第27話大事なものは。中編

「……何だその髪、その瞳……何よりその、とてつもない魔力は……!」


 ヴェルゼバがじりじりと後退りながら、呟く。

 その顔は汗でびっしょりで、呼吸は荒く瞳孔も開いていた。


「そういえばアゼリアと呼ばれていたな……ハッ、まさかレヴェンスタット、真祖の血族か!?」


 アゼリアという名前だけでそこに気づくとは、ヴェルゼバは結構位の高い魔族なのかもしれない。――ま、関係ないけど。

 私はヴェルゼバを冷たく見下ろしながら、ゆっくりと歩み寄る。


「くっ、『滅牙断衝』!」


 放たれた黒い刃を、私は指先で押し止める。

 刃が砕け霧散していく様を信じられないと言った顔で見上げるヴェルゼバ。

 とはいえ何も驚くことはないのだが。

 魔術というのは身も蓋もなく言うなら、術式により効果を与えられた魔力の塊。

 今の『滅牙断衝』とやらは、細く研ぎ澄ますことで強力な斬撃を繰り出す効果のようだが――より大きく、高密度な魔力を前にすれば、何の効果も発揮出来ずこうして霧散するしかない。

 如何なる技量の剣技さえも、鋼鉄の塊相手には何の意味も持ちはしないのだ。


「なっ……魔力障壁か何かで防いだのか!? ……ならば直接切り裂くのみ!」


 今度は手にした剣を振りかぶり、迫るヴェルゼバ。

 叫び声と共に振り下ろされる一撃は私の首に触れた瞬間、真っ二つにへし折れた。

 躱さなかったのではない。避ける必要がなかっただけだ。

 それこそまさに先刻語った通りだから、である。


「馬鹿な……」


 ポツリと弱々しく呟いた後、ヴェルゼバは遥か後方に跳んだ。


「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁぁっ!」


 漏れ出た弱音を消し飛ばすような咆哮・ヴェルゼバの全身から一気に魔力が吹き上がる。

 命を燃やすような魔力の奔流だ。石床が崩壊し、天井は崩れ落ち、辺りは瓦礫の嵐が吹き荒れていた。


「ぐっ……み、皆固まって! 魔力障壁を展開するから……!」

「ゴブリンたち! レジーナさんの元へ集まれ!」


 向こうではレジーナが結界を張り、崩壊の落石からゴブリンたちを守っている。

 逆にヴェルゼバの呼び出した魔物たちは崩れる床に飲まれ、どんどん数を減らしていた。

 今は何とか耐えているが、それでも瓦礫の量が多い。レジーナだけでは防ぎ切れない。

 巨大な落石がその上に落ちてこようとしていた。


「あぁぁもう! 世話が焼けるわねっ!」


 そんな中、飛び込んできたのは逃げたはずのメフィだ。

 落ちてきた石を体当たりで弾き飛ばし、レジーナと共に魔力障壁を展開する。


「メフィ、貴方、逃げたんじゃ……」

「離れてたのよっ! あの二人の戦いの前じゃ、私なんか邪魔にしかならないもの。ホラ早く離れないと、ここに留まるのは命を捨てるようなものよ!」

「お、おう……そうだのう。皆の者!」

「ギャア!」


 メフィの言葉に老ゴブリンは頷き、全員を従えて入口の方へと逃げていく。

 やっぱり逃げてなかったのね。知っていたけれど。

 入り口を塞いでいた落石は今の衝撃で崩れている。あれなら通れるだろう。

 これで皆の心配もせず、気兼ねなく戦えるというものだ。


「ふははははは! 何をボケっとしているのか知らないが、僕が全魔力を解放している隙に攻撃しなかったのは失策だったねぇ! こうなった僕の力は先刻の倍以上! もはや貴様に防ぐ術はない!」

「やってみればよろしいのでは?」

「やってやるさ!」


 渦巻くような魔力を両手に凝縮、練り上げ、そして――放つ。

 ごおおおおお! と爆音と共に迫りくる魔力の塊がモロに直撃する。


「はぁっはぁ! これが僕の最高の技、魔術と剣技を融合した『絶死断牙衝』! 正真正銘、僕の全魔力を込めた一撃さ! これをまともに喰らっては如何に君も無事では――」


 もうもうと煙る土煙が晴れていく。

 その隙間から覗くのは、嗜虐心たっぷりな笑みを浮かべるヴェルゼバが表情を強張らせる瞬間であった。

 ――当然、効くはずもない。

 先刻の倍以上となったヴェルゼバの魔力とやらも、今の私からすれば誤差のようなものである。


「力に力で対抗してどうするのかしら。それでは魔物と変わらないでしょう」


 知恵と工夫、それが冒険者最大の武器なのだ。

 如何に強大な魔物でも、知恵と工夫を以ってすれば倒せぬ道理はない。――私の好きな『物語』の言葉だ。その言葉に感銘を受け、私は冒険者に強く憧れるようになったのである。


「故に私は力のまま戦うようなことはしない。あくまで冒険者らしく戦うのみ、ですわ」


 そう言って銅の剣を拾い上げる。


「ふはっ! そんな折れた剣で何を……」


 言いかけてヴェルゼバは言葉を止める。拾い上げた銅の剣は、綺麗に復元していた。


「ご主人様、それって……!」

「赤い霧による物質支配」


 正確には復元ではない。

 粉々に砕けた銅の剣を霧で包んで支配、結合させているのだ。

 銅という柔らかい素材、それをパズルのように組み立てる。我ながら見事な知恵だ。

 それを見たヴェルゼバは明らかに安堵の表情を浮かべる。


「くくっ、愚か者め、そんな小細工に多くの魔力を割けば、防御は手薄になる。そこを貫くのみ!」

「その通りですご主人様! それだけ赤い霧に魔力を割けば、今みたいな一撃はとても止められないですよ!」

「ふはっ! もう遅いんだよっ!」


 再度、ヴェルゼバがさっきの一撃を放つべく両掌に魔力を集めていく。

 確かに赤い霧の発動には多くの魔力を割く必要がある。

 その状態でまともに受けるのは難しいかもしれない。

 だがその為の工夫はちゃんとある。そう内心で呟くと、私は姿を消した。


「ははははは! は――」


 勝ち誇った笑い声が止まる。既に無防備な背後に回り込んでいた。

 立ち昇る土煙に身を隠し移動する。

 そして一撃、魔力が充填し発射寸前のヴェルゼバの腕に銅の剣を叩きつけた。直後、どぉん! と掌が大爆発を巻き起こす。


「ぐああああああっ!?」


 火煙を上げながら吹き飛ぶヴェルゼバ。

 土煙に隠れて移動する。発射寸前に強い打撃を与えてそれを妨げ、行き場を失ったことによる暴発でダメージを与える――これらもまた『物語』ではよくある工夫だ。


「いやいや、今のはどれもご主人様の身体能力あってこそですよね……」

「知恵と工夫だよ」


 そう言いながら、今ので砕けた銅の剣を復元させ、更に一撃。

 もう一撃、一撃、一撃、銅の剣が砕けるたびに復元させながらヴェルゼバを殴打していく。

 がん! がん! がん! と、何度も何度も。


「がっ! あっ……ぐが……っ!?」


 血塗れでのたうつヴェルゼバだが、その心は未だ折れてない。

 攻撃を受け弾き飛ばされながらも歯を食いしばり、私を睨み付けている。


「……ははっ! なるほど大した知恵と工夫だよ。しかしその程度で、僕の最後の攻撃を破れるかな?」


 どくん! と鼓動の音が辺りに響く。

 同時にヴェルゼバの全身が黒く、暗く染まっていく。

 それは本人だけでなく、空中に黒いシミが広がるように辺り一帯に広がっていた。

 ヴヴヴヴヴヴ、と耳障りな音が響く中、ヴェルゼバの声が聞こえてくる。


「僕の魔力体を分割した。その数十万! この状態の僕に攻撃を当てたとしても、本体に行くダメージはほんの僅か。これが僕の『蠅の王の軍勢ヴェルゼブブ・ウォー』だ」


 一つ一つが塵のような小ささだ。

 目の良い私でも、肉眼で見るのは難しいサイズ。その姿、まさに霧の如くである。


「この状態では攻撃力はかなり弱まるという欠点もあるが……それで十分」


 気づけばヴェルゼバが私の周囲に纏わりついていた。

 目を、鼻を、口を押さえているのだ。手で払いのけようにも小さすぎて空を切るのみ。


「ご主人様ぁーっ!」

「はぁーっはっはっは! 呼吸さえ封じればこっちのものよ!」

「離しなさい! このっ! このっ!」

「雑魚が! 小さくなったとて貴様如き小悪魔の力では振りほどくのは不可能! さぁじわじわと嬲り殺しにしてくれよう!」

「この――」


 何度も飛びかかるメフィを手で制する。

 問題はない。口の中が多少気持ち悪いけど、問題はない。


「すぅ――」


 息を吐いたその直後、思いっっっ切り吸い込んだ。

 ごう! と私の周囲に竜巻が生まれ、黒いモヤが一気に晴れていく。


「な、なにぃぃぃぃっ!?」


 小さくなったヴェルゼバをどんどん吸い込んでいるのだ。小さくなったのが仇である。


「ありえん! 小さくなっているとはいえこの僕をただの呼吸で吸い込むだなんて、どういう肺活量をしているというのだ!?」


 ただの、ではない。

 ――かつて私が病弱だった頃は肺が弱かった為、特に鍛え上げているのだ。

 今では数時間は呼吸せずに動き回ることも可能である。

 そう、冒険者が用いるのは知恵と工夫だけではない。最後にものを言うのは今まで積み重ねてきた地道な努力だったりするのだ。

 ごおおおおおお! と息を吸い込むことで発生する風鳴り音が更に強さを増していく。

 もはや黒いモヤは一片たりとも感じられない。


「ぐぉぉぉぉっ! な、ならば貴様の体内で元に戻り、中から破壊してくれる!」


 体内で吸い込んだヴェルゼバが一つに戻ろうとする――が、無理だ。

 私は胃袋だって鍛えているのだから。吸い込んだ先から消化し、既にヴェルゼバは半分も残ってはいないだろう。


「馬鹿なああああ……ぁぁぁぁ……、――」


 声が小さくなっていき、そして消えた。

 散らばった敵を一纏めにして倒す。そういえばこれもまた、『物語』でよく使われていた手法だっけ。

 知恵、工夫、そして地道な努力――


「ふぅ、冒険者らしい勝利だったね」

「そうでしたっけ!!!???」


 メフィが全力でツッコんでくるが、どうみても冒険者らしい勝ち方だろう。

 うん、間違いないね。

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