23話「いつの間に」




   23話「いつの間に」





 それからの花は、昼間は花浜匙に行き、夜になると自宅戻る生活が続いていた。



 「じゃあ、雅がテディベア専門で、凛が洋服専門だったの?」

 「そうなんだ。俺は昔からテディベアは作れたけど、服はなんか苦手でね。凛は上手だからそれぞれを担当することになったんだよ。どうしても、服の方が沢山作らなきゃいけないから、簡単な縫い作業とかは手伝っていたけどね」

 「俺はほとんどテディベアを作ったことがないからな。まぁ、出来ると思うけど、雅に教えてもらってるんだ」

 「そっか……」



 数日前に夜中に2人で作業をしていたのは、これが理由だったのだろう。平日は、仕事があるのでその合間をぬって行っているようだった。そして、洋服の販売は一時休止しているという。



 「雅にせっかく教えてもらうのに、クマの手だから出来ないんだ。見て覚えるしかない」

 「そればかりは仕方がないよ。俺がそのテディベアに乗り移ればよかったんだけどな」

 「なんで、俺の体に入ったかな………」

 「それだけ、凛の事が好きな証拠でしょ?」

 「……やめてくれ」



 工房の中で、雅はテディベアに飛び付こうとして、凛に逃げられてしまう。そんな彼らを微笑ましく見つめながらも、花の心中は複雑だった。



 雅に残されて時間はもう1週間もなかった。

 2人は花の前で焦りや不安を見せる事はなかったが、凛は必死になっているのを花は知っていた。


 凛として客の対応をする雅。

 その間、凛と花は工房で過ごすことになる。凛はパソコンとにらめっこをしている事が多かったのだ。


 その理由は、四十九日の奇について調べているのだ。

 人の体に死者の魂が宿る。


 そんな事例が他にもないか、その場合どのように供養するのか。それを必死に調べているようだが、なかなか見つからない。1ヶ月以上調べているのにわからないのだ。その日、凛は大きくため息をついた。



 「………もう見つからないのかもな」

 「凛さん……」

 「俺の体、燃やしてみてもいいのに」

 「だめっ!」

 「……何でだよ。俺の体なんだから好きにしていいはずだろ?おまえに言われる筋合いなんてない」

 「……だめだよ。花浜匙はどうするの?テディベア作る人いなくなるよ。それに、そんな事で雅さんが喜んで成仏出来るなんて思えないよ」

 「………じゃあ、どうしろって言うんだよ」

 「それは………」




 最近の凛は、とてもピリピリしていた。が、それでもこうやって弱音を吐いたり、強い口調になったりはしなかった。ぐっと我慢していたのだろう。


 期限が迫り、解決策が見つからないことで、その気持ちが爆発したのだろう。

 そんな彼に対して、花はもちろん怒るつもりにもなれない。むしろ、役に立てない事が申し訳なかった。



 「………実は、今日の夜に十三師様に会うことになってるの」

 「おまえの父親を見てもらった人か?」



 項垂れていた凛は、それを聞いた途端にパッと顔を上げた。期待だけさせて結果が出たときに悲しんでしまうのではないかと思い、本当は伝えるつもりはなかった。

 けれど、あんまりにも気が沈んでる彼を見ていると、すこしの間だけでも心を落ち着かせて欲しいと願い、伝えてしまったのだ。




 「うん。その人に会ってくるから。でも……あまり期待はしないでね。何かわかったら伝えるよ」

 「あぁ。解決するといいけどな」



 その声は少しだけ明るさを取り戻している。

 それを感じた花は少しだけ心配になってしまう。十三師から話を聞けることを祈るしかなかった。





 花が依頼した十三師は少し遠い場所に住んでいた。そのため、花は電車を何回か乗りついて移動した。

 到着した駅は、栄えた場所から離れた古さが残る商店街がある町ある駅だった。

 タクシーに乗り換えて10分ほどで目的地に到着した。

 そこは、広い敷地は背が高い塀に囲まれており、そこからは平屋の瓦が見える。立派なお屋敷で、庭があるのか木々も塀から見え隠れしている。表札には「一堂」と書かれている。


 花が近づくと、待機していたのかすぐに木の扉が開きそこからは、艶のある長い黒髪の少女だった。年は花より年下で中学生ぐらいの女の子だった。真っ黒な着物を着ており、肌の白さがとても際立っている。その少女が、花の父親が宝石の瞳のテディベアに魂が入っていると教えてくれた十三師だった。

 


 「お久しぶりです。お待ちしておりました、乙瀬様」

 「こんにちは。よろしくお願い致します」



 一堂は深く礼をするので、花もそれに合わせるように頭を下げる。

 同時に顔を上げた花を一堂は、にこりと微笑んで見て「こちらへどうぞ」と屋敷の中を案内してくれた。

 案内されたのは広い庭の中の離れだった。大学生が一人暮らしをするようなこじんまりとした大きさの離れは、畳みが敷いてありまるで茶室のようだった。使用時からは太陽の光が入ってきているが、うす明かりだけのため、一堂は電気をつけた。奥に花を座らせ、手前に一堂が座る。




 「今回は貴重なお時間をありがとうございました」

 「こちらこそ、遠くまでわざわざありがとうございます。ですが、そこまでして相談したいという事は大変な事なのでしょうか。もしかして、お父様はまだ成仏してないのでしょうか?」

 「いえ……お父様はすこし前に無事に見送りました。本当にありがとうございました」

 「そうですか。それはよかった……」



 一堂は安堵した表情を見せ小さく息を吐いた。

 けれど、すぐに思い出したように不思議そうな顔を見せた。

 真剣な表情は大人顔負けなほどに凛々しいが、フッとした時に年相応になる。それが目の前の彼女の魅力であった。

 十三師と聞くと、どうしても年齢が大きい人を想像してしまうが、少女は幼い頃より才能を見いだされ、もう相当な数の依頼をこなしているというから驚きだ。けれど、そんな彼女ならば雅の四十九日の奇を解決してくれるのではないか、と思えるのだ。




 「では、相談というのは……」

 「はい。私が父親の事で気が滅入っている時に助けてくれた人達なのですが……」



 花は、雅の四十九日の奇について詳しく説明した。人間の体に入ってしまった事。そして、その人物は父親と同じようにテディベアに宿っているという事を。

 すると、一堂は驚きながらも頷き、話しを聞いてくれていた。



 「偶然とはいえ、同じようにテディベアに魂が入った方と会うとはすごいですね。しかも、その方は生きているなんて……」

 「はい………。ですが、四十九日の奇では魂が入ったものを焼かなくてはいけないので、どうしていいかわからなくて……」

 「なるほど……じゃあ、乙瀬さんの鞄の中から感じる不思議なものは、生きている魂ってことですね」

 「え………えっ!?」




 花は驚いて横に置いてあった大きめのバックを見つめた。店からの帰りだったため、レース編みの道具が入っているために大判のバックを使っていたのだ。

 それのバックの中を見ると、そこからあの少し歪つな顔のテディベアが顔を出した。もちろん、凛だ。レース編みの道具を全て出していつの間にかバックの中に忍び込んでいたようだった。驚いて声も出ない花をよそに、凛は「よぉ」と手を挙げて得意気な声を上げたのだった。



 

 

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