢的に考えて。

 相手を慮ったからこそ、彼らも私たちを案内してくれるのだろう。

 私は咳ばらいをし、精一杯の令嬢スマイルを浮かべた。


「それではあなた方、案内よろしくお願いしますわ」


 そう言ってゴブリンたちの手を取ろうとした時である。


「ギギーッ!?」


 怯えて私から離れるゴブリンたち。

 もしやこの口調って怖いのだろうか。

 そりゃ私も母に詰められる時は怖かったけどさぁ……むぅ、地味にショックである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る