第20話冒険開始! その前に万全の準備を。後編

 待ち合わせ場所にしていたカフェへ行くと、既に買い物を終えたレジーナとキリアが私を待っていた。


「おーい、お待たせー」

「あぁ、ようやく戻ってきたか。アゼリア君」

「ちゃんと良い品を選べたかし……ら……」


 私を見つけた二人だったが、すぐに固まる。

 視線の先は私が背負ったリュックだ。まぁこれだけ大量の荷物を背負ってたら目がいくよね。


「な、何だいその大量過ぎる荷物は……」

「何人パーティで行くつもり? というか何日滞在するつもり?」

「いやぁー、なんか押し付けられちゃって……レジーナの『空間庫』に入らないかな?」


 以前、大量の薬草を保管した魔術『空間庫』。

 ほら、『物語』の魔術師とかは巨大な魔物をこれに入れて持ち運びしていたし。

 私が期待を込めた視線を向けるが、レジーナは首を横に振る。


「残念だけどそれは無理ね。私の魔力じゃそこまで容量はないから厳しいでしょう。……でもアゼリアなら話は別、かもね」

「私? でも私は『空間庫』なんて使えないよ」


 空間系統の魔術は非常に難易度が高く、使い手も少ない。

 とてもじゃないが私には無理だろう。


「ふふっ、何も問題ないわ」


 しかしレジーナは怪しげに笑いながら、パチンと指を弾き『空間庫』から一冊の本を取り出した。


「この魔術書を使いなさい」


 魔術書とは、その名の通り魔術の使い方が記された本だ。

 私も家にあった魔術書を読んで『火球』などの下位魔術が使えるようになったのである。

 しかしここまで難しいものとなると……


「まぁ騙されたと思って、やってみなさいな」

「うーんわかったよ」


 そこまで言うなら。私は『空間庫』の魔術書に目を通していく。

 文字が血となり肉となる感覚――これが魔術書を読むということだ。

 文字に刻まれた術式が目を通して身体に、頭に魔術の使い方を刻み込むのである。

 まぁ世の中にはこれを文章として理解し、楽しむような変態もいたりするが、それは余程の奇人変人魔術馬鹿くらいである。しかし相変わらずぞわぞわするなーこの感じ。


「……ふぅ、覚えたよ」


 とはいえこれは例えるなら説明書を読んだだけの状態。

 同じ魔術書を読んでいても、熟練度や本人の資質により魔術の効果は大きく変わる。

 覚えた後に何度も使い、試行錯誤の末にようやく自分のものとする。それでも使えない者は使えない。センスや才能、容量の良さが魔術には必要なのだ。


「じゃ、使ってみなさい」


 なのに軽く言ってくれるなぁ。

 ……まぁダメで元々。やってみよう。


「『空間庫』」


 目を閉じ、意識を集中しながらそう呟いた時である。

 私の目の前に直径二メートル程の球状の黒いモヤが生まれた。


「うわっ!? な、なんだ!?」


 慌てて飛び退くキリア。

 驚き術式を止めるとモヤは消え、それが包み込んでいた場所にあった物――野営道具、カフェの椅子、そして床、繰り抜かれた地面……あらゆる全てが消滅していた。


「……驚いた。使えるとは思ったけど予想以上よ。あの重そうな野営道具だけじゃなく、椅子や床、更には地面まで仕舞いこむなんて……やはりアゼリアの魔力はとんでもないわね……」


 目を丸くするレジーナだが、驚いているのはこっちの方だ。


「ちょ、レジーナ!? 今のって『空間庫』だよね? 何で魔術書を読んだだけでこんな上位魔術が使えたの? 普通はもっと練習とか必要でしょう?」


 余程下位の魔術ならともかく、『空間庫』程の上位魔術がただ魔術書を読んだだけで使えるはずがない。しかしレジーナは当然と言う顔で頷く。


「ここ数日の魔術修行が実を結んだ、というところかしら」

「そりゃあ最近はレジーナの言う通り、魔術の修行もしてたけど……でもそんなに簡単じゃないでしょう? こういうことが出来るのってそれこそ超の付く天才とか、何度も転生し知識を蓄え続けた転生者とか、特殊な血筋の持ち主とか、そんな人たちだけじゃないの?」


 私の言葉にレジーナはくすくすと笑う。


「ふふっ、アゼリアってば小説の読み過ぎよ。その手の『物語』では魔術の格を上げる為に大袈裟に描かれることが多いけど、適切な指導と修行を行えば上位魔術だってちゃんと使えるようになるもの。アゼリアは自己流とはいえ長い間修行を行なっていたから、魔術を使う下地は結構出来ていたのよ。だから少し教えただけで、上位魔術が使えたの」


 確かに、冒険者になれば魔術を使うこともあるだろうと実家で毎日修行はしていた。

 家族に比べて全然ダメだったので苦手意識を持っていたが、それでも続けてはいたのだ。


「アゼリアの体内を巡る魔力線を見ればがむしゃらな特訓をしていたのは一目瞭然。今まで魔術を苦手としていたのは体内の魔力線が混線していたからなのよ。私がそれらを正した今、『空間庫』を使うくらいは全然不思議じゃないわ」

「へぇぇ……そうなのかぁ」


 レジーナとの修業は座学オンリー。理論的なものが殆どでよく眠くなっていたが、おかげで感覚的にやっていたことを言語化できるようになった……ような気がする。

 それにしても流石はレジーナ、私でも簡単に上位魔術が使えるようになるなんて、魔術に関しての知識、経験が飛び抜けている。教え上手だなぁ本当に。


「すごいよレジーナ! ありがとう!」

「……えぇ、どういたしまして」


 笑顔で頷くレジーナ。しかしすぐにその表情は真剣なものとなる。


「確かにアゼリアは才能が乏しいかったもしれない。しかしそんな子が自力でここまで魔力線まで鍛え上げるには、どれほど愚直に魔術を使い続ければいいのか想像もつかないわ。種として強いだけじゃない。凄まじく強い意思と根気、恐らく数十年に及び続けてきたに違いない……だったらあんなとんでもない魔力になるのも当然ね。それにしてもほんの少し基礎知識を教えただけでこれとは……全く、これからどこまで成長するのやら、末恐ろしいったらないわ。ふふふ」


 かと思えば私を見ながらニヤニヤしているレジーナ。

 うっ……教えて貰うのは有難いけど、ちょっと圧が強いんだよなぁ。

 ともあれ、『空間庫』があれば冒険の幅は広がるだろうし、レジーナには感謝である。

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