29話「残された者達」
29話「残された者達」
最後がどんなに笑顔だったとしても、1度別れてしまえばもう出会う事はない。
それが、「死」というもの。
凛と花は、店に戻ってから、ただただ呆然と時を過ごした。
どんなに待っても雅の声は聞こえてこないし、笑顔も見る事はない。もし、ここでうたた寝をしていると「花ちゃん、ここで寝ちゃったら風邪ひくよ?」と、声を掛けてくれそうな気がして目を瞑ってみるが、雅は来てくれない。
そんな事を考える度に、瞳からはポロリと涙が零れ落ちる。
それを拭う気持ちにもなれず、花はただたただ雅の面影が残る店で、彼の死を今さら感じてしまっていた。
その別れはとても大きくて重い。
時々、凛の方を見てみるが、ここに戻ってきてから、ずっと同じ姿勢のままテーブルに置かれたテディベアを眺めている。
それは、凛の魂が宿り49日間、体となり生活をしたテディベア。そして、昔に雅と凛が初めててぬいぐるみ作りをして、花浜匙の元店主である雅の祖父に認められたテディベアだった。
それを無表情のまま、じっと見つめていた。
出会ったばかりの花でさえも、ショックを隠せずにいるのだ。ずっと共に過ごしてきた凛の悲しみは計り知れないところだろう。
そっとしておきたかったけれど、凛はほとんど数日寝ていないはずだ。寝なくても大丈夫だからと言っていたが、魂の移行もあったので彼の体も心配であった。
「凛……少し休んだ方がいいよ。体、心配……」
「あ、あぁ。大丈夫だ。眠くないんだ……」
「体を横にするだけでもいいから。疲れてたらそのまま寝てしまえるし」
「そう、だな……」
凛はよろよろと立ち上がり、そのまま2階への自室へと向かった。花に「おまえも泊まっていけ」と、花に雅の部屋で寝るように伝えた。
花が今まで泊めて貰っていた部屋は、雅の部屋だった。随分と片付いているので大分使われていないかと思っていたが、きっと四十九日の奇で戻ってきた雅が、片付けたのだろう。その部屋を最後まで花に貸してくれていたのだ。それを知ると、申し訳ない気持ちになる。
布団に横になり、花は大きく息を吐く。
先ほど、雅がこの世から本当にいなくなってしまった。
それを思い出してしまうと、自然と視界がボヤけてしまう。
寝れるはずがない。
花がフィオを抱きしめたまま呆然と外を見つめる。そういえば、カーテンを閉めていなかったな、と立ち上がり窓の方へと向かう。すると、そこからは先ほどは雲に隠れていた月が顔をだしていた。少しだけ欠けているが、まるいお月さまだった。
雅はどれぐらい遠くにいってしまったのだろうか。まだ月で見ているのだろうか。そんな事を考えて手を伸ばした。
が、突然隣の部屋からドンッという音が聞こえてた。花はその手を止めて、すぐに部屋へと向かった。
すると、扉が少し空いており、そこから中の様子が伺えた。部屋の電気はつけられていなかったが、大きな窓から差し込む月明かりが、スポットライトのように凛を照らしていた。
その凛の体が小刻みに震えていた。
そして微かに彼の苦しそうな声も聞こえる。
凛が泣いてる。
それを理解した途端、花の足は自然と動いていた。ゆっくりと彼に近づき、花は優しく後ろから凛を抱きしめた。
普段ならば男性に対して積極的な事が出来るはずもなかった。けれど、その時は体が勝手に動いていたのだ。
凛が泣いているから。独りで泣かないで。自分が泣いている時に、凛と雅が居てくれた。それがどれだけ心強かったかを知っているからこそ、一人で泣く孤独と寂しさがわかるのだ。
急に抱きしめられた凛は驚いて体をビクッとさせた。
「おまえ、何やってんだよ!?勝手に俺の部屋入って」
「………凛の顔、見ないから」
「何を………」
「見ないから、一人で泣かないで。そんな寂しい事しないで」
「それで何でお前が泣いてるんだよ」
「泣いてないもん」
「はいはい」
凛に思い切りないてもらうために、寄り添ったというのに、何故か花の方が涙が出てきてしまう。声が震えてしまったせいで、彼にすぐにバレてしまい苦笑される。
けれど、凛はバカにすることもなく、じっと下を見きながらしばらくの間、何かを考え込んでいた。
「………雅を成仏させた事も、俺の体を取り戻した事も後悔はしてないんだ。それなのに、雅と離れたくなくて、あのままでもよかったんじゃないか、なんて最低な事を思ってしまうんだ」
「そんなの当然の事じゃない。凛は、雅が大好きだったんだから」
雅を不安にさせまいと強気な態度で送り出した凛。
そんな彼の本音は、伝える事が出来なかったのだろう。
雅と同じように、彼もまた雅と離れるのが嫌だったのだ。願わくば、ずっと一緒に店を守り続けたい。テディベアを作って笑い合いたい。それがたとえ、魂だけの存在だとしても。
それが雅にとって良くない事であるとわかっていても。
けれど、理性と雅のその後の事を考えれば思いとどまれたのだろう。
これでよかった。そのはずなのに、別れがつらすぎて、間違えだと思ってしまう。
「雅も凛の事が大好きだから、このままでもいいって言ったんだと思うよ」
「………終わりの日が決まっていても、覚悟をしていても、別れって辛いんだな」
「そうだね」
「あー、雅も泣いてるのかな……」
「きっと泣きながら笑ってるよ」
「………そうなのか?」
「うん。だって、凛の本当の言葉、今頃聞いてるはじだもん。寂しいけど、嬉しいと思う。同じ気持ちだって言葉で聞けて」
「………そうだな」
しばらくの間、2人はお互いの顔を見る事もなく、ただただ体温を感じ合いながら、一緒に雅を失った悲しみに涙した。そして疲れるまで泣いて、2人で床で倒れるように寝てしまった。
凛の温かさは、よくクマ様を抱いていた頃と同じで、その頃を思い出しては嬉しくも切なくなるのだった。
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