31話「新しい朝」




   31話「新しい朝」




 

   ☆☆☆


 



 花が起きると、凛はすでに店に立っていた。

 

 床で寝ていたはずなのに、気づくと凛の部屋のベットに横になっていた。

 いくら寝ぼけていたとしても人のベットを使うことはないだろう。そう考えると、凛が運んでくれたのだろう。「ベット貸してくれてありがとう」と、来客がいない事を確認した後に声を掛けると「あぁ」と返事を返してくるだけだった。


 店内に入ってすぐに、いつもと違うものが置かれているのに気づいた。

 店の入り口から入って正面の棚に、あの不格好なテディベアが置かれていたのだ。それは凛と雅が初めてテディベアを作り上げて前店主に認められたテディベア。そして、行き場を失った凛の魂が宿っていたクマ様でもある。

 そんなテディベアがスターチスの花が飾られた隣のスペースに置かれていたのだ。

 そして、その前には、雅が使っていたグラスが置かれており、その中には茶色の飲み物が入っている。アイスティーだろう。



 「これ………」

 「あぁ。ここにあった方がいいと思ったんだ。やっぱり売り物じゃないものは置かない方がいいと思うか?」

 「ううん。このお店にとって大切な思い出の品だもん。みんなに見て貰った方がいいんじゃないかたな」



 テディベアの前まで近寄ってきた凛と2人で、そのテディベアを見つめた。

 昨日までは、このテディベアと一緒に生活をしており、おしゃべりをして、一緒にテディベア作りをしていたのだから、不思議な話だ。夢のような事だが、夢ではない。夢にしたくはない、大切な思い出だ。



 「そういえば雅が来てたジャケットに、これが入ってたんだ。きっと一緒に持っていこうとして、忘れてしまったんだろうな」

 「あ、これは私が贈った……」



 凛が指さした先には、アイスティーが入ったグラスがある。が、彼が話しているのはその下に敷かれたコースターだった。花がレース編みを見せた時にクマ様にプレゼントしたのだが、雅も欲しいと言ってくれたのでその後に編んだのだ。白いクマの顔の形をしたコースター。今は、紅茶の光りで少し茶色になっておりますますテディベアのように見える。




 「……ねぇ、凛。私、明日からone sinに戻ろうと思うんだ」

 「そうか」



 昨日の事があって、凛は気が伏せっているはずだ。

 それなのに、今日も店を開けている。それは、雅との約束を果たすために他ならない。立ち止まっている暇などないのだろう。その証拠に、客がいない店内で、沢山の書類を取り出して、何か調べものをしていたようで、カウンターには沢山のファイルが出されていた。


 そして、ずっと雅に任せていたテディベア作りも、凛が1人でやらなければいけないのだ。

 凛には沢山の仕事とプレッシャーがのしかかってくるはずだ。

 けれど、彼ならばやりきれるのだろう。あんなにも雅と店、そしてテディベアを愛しているのだから。


 凛も頑張っているのだから、自分もやれることからやるしかないのだ。

 自分だって雅と約束をしたのだ。凛を守る、と。



 「でも、休みの日は店を手伝わせてね。ううん、働かせてください!しっかり覚えていくから」

 「あまり気にするな」

 「……え」

 「花は、one sinで仕事をこなす事を優先していいんだ。きっと、まだ大変な環境である事には変わりわないんだ。だから、そっちに慣れるのが第一だ」

 「でも………」



 凛は自分の状況を案じてくれている。だからこその発言だともわかる。

 けれど、必要とされていないように感じてしまう。雅の思いを継いで、花もこの愛らしいテディベアを作り広めていきたい。多少の無理なんて、どうって事はない。凛も同じなのだから。

 だから、突き放さないで欲しい。


 そう思い、抗議の声を上げようとした。

 が、それより先に凛の言葉が優しく降ってくる。



 「one sinは一流の商品、そしてデザインを見て、接客を学んで、この店でいかしてくれ」

 「それって………」

 「花の力、頼りにしてる」


 

 いつもぶっきらぼうな口調だけで、彼の表情はわからなかった。

 けれど、今目の前いる彼は、綺麗な真っ黒な瞳を細め、口元hやわらかい孤を描き、穏やかに微笑んでいる。雅と似てるけれど、少し違う。体の中に入っている魂が違うだけで、やはり雰囲気は変わるのだ。

 雅は柔らかな雰囲気であったが、凛はどちらかというと男らしい色気のあるような艶のある笑み。

 どちらも優しい笑みなのには変わりがない。どちらも好きな花の笑顔だ。



 「が、頑張る!私も花浜匙に一員になれるように!」



 凛は花を突き放したわけではない。花の未来も、一緒に考えてくれている。

 店と一緒に、凛と一緒に、どうやれば最善の道なのかを見据えてくれている。

 それが嬉しくて、思わず声が大きくなってしまう。


 そんな花を見て、凛は笑いながら頭をポンポンッと撫でて「もう一員だろ」と、一番の嬉しい言葉をくれる。



 凛にとって、ひと匙はひと匙でも大盛りの安らぎと幸せをあげられる、テディベアのような存在になろう。



 花は、強くつよく決心したのだった。






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