30話「消えないメッセージ」




   30話「消えないメッセージ」





   ★★★





 生き物全て、いやこの世に作られたモノの全ての終わりというものは喪失はあまりに唐突だ。


 丁寧に作られた硝子細工のグラスも割れてしまえば、捨てるしかない。どんなに大切にしていた自転車だって使い続けていればいつかは壊れて破棄をする。バックにつけていたマスコット人形も気づいたらどこかに落としてなくしている。

 終わりは予想するしない関わらずにやってくるのだ。


 生き物の死もそうだ。余命宣告される時もあれば事故や病気で突然死んでしまう。


 あっけなく、生きていた事が嘘のように目の前からいなくなるのだ。




 「ごめん……俺、もう長くないらしい」



 突然入院した雅の口から、終わりを告げられた。

 感情を押し殺し、何とか微笑もうとしている雅。


 そんな雅を見て、凛は何故か怒りがわいてくる。そして、「そんな嘘つくなよ……!」とその時は言ってしまい、あいつが傷ついた顔で「本当なんだよ、ごめん」と言わせてしまった。


 そんな事を言わせたくはなかった。

 何て言えばいい?こんな時、雅を悲しませないために何と言えば……。

 そのまで考えて、気づいてしまう。


 どんな言葉をかけても、雅を救える言葉はないんではないか。








 「っっ………!!」



 唐突に目が開く。

 ハーッと大きな息を吐くと、少しずつ今の状況が頭の中に入ってくる。

 目の前にあるのは、いつもの白い天井。自分の部屋だ。どうやら昔の夢を見てきたようだ。

 嫌な汗をかいてしまい、凛の顔には髪がはりついている。かなり不愉快だ。

 それらを乱雑に手でよけながら、フッと横を見る。と、そこには安心しきった表情で眠る花の姿があった。驚き、声を出しそうになるが何とか堪え、寝る前の事を思い出す。そういえば、雅を送った後に2人で泣きまくり、疲れて寝てしまったような気がした。



 「……いろいろ巻き込んで悪かった」



 凛は寝ている彼女を起こさないように優しく花の髪を撫でる。



 花との出会いは突然だった。

 雅は何故か彼女を気に入り、優しく接していた。四十九日しかないというのに、大事な時間を使って花と一緒に過ごす理由などあるのだろうか。凛は内心そんな事を思っていた。四十九日のうちに、雅からぬいぐるみの作り方を教えてもらわなければいけなかったし、雅を無事に成仏させる方法もわからなかったからだ。


 けれど、花を近くで見ていくうちにそんな考えはいつの間にかなくなっていた。

 居るのが当たり前になったし、居ないと不思議な気持ちになる。

 一生懸命で、少し泣き虫だけど人を物を大切にする、レース編みが好きな女の子。


 そして、雅の事を必死になって考えてくれた。

 昔からここに居るようにさえ思えてしまう。それぐらいに店にも雅や凛にも空気感が似ている、不思議な存在だった。そんな彼女の雰囲気を、雅は出会ってすぐに感じ取っていたのかもしれない。


 それに、雅との別れの日が近づく度に思う事があった。

 花が居てくれてよかった、と。


 四十九日の奇についてのヒントをくれた事もあるが、自分1人で雅を見送っていたらどうなっていたのか。

 寂しさと不安で、押しつぶされていたのではないか、と。


 そして、テディベアを愛してくれて、手作りのプレゼントにも真剣に取り組んでくれる姿には励まされた部分もあった。


 短い時間ではあったかもしれない。

 けれど、中身はとて濃い。


 花自身は、「自分は助けられた」と言っていたが、それは凛も雅も同じだった。

 その感謝を込めて、優しく頭を撫でた。










 スマホを見るとまだ夜明けを過ぎた時間。

 凛は、もうすっかり目が覚めてしまったため、そのまま起きてシャワーを浴びる事にした。

 泣きはらした目は腫れているし、汗も落としたかったのだ。少し冷たいお湯にしよう。そう決めて、脱衣所へと向かった。



 この洋服を自分の体に着せたのは雅の魂。

 そんな事を考えると、つくづく四十九日の奇というものは不思議なものだった。

 雅はどんな思いでこの服を選んだのだろうか。そんな風に思い、ジャケットやシャツ、ズボンなどを脱いでシャワーを浴びる。

 シャンプーに手を伸ばした時だった、視界に自分の左腕が見える。が、そこには肌色ではない真っ黒なものがついていた。始めはどこかで怪我でもしたのかと思ったが、よくよく見るとそれはマジックで書かれた文字だった。



 「なんだ、これは………?」



 顔についた水滴を手で拭いながら目を凝らす。

 すると、それがメッセージだという事がわかった。腕にメッセージを掛ける自分物など一人しかいない。


 凛はすぐに自分の腕を顔の近くへと持ってくる。



 『25年間ありがとう!花浜匙をよろしく。あと、花ちゃんを幸せにしてあげてね』



 そう、それは雅が残した文字であった。

 凛の体を使って、凛だけに残した、短いけど彼が1番伝えたかった言葉。



 「………人の体に勝手に書くなよ」



 そんな愚痴をこぼしながらも、笑みがこぼれて明るい声が発せられる。大切な人からの言葉が残されていたのだ。嬉しいに決まっている。


 濡れた手で、その文字に触れる。

 彼が残したメッセージ。

 雅は、凛に店も夢も、そして花を託したのだ。




 花と出会って数日後。

 雅は、突然凛に変な質問を投げかけてきた。それを、凛は思い出す。



 「凛って花ちゃんの事、好きなの?」

 「何言ってんだ、早く仕事しろ。時間ないだろ?」

 「えー、花ちゃん可愛いよね。年下だけどしっかりしてるし、テディベア好きみたいだし。笑った顔とか、ドキッとしないの?」

 「雅はするのか?」



 この時は焦りしかなくて、花をそんな目で見る事はなかった。けれど、雅は違ったのだろう。

 頬を少し赤くして、この2人ではなかなかしなかった恋愛話を嬉しそうに話していた。



 「花ちゃんと出会うのがもうちょっと早かったら、俺達ライバルだったかもしれないね」



 と、凛の気持ちなどおかまになしにそんな事を言っていた。

 凛は「……そんなはずないだろ」とその話をさっさと切り替えてしまった。



 けれど、雅は気づいていたのだろう。

 花に対する凛の気持ちが少しずつ柔らかなものになり、変わっていった事に。

 そして、自分の言った事が正しかった、と。



 「花の気持ち次第だろうけど。まあ、ゆっくり頑張るさ」



 油性ペンで書かれた落書きのようなメッセージ。

 すぐに消える事はないだろう。けれど、凛はしばらくの間、その左手を撫でる触れ、水に濡れないように大切に包みながら、凛はそう呟いたのだった。




 


 

 

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