24話「奇縁」





   24話「奇縁」




 「なんで、凛さんが入ってるんですか!?」

 「早く知りたかったから。それなら、俺も行くのが手っ取り早いだろ?」

 「だからって、勝手に鞄の中に入らないでくださいよ!テディベアの体だからって………!」

 「凛様、とおっしゃるのですか?」



 間抜けなやり取りを一堂は微笑ましく見つめた後、畳の上で立ち上がる彼に合わせて、少しだけ体勢を低くして顔を見つめていた。



 「あぁ……。おまえが、十三師か?」

 「はい。一堂と申します。長い旅路をせまいところで過ごして大変でしたでしょう。……何か飲み物を……凛様は食事が出来ますか?」

 「……出来ないな」

 「そうですか。先ほど、乙瀬様から教えていただいたのですが、凛様は生きている方だとか。空腹は感じないのですか?」

 「俺の体に入った奴が代わりにバクバク食べてくれている。だから、空腹も満腹もあまり気にならない」

 「そうだったのですか」



 凛とした声に、おっとりした口調。それでいて、洗練された丁寧な言葉。まるで自分より年上の女性と話しているようだったが、目の前の彼女は少女。不思議な感覚だったが、前回の事もあるので、花も少しずつ慣れてきた。が、凛は一堂をまじまじと見ている気配を感じた。



 「それでは、私に相談というのは、凛様についての事でしょうか?」

 「はい。凛の本来の体には、別の魂が入っている。四十九日の奇の魂です。魂を成仏させるためには、魂が入ったものを燃やさなければいけない事になっています。けれど、それが生身の人間の体の場合、そんな方法はとれないですよね?……その場合どのような対処をすればいいのかわからなくて。十三子様ならばご存知かと思いまして」



 花が凛の置かれた状況を簡単に説明する。

 すると、一堂の顔から笑みが消え真剣そのものになる。十三師として父の魂を見つけた時と同じような顔だ。

 そして、しばらくの間黙り込んだ。その時間はたぶん1分も満たなかったはずだが、花にはそれ以上に長く思えた。

 長いまつげがピクリと動き、上を向いた時に花と視線が合った。



 「………申し訳ございません。生きている人間に魂が宿る事は私も聞いたことがございません。お役に立てそうにありません。せっかく訪ねてきていただいたのに、すみません」



 一堂は畳に手をつけて深く深く頭を下げた。

 花は内心では深く残念がったけれど、なるべく笑顔を見せるようにして「そんなに謝らないでください」と、顔を上げるように促した。

 けれど、隣に堂々と座っていた凛が声を掛けた。



 「やはり、俺の体を燃やすしかないか?」

 「……それでは、凛様の魂が行き場を失います。そして体の消滅はこの世界では死を意味します。そのため、次はあなたが四十九日の奇という立場になってしまいます」

 「………」



 花は太ももの上に置いていた自分の手でスカートをギュッと握りしめた。

 第三者でしかも十三師である一堂に現状を伝えられると、一気に現実味がおびてきてしまう。

 雅が四十九日の奇が終わり成仏した後、凛までもが同じ道を辿っていってしまう。自分の守ってくれ人、信じてくれた人、認めてくれた人が目の前からいなくなってしまう。

 そんな未来が刻一刻と近づいている。背中に冷たいものを感じるほどの恐怖だった。




 「………四十九日の奇なんて……奇跡ですけど……ただただ辛いことですね」



 死。

 それが身近に続き、花は大きなダメージを負っているのだろう。つい、そんな弱音を吐いてしまった。隣には、死が間近に近づいている凛がいるといるのに。

 死だって恐怖だ。人間の最大の恐怖といってもいいかもしれない。けれど、花は大切な人がいなくなり、残されてしまう事がとても怖かった。

 また、独りになるのだ、と。

 


 「俺は死なないし、あいつは成仏させる。俺を勝手に殺そうとするな」

 「凛……」

 「凛様」



 凛は当たり前のように言葉はとても心強い。

 雅が体を使い暮らしている事を認め、そして、四十九日の奇が終わる時に供養する気持ちではいるようだが、それで自分が死ぬつもりもないようだ。

 その時に花はハッとした。


 自分は一瞬でも諦めてしまいそうだったのだ。

 一堂に方法がわからないと言われただけで、もう無理なのだと思ってしまっていた。そして、凛は雅のために体だけではなく命さえも譲ってしまうのではないか、と。それほどに、彼ら2人の信頼は厚いとわかっていたから。




 「俺はあいつの店も夢も続けなきゃいけないんだ」



 その声はとても小さいモノだったが、周りは静かな庭という離れの中でははっきりと聞こえた。

 意志の強さを物語る、固いかたい声が。


 凛が諦めていないのに、自分が諦めるわけにはいかないのだ。

 それに、1番良い形で全て進んでいきたい。その願いは花も同じなのだから。




 「四十九日の奇の奇という言葉は、私は奇跡ともう1つ、奇縁という意味も含んでいると思います」



 鈴のなるような凛とした声で、一堂は2人を見渡しながらそう告げた。



 「奇縁ですか?」

 「はい。奇跡の奇に縁を結ぶの縁です。思いがけない不思議な巡りあわせと言う意味です。四十九日の奇にぴったりな言葉ではありませんか?誰でもその奇縁を結べるわけではない。めぐり合わせで結ぶことができる奇跡。それが、四十九日の奇だと思っています。巡り合わせは幸せな事だけではないでしょう。悪い縁もあるのです。けれど、それさえも、きっと奇縁なのです。必要だから結ばれるのです」

 「それが死を意味するとしても、か」

 「そうですね。だからこその奇縁なのだ、と」

 「そう、だな」



 巡り巡って雅は病気により亡くなった。

 それが運命なのか、巡り合わせなのか。そんな事はわからない。けれど、それだけは変わらない事実なのだ。

 けれど、巡り合わせはきっと行動により変わっていくのだろう。そう思えば、雅の供養も凛の体もきっと無事に終わる奇縁があるだろう。

 花はそう思えた。




 「四十九日の奇の魂を成仏させる方法は燃やす。それ以外は私は知りません。ですが、1つだけお2人にお伝えしておきたい話がございます」

 「え、それは何ですか?」

 「少し前ですが、私の依頼主様の四十九日の奇の魂が、他のモノに変わった方がいらっしゃったのです。確か、万年筆から花へと」

 「そんな事が」

 「それって何がきっかけだったんですか?」



 焦った様子で早口のまま凛は一堂に問いかける。

 そして一堂がそれを口にした瞬間、花と凛は同時に口を開いた。



 「それです!」

 「それだ!」

 「え、で、ですが、……これは確実な方法ではなくて……」

 「でも、やってみる価値はありそうです。それに他に方法が浮かばないのですから」

 「そうだな。となれば、すぐに帰って準備するしかないな」

 「そうだね。一堂様。助言、ありがとうございました。またこのお礼はさせていただきます」


 花は先程の一堂と同じように深く頭を下げた後、凛の体を抱きしめながら急いで離れを後にした。



 その様子をぽかんとして見送った一堂だが、しばらくしてクスクスと笑った。


 

 「成功する事をお祈りしております。乙瀬様、凛様」



 その応援の言葉は、2人の耳に届かなくとも気持ちは届くはずだと、一堂は声に残したのだった。

 



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