第19話冒険開始! その前に万端の準備を。中編
「えーと……うん、ここだ。雑貨屋『スモーキン・カーゴ』」
タウンマップを手に歩き回ることしばし、私はようやく目当ての店を見つけた。
ここは商店区域で最も多種多様な品を取り扱っている雑貨屋で、武具と食料以外全部揃うというのがウリである。
ここなら土地勘のない私でも目当ての品を揃えられるだろうという算段だ。……でもその割に、店が小さい気もするけども……まぁいいや、入ってみよう。
扉を開けるとチリンチリン、と音が鳴り、金属と油、皮の入り混じった独特の匂いが鼻を刺激する。
おおっ、道具屋っぽい。テンション上がるなぁ。
「いらっしゃいませー……おや」
中年の店主は私たちを見て顔を顰める。
「なんだい。どこぞの御令嬢か知らねぇが、ウチは冒険者の店だぜ。冷やかしなら帰ってくんな」
「むっ……失礼ですわね。これでも私、冒険者でしてよ」
「出た、ご主人様のヘンテコ敬語……」
ヘンテコとは失礼である。これが令嬢としての正しい言葉遣いなのだ。
ともあれ店主に胸元のカードを見せる。
「これが証拠のライセンスカードですわ。穴が空く程見てみて下さいまし」
カードを見せると店主は何やら考え込んだ後、にやりと笑う。
「……これはこれは。いやぁ冒険者の方とは思いませんでして。さぁさぁ、どうぞ奥へお越しくださいな」
何だろう。急に態度が変わったな。
私が首を傾げているとメフィが耳元で囁く。
「この男、恐らくご主人様をカモにしようとしていますよ。この下卑た表情――冒険者の真似事をしようとしている世間知らずのお嬢様に、高値を吹っ掛けてしまおうとしているに違いありません!」
「えぇー、考えすぎだよメフィってば」
大真面目な顔で言うメフィに、私はパタパタと手を振って返す。
この店は沢山の冒険者が通う名店としてタウンマップに書かれていたるのだし、そんなアコギな商売をしていたらすぐに噂は広がり、誰も来なくなってしまうだろう。
「名店の店長さんだもの。きっと顔に似合わずいい人に違いないよ」
「……だといいですがねぇ」
そう言ってため息を吐くメフィ。
……でもこの店、人気店の割には人が少ない気がするなぁ。ま、気のせいか。
「ところでお嬢さん、何をお探しで? ウチは武具と食料以外は何でもありますよ」
「タウンマップに載ってた通りですのね。実はキャンプ道具を探しているのですが、初めてのゴブリン討伐に向かうのにお勧めの道具とかありまして?」
「ほほう、それでしたらこちらなんかどうでしょう」
キャンプ道具の置かれた展示スペースにて、店主が指差したのは一番大きなテントであった。
そのサイズは今泊っている部屋二つ分くらいはあるだろうか。しかもこのテント、大きいだけでなく区切りまでされている。
五人くらいは楽に寝泊まりできそうなテントであった。
「ちょっとそこの店主、そんなデカいの買わせてどうするつもりよっ!」
メフィの文句にも店主は全く動じる様子はない。
「おやおや、君はお嬢さんの使い魔ですかな? 分かっていませんねぇ。安かろう悪かろう、大は小を兼ねる……我々の業界ではそんな言葉がありましてな。つまり多少値が張ろうとも、良くて大きな物を買っておけば間違いないという意味でございます」
「なるほど。おじ様ったら良いこと仰いますのね」
店主の言う通りかもしれない。
実家の母なんかは安売品を買っては直ぐに壊していたもんな。
逆に父は高くて良い物を一点買いし、長く使っていたものである。
これから長い冒険者生活が待っているのだし、パーティだって増える可能性はある。
と考えればそれなりに良い物を買っておいた方がいいのかもしれない。
悩む私を見て、店主は更に言葉を重ねる。
「いやぁお客さん、本当に運がいい。このテントはウチで取り扱っている中で一番上等な品なのですよ。魔獣フレイムホーンの革をなめして作られたシートはとても丈夫で、魔物の攻撃でも簡単には破れません。断熱性にも優れており、寒い場所でもへっちゃら。そして何と言っても広々とした室内。仕切りをしていることでプライパシーも守られ、工夫次第でトイレやお風呂、調理もテント内で行えるという優れものなのですよ」
「ほほう、それは素晴らしいですわ」
そんないいテントが運よく一点だけ残っているなんて運がいいなぁ。
「今なら調理器具に食器セット、虫よけ線香、ロックバードの羽毛寝袋、ふかふかのクッション、断熱マット、折り畳みチェア、ディナーテーブル、炭にランタン、ハンモック、更にあれもこれも付けちゃいましょう!」
「そんなに!? よろしいのですか?」
「いいんですいいんです。お嬢さんのような可愛らしい方に使って貰えるなら道具も光栄でしょうとも」
うんうんと頷く店主。可愛いだなんて、お上手だなぁもう。
「こちら全てが人気商品となっておりますが、セット価格ということで本来なら金貨百五十枚の所、今ならお値段たったの金貨百四十枚でご提供いたします! いやぁ本当に運がいい。お買い得ですよ!」
「き、金貨百四十枚!? そんなの払えるわけないじゃないの!」
メフィが声を上げる。
私の所持金は銀貨十数枚、とてもじゃないが手が届かない価格だ。
しかし店主はチッチッと指を鳴らす。
「いえいえ、一度にお支払い頂く必要はありませんとも。分割して支払って頂ければ何の問題もありません。それに無理のない返済プランも用意させて頂いておりまして、特にこのリボ払いというものもお薦めでして、月々たったの金貨一枚と無理のない返済が可能と大変お得になっていますよ」
「月々金貨一枚……それなら、まぁ……」
「騙されちゃダメですよ! ご主人様っ!」
フラフラと契約書にサインしようとする私の後ろ髪をメフィが引っ張る。
「この契約書によると幾ら払っても元金が殆ど減らないようになってます! ホラ、ここにすごーく小さい文字で書いてるじゃないですか! サインしたらずっと搾取され続けちゃいますよ!」
「えぇー、そんなの心配しすぎじゃあ……ん?」
その時ふと気づく。このテント、どこか違和感を感じるぞ。
しゃがみ込んでじっと見つめ、指先でなぞっていく。……うん、やっぱりだ。
「ど、どうしたんですかなお嬢さん? このテントに何か付いていますか?」
「……この皮、フレイムホーンではありませんわね」
私の言葉に店主はギクッ、と顔を引きつらせる。
「そ、そそそ、そんなことはないですよ!?」
「いいえ間違いありませんわ。実家の父が革製品を愛用していたからよくわかりますもの。フレイムホーンどころかただの牛革製でしょう?」
「ぬ……ぐぅ……っ! そ、それは……っ!?」
口ごもる店主に私は更に続ける。
「テントの梁部分も細いし、脆すぎますわ。これでは魔物の攻撃なんか受けたらひとたまりもないでしょう。よく見れば調理器具類も魔術コーティングされてないし、食器類もこんな陶器じゃすぐダメになります。冒険者が使うにはもっと丈夫なものじゃありませんと」
ウチは一応、古い名家だ。様々な良品悪品に触れてきたのでこれくらいは普通に気付く。
店主はしばし苦悶の表情を浮かべた後、誤魔化すように笑った。
「そ、そぉーでした! いやぁすみません。私どもの手違いでして……この品は冒険者用じゃなく、一般のお客様用の物でした。早とちり早とちり。はは、ははは……」
「他の道具も変ですわね」
私は近くに置かれていた寝袋に近づく。店主は私を止めようとするが気にせずしゃがみ込んだ。
「この寝袋もロック鳥の羽を使用と書いていますが、どう見ても鶏にしか見せません。しかも接着が甘いから羽毛が飛び散っていますわ」
「更に、あっちのテントは革ですらないただの布にも関わらず、革製品とか表示してありますし」
「おやおや、こっちのジャケットは大手メーカーの偽物ですわね。こんなのまで取り扱ってるとはある意味驚きですわね」
私が言葉を並べていくと、店主はガクッと崩れ落ちた。
「も、もうやめて……勘弁して下さいぃ……」
「これだけ偽物を並べられるなんて、いっそ感心しますねぇご主人様」
メフィがプンプンと怒っている。
「あら、でもあの棚にあるのは本物のようですね」
「本物だけは奥に仕舞い込んでいるなんて、より酷いです! こうなったらご主人様、街中に言いふらしちゃいましょう!」
「わわっ、ま、待ってください!」
店主は勢いよく頭を下げてくる。
「そんなことをされたらウチはもうやっていけません! こちらのテントを差し上げますのでどうかこのことはご内密に……」
「へぇー、それってこのテントだけかしら?」
メフィが凄むと、店主はぶんぶんと首を振る。
「滅相もない! 理器具に食器セット、虫よけ線香、ロックバードの羽毛寝袋、ふかふかのクッション、断熱マット、折り畳みチェア、ディナーテーブル、炭にランタン、ハンモック、更にあれもこれも付け致します! 当然本物ですとも! はい!」
「ふん、だったら許してあげてもいいわ。ね、ご主人様」
ふんぞり返って頷くメフィ。なんでこの子が偉そうにしているんだろう。
私はため息を吐きながら、店主に言う。
「店主さん、商売がお上手なのはわかりましたが――あまり偽物を置くのは良くないと思いますわよ」
目利きや値切りなど、『物語』には店側との勝負とも言えるやり取りだってある。
そういうのも楽しみにしていた私としては、暴くだけならともかく店自体をどうこうしようという気持ちは全くない。楽かったのでむしろ礼を言いたいくらいだ。
「おぉ……なんとお優しい……えぇもう二度とあのようなことは致しません……!」
そんな私の言葉に、店主は涙を流すのだった。
◇
「さっきはありがとね。メフィが注意してくれなかったらすっかり騙されていたもの」
私ってば店主の話術に完全に引っかかっていたからなぁ。
あのまま何も言われなかったら、フラフラと契約を結んでいたかもしれない。
「か、勘違いしないで下さいね。ご主人様が騙されて貧乏になると、私がひもじい思いをしちゃいますし。それが嫌だっただけですから」
「うん、おかげで助かった」
私の言葉に、メフィは照れくさそうに頬を掻いている。
これはもしやツンデレという奴だろうか。
「あとご主人様のヘンテコ敬語で追い詰めた、というのもあったと思いますよ。迫力ありましたもん」
そういえば実家の母からあの口調で詰められると、かなり怖かったっけ。
まさに思わぬ効果といったところだろうか。本意ではなかったけれども。
「あぁお客さん、お待ちください」
そんな会話を交わしながら店を出ようとしていると、店主が声をかけてきた。
振り向くと先程のキャンプ道具一式を私に手渡そうとしてくる。
「よかったらこちらの道具一式を貰っていただけませんか? さっきのお詫びということで」
「えぇっ!? こんなの貰えないよ」
本当なら金貨百四十枚なんだっけ。流石にタダで貰うのは悪い気がする。
「気になさらないで下さい。本当の商売というものを思い出させてくれたほんの御礼でございます」
「良いじゃないですか。貰っちゃいましょうよご主人様」
ちょっとメフィ、少しは遠慮しなってば。
しかし構わず店主は詰め寄ってくる。
「えぇえぇ、そうして下さいませ」
「そうそう、遠慮なんかいりませんてば」
二人にずいずいと来られ、私は思わず頷く。
「そ、そういうことなら……」
というわけで、私は言われるがままに先刻の店主お薦めセット(本物)を貰うことにした。
「……ところで時々で良いのですが、先刻のように私を詰って貰えませんでしょうか。ハァハァ――」
「変態親父ーーーっ!」
どかっ! とメフィが店主の頭を殴りつける。
一体どうしたのだろう。何か言いかけた気がしたけど……まぁいいか。
私は気にせずその場を立ち去るのだった。
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