第22話初めての冒険(多分)ゴブリン討伐。前々編

 ――翌朝、目が覚めると既に二人は起きており、テントの外で何か話していた。


「ふわぁー……おはよう二人とも、いい朝だね」

「えぇ、おはようアゼリア」

「遅いぞ全く」


 キリアはやれやれとため息を吐く。


「ごめんごめん。で、どうしたの神妙な顔をして」

「先日魔術でこの辺りを監視していたのだけれど、ゴブリンは見つからなかったのよ」

「我々に気づいて警戒していたのでしょうか。だとしたら少々長引きそうだな……」

「――あ」


 二人の言葉に、私は思わず声を上げる。


「ゴブリンなら昨日見たよ」

「はあっ!?」


 そして二人も。


「昨日薪拾いしていた時にね。それで警戒したのかも」

「何故それを早く言わないのだ! 追跡すれば巣を見つけられたかもしれないのに!」

「いやぁ、だってキャンプしたかったし……」


 先日はとても楽しかった。スルーして悔いなしである。


「全く、君という奴は……」


 頭を抱えるキリアに私はパタパタと手を振る。


「大丈夫大丈夫、場所は憶えているからさ」

「……本当かしら」


 訝しむ二人を連れ、私は先日ゴブリンを見つけた場所に赴くのだった。


「ここで見つけたんだよ」

「ふむ……しかし上手く逃げたものな。痕跡が見当たらないぞ」

「賢いゴブリンだったようね。足跡一つ残してないわ。歩き慣れてそうだし、下手に追跡しても撒かれていたでしょうね」


 周囲を見渡しながら落胆する二人だが、私は首を横に振る。


「ううん、ちゃんと痕跡は残っている」


 僅かな踏み跡、草木の倒れ具合から、ゴブリンがどこをどう移動したのかしっかりと見て取れる。

 私は目が良いから。そして暗ければもっと見える。

 日光防止魔力コーティングの応用で目に魔力を集め、視界を黒に染めていく。

 真の暗闇でこそ私の目は真価を発揮するのだ。

 先刻までぼんやりとしていた痕跡が、今はくっきりと見えていた。


「こっちだよ」


 私が先頭に立ち、ゴブリンの痕跡を追う。


「み、見えているのか? 本当に……?」

「アゼリアの目は特別性だからねぇ。とはいえよくわかるものだわ」


 呆れたような感心したような二人の言葉を聞きながらしばし追跡を続けただろうか。

 ゴブリンの足跡は森を抜け、崖の下へと降りていた。

 私たちもそれに続くと、降りた崖下には穴が在った。

 その周囲にはゴブリンたちの足跡が大量にある。


「どうやらここがゴブリンの巣みたいね」

「あぁ、かなり大きいな」


 覗き込むと、天井は背の高いキリアでも問題ないくらいの広さだった。

 奥もかなり深そうで、何とも不気味な感じである。

 ……なるほど、これが噂の洞窟ってやつか。ワクワクするなぁ。


「――さてどうしましょ。水攻め? 煙攻め? それとも火責め?」


 それらで洞窟を直接攻撃し、中のゴブリンを倒すというお手軽で効率的な戦法が『物語』ではよく使われていた。私もそれを見て、是非やってみたいなと胸躍ったものだ。


「ふふ、小説の読み過ぎね。ゴブリンの巣穴は意外と深く、どこまで広がっているかわからないし、排水排煙などの生活機能を備えた物も多いわ。余程小さな巣穴だった場合はともかく、大抵は敵の侵入を知らせるだけに終わるでしょうね」

「へー、そうなんだー」


 やはりベテラン冒険者、実戦経験が違うなぁ。思わず羨望の眼差しを向けてしまう。


「そういうことだ。冒険者とは華々しいだけでなく、泥を被る必要もある。嫌になったなら――」

「全然っ!」


 むしろそっちこそ冒険者の醍醐味である。

 私の答えに皆は呆れたように、諦めたように苦笑するのだった。


 ◇


 ともあれ私たちは洞窟へと足を踏み入れる。

 中はレジーナの魔術で照らしていてもかなり薄暗く、不意打ちや罠を仕掛けるにはうってつけだ。


「わ、排水溝がある!」

「天井にも所々亀裂が入っているでしょう? 火を送り込んでも煙が逃げていくってわけ。ゴブリンも色々考えているのよ」


 へぇ、意外としっかりしてるんだ。

 話に聞くのと実際見るのとでは大違い、ということだろうか。


「! 静かに」


 不意にキリアが立ち止まり、人差し指で口を押える。

 そして耳を澄ませながら鞘で地面を叩いた。


「……前方に気配を感じる。反響から察して恐らく数体のゴブリンが待ち構えているな」

「へぇぇ、すごいねキリア。こんなやり方があるんだ」


 地面を叩いた時の反響音で違和感を感じ取ったのか。

 私は普通に耳で聞こえていたけど、それが出来ない時はあんな風にすればいいのね。勉強になるなぁ。


「先手を取りましょう。『火球』」


 レジーナの周囲に無数の火球が浮かび、前方目掛け放たれた。

 どどどどど! と爆音と共にゴブリンたちの悲鳴が聞こえてくる。


「すごっ! ねぇレジーナ、今のは?」

「『火球』――ただし洞窟で使いやすいように威力を落とし、小回りが利くよう数を増やしたものよ。一度の詠唱で十の火球を自在に操れる」


 あれが前にレジーナから教えて貰った、術式を弄ることで効果を変えるってやつなのね。

 なるほど、状況に合わせてカスタマイズしているのか。楽しそうだ。

 私の赤い霧は何でも出来過ぎて、状況に合わせて使い分けるなんて必要がないからなぁ。選ぶ楽しみって大事よね。


「よーし、私もっ!」

「ちょ、アゼリア?」


 私はくるっと後ろを振り向き、銅の剣を抜くと地面に突き刺した。

 ずずん! と音が響き天井の亀裂に隠れていたゴブリンたちがボロボロと落ちてくる。


「な、こんなところに隠れて……?」

「息遣いが聞こえてたからね」


 上に隠れていたのは最初から気づいていた。

 地面を揺らし振動で落とす。こんな使い方もあるわけね。

 でも敵に気づかれちゃ意味ないよね。力加減が難しい技術だ。


「そして――『火球』の術式改造っ!」


 レジーナがやったように小さい火球を無数に放てるよう、術式を弄る……が……くっ、このっ。

 思った以上の難しさに思わず全身に力が入る。ええーいっ!


「ギィィッ!?」


 急に、ゴブリンたちが飛び上がって逃げ出した。

 ……あれ? 私まだ何もしてないんですけど?

 一応小さな火の玉が三つくらい出たけど、ゴブリンたちには届かず消えてしまった。


「どうやらご主人様が力んだ事で漏れ出た瘴気に恐れを成したようですね。私でもびっくりしたくらいですし、ゴブリン如きじゃそりゃ逃げ出すでしょう」


 うーん、どうも集中しすぎたり力み過ぎると瘴気が漏れちゃうんだよなぁ。

 そこそこ魔術は使えるようになったけど、術式を弄るなんて高等技術はまだまだ難しい。


「冒険者の技術って奥が深いね。私、もっと勉強が必要だと思い知ったよ」

「ご主人様はそんなことする必要が……いえいえ、何でもありませんとも」


 メフィがツッコもうとして、誤魔化すように明後日の方を向く。

 二人もなんだか呆れているし、やっぱり私はまだまだである。

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