18話「本当の奇跡」
18話「本当の奇跡」
花浜匙でone sin本社の上司から電話を受け取った花は、凛とクマ様の前でも動揺と落胆を隠せなかった。
意気消沈している花から話しを聞こうとはしなかった2人だったが、「花ちゃん、俺たちにレース編み教えて」と提案してきた。それが花の気を紛らわせるためだとわかったが、花はその行為をありがたく受け取る事にする。
店の近くの手芸店でlace編みの道具を一通り購入した凛と花とクマ様(花が抱きしめながら一緒に連れて行った)は、すぐに戻り花の手芸教室が始まったのだ。
「ここを10回編んで一回止めてから……」
「待て、これ計算して編んでくのか?」
「うん。忘れるとやり直しになるから頭の中に入れておいてね」
「花ちゃん、ここ緩くなっちゃった」
「あー、じゃあ、その前から戻してって、数えながら戻さないと」
「あ……」
「………やり直し、だね」
初めてのレース編みに苦戦する凛と、それを真剣に見つめるクマ様。凛は上手く手先を動かせずに編み目が外れてしまった。やり直しになったが、凛は何度か挑戦するも、上手く編めずにガタガタになってしまう。
「難しいね、レース編み」
「これは、酷いな………」
「初めてなんだから、仕方がないだろー!」
「レース編みは慣れるまでは、難しいから。凛さん、気にしないで」
「……プロなのに、なんか自信失うな」
「おまえ、洋服作るのは苦手なんだから、仕方がないだろ」
「そうだけど……あ、依頼の電話かな?」
工房の方から電話音が聞こえてくる。
凛は急いでかけていくと、その場に残されたのは花とクマ様だけになる。何となく手持ちぶさたになって黙々と編み物を始めると、クマ様はなにも言わずにその様子を見つめていた。
没頭して編み物をする間は、嫌な事を忘れられる。余計なことを考えてしまうと間違えてしまうため、集中しないといけないのだ。
細いレース針を小刻みに動かして、白の花を咲かせていく。大輪のように1つの編みが終わったのを見て、クマ様は「うまいものんだな」と感嘆の声をあげた。
「クマ様、レース編みに興味あるの?」
「……まぁ、あるかな。だが、できるかは自信ない」
「やってみたらできるかもしれないよ」
「この手じゃできないだろ」
そう言って笑うクマ様は、コースターほどの大きさに出来上がった編み物にテディベアのふわふわとした手で触れていく。その手ではない、人間の姿だったころは、クマ様はどんな人だったのだろうか。
凛と一緒にあの工房でテディベアを作っていたのだろうか?あそこには2つのテーブルが並んでいた。そこ並んで、会話を交わしながら、時には討論をしながら、テディベア作りに励んでいたのではないか。
そして、四十九日の間、生前と同じように過ごそうとクマ様になって戻ってきたのではないか。
そう思うと胸が締め付けられる。
今こうして花と話しているクマ様はいなくなってしまう。海で父を焼いたときのように、どこにも吐き出せない、もう会えない悔しさと悲しさに潰れそうになることが、また経験しなければいけないのだろうか。
それが目の前の彼だなんて………。花はどうしても信じたくない。
「これ、貰っていいか?」
「………」
「おい、花。聞いてるのか?」
「え、あ……うん?」
「これ、貰っていいのか?」
考え事をしてボーッとしていた花の顔をクマ様が覗き込む。花はハッとして、咄嗟に「うん」と返事をすると、出来上がったばかりのコースターをクマ様は嬉しそうに手に持ち、店内の電気にかざして見つめている。切り絵のように、細かい影がクマ様の顔に模様をつけていく。
そんな様子を見つめながら、花は内心では何故か鼓動が激しくなっていた。
(今、名前呼ばれたっ!しかも、呼び捨て……!)
いつもならば、クマ様は「おまえ」と呼んでいた。それなのに、いたって普通に名前を呼んできたのだ。それが、自分でも驚くほどに嬉しくて仕方がなかった。
想像していなかった事に花は真っ赤になる顔を誤魔化す事が出来なかった。
「ごめん、仕事になっちゃったから、出前注文しておいたよ。って、花ちゃん顔赤いよ?何かあった?」
「え、別に何も」
「このレース編み貰った」
「えぇ!ずるいなー!俺も欲しかったなー。花ちゃん、俺にも編んでー」
「これぐらいなら、すぐ完成しますから」
その後、3人は凛が注文してくれた中華を食べながら(クマ様は、本を読んで待っていた)過ごし、その後はそれぞれ作業をする事になった。凛は工房で仕事をしており、クマ様も「工房で寝る」と言ってついていった。
花は結局また泊まらせてもらうことになり、前回も泊まった空き部屋でレース編みをして過ごす事になった。
無心のままに編み物をしたかったけれど、夜は一向に進まずに手が止まったり、ミスをしてやり直したりと、散々な出来になってしまった。
考える事は沢山ある。
もし仕事を辞める事になったらどうすればいいのだろうか。
貯蓄はあるとしても、何もしないで生きていけばいつかは底がつきてしまう。母親はいるとしても、気持ちがふさぎ込んでおり、きっと花を快く迎えてくれることはないだろう。それに新しい仕事を探すにしても、乙瀬の名前からまたすぐに止めさせられてしまう事があるのではないか。
そんな不安が押し寄せてくるのだ。
このまま社会に出て働けないのだろうか。そう思うと怖くて仕方がないのだ。
そして、クマ様の四十九日の奇。
いつまでのタイムリミットなのか。本当にお別れしてしまうのか。
この2つの事を頭の中でぐるぐると考えても、解決策など浮かんでくるはずもなかった。
ハーッと大きくため息をついた後、花は眠れるはずもなかったので、水を貰おうと1階に降りる事にした。
すると、暗い廊下に一筋の淡い光りが差し込んでいる場所があった。工房のドアが微かに開いているのだ。
凛はまだ仕事をしているのだろうか。
花はドアを開けようと手を伸ばす前に、工房の中が見えてしまう。そこには、凛とクマ様が話をしながらテディベア作りをしている。
「そこは……そう、そんな感じ。もう少し曲線を緩くした方が顔立ちがしっかりする」
「……難しいな。こんな感じか?」
「クマ様の手じゃ難しいよね。でも、大体そんな感じだよ。まぁ、#戻ったら__・__#普通に出来るんじゃないかな?」
「不安だな」
2人の会話はとても不思議だった。
クマ様が戻る?それは、四十九日の奇ではないという事なのだろうか。それ以外にもテディベアの中に魂が入り込み、自由に動けるのだろうか。
そんな事がありえるのかは、わからない。
けれど、クマ様と離ればなれにならなくてもいいのだ。それだけでも、とても嬉しく心が弾んだ。
「そんな事、言わないで。俺がいなくなったら、どうするの………」
「……………」
「………ぇ」
喜んだのもつかの間。
凛の言葉に、花は驚きのあまりに声が洩れてしまった。真夜中はとても静かだ。その小さな声さえも、工房の中の2人は届いてしまう。凛もクマ様は、驚いた様子で後ろを振り向いた。
「花ちゃんっ!?どうしてここに……」
「………聞いたのか……?」
クマ様はもう誤魔化すのは無理だと思ったのか、そう問いかけてきた。花は「そんなはずはない。きっと、何かの間違えだ」という気持ちが真実になることを願いながら、コクンと頷いた。
すると、凛は「そっかー。バレちゃったかー」と、困った表情で微笑んだ。
そして、花の方を向いて、聞きたくなかった本当の奇跡の話を教えてくれた。
「クマ様じゃなくて、俺が四十九日の奇なんだ。……俺がもう死んでるんだ」
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