19話「泣き虫」





   19話「泣き虫」




 「凛さんが、四十九日の奇………?」

 「今まで黙っててごめんね。俺は話しても良かったんだけど、クマ様が話さない方がいいんじゃないかって頑なでね」

 「………」

 「そんな、どうして?凛さん、いなくなっちゃうの?そんなの嫌だよ……」



 目の前が歪む。

 これ以上悲しい事を聞きたくない。そんな強い思いから耳を塞ぎたくなる。

 悲しみと驚きで声を荒げたくもないのに、動揺から自分の気持ちを抑えられない。


 情けない姿を見せてばかりの花をけなす事もなく、凛は優しく微笑む。



 「ありがとう。俺の事をそんなに惜しんでくれて。四十九日の奇の事よりも、俺の死を悲しんでくれるなんて、花ちゃんは本当に優しい」

 「そんなの、当然の事だよっ」

 「………うん、花ちゃんはそういう子だから。だから、安心してクマ様を任せられるね」

 「………そんな事、言わないで」

 「勝手に人の事を任せないでくれ。俺は一人でこの店を守れる。絶対に、だ………」

 「そうかもしれないね」



 クマ様は動揺をしている花とは真逆で悲しい程冷静だった。この時が来るのを予感していたのだろう。

 そんなクマ様を、何故か申し訳なさそうに見つめる凛。その視線と同じように、穏やかな声でクマ様に問いかける。



 「もう残された時間も少ない。花ちゃんに話してもいいよね。俺は、花ちゃんにも見送って欲しいよ」

 「………ッ」



 四十九日の魂の見送り。

 その言葉は、1週間前の夜の海岸を思い出させるのには十分で、花は息が止まりそうになる。

 


 「ごめんね。花ちゃん、辛い思いをさせて」

 「凛さんが謝らないでよ。凛さんのバカ……」

 「ごめん………」



 凛の謝罪の言葉など聞きたくもない。

 花は、凛に「謝んないでってば」っと言いたくなったが、きっとその返事も「ごめんね」何だろうな、と思い、それ以上は何も口にしなかった。










 真夜中の工房の光は、琥珀色で優しい。

 けれど、その優しさが「これは現実だよ」と伝えているようで、残酷だなとも思えてしまう。

 花は凛の隣の作業用の椅子に座り、クマ様は2人の間のテーブルの上に座っていた。どちらを向くでもなく、ただ正面を見つめていた。

 凛は花の方にしっかりと体を向けて話始める。その口調はいつもと変わらない。悲しいほどに優しい。



 「俺が死んだのは今から40日に前だよ。病気でね。病気が見つかってからは半年で。あっけないものだった」

 「半年……」

 「そう。その時間はあまり記憶にないんだ。ずっと入院していてね。意識も朦朧としていたから。生きていたのかって言われると怪しいぐらいだよ。お見舞いに来てくれていたのは覚えているんだけど、あまり話せる状態ではなくてね」

 「少しは話した」

 「そうか。ごめん。あまり記憶になくて。俺は、両親は幼い頃に亡くなっているし、育ててくれた叔父もなくなったから、見舞いにきてくれたのは嬉しいのは覚えているよ」



 クマ様は、素っ気なく言うが凛は気にした様子は見せずにニコニコと微笑んでクマ様を見ている。

 クマ様の今の気持ちは、きっと1週間前の自分と同じなのだろうなと思った。大切な人がいなくなる事を直視できず、その話になると逃げようとしてしまう。そんな状態だ。



 「そして、一番気になっているのはきっとこの体の事だよね。どうして、四十九日の奇なのに、人間の体に入っているのかって事」

 「もしかして、亡くなっても体に魂が入れば動き出せるの?」

 「それはないよ。僕の体は病魔に侵されていたからね。魂が入ったとしても、動けないだろうね」

 「じゃあ、どうして」

 「これは、凛の体なんだ………」

 「凛の、って……?……え?」



 彼が何を言わんとしているのかわからず、頭の中に疑問がわくばかりだ。

 凛は首を横に倒し、困り顔のまま今までの事が全て覆す言葉を花に告げた。



 「この体は凛という生存している人間のもので、死んだ俺は別の人間、#玉矢雅__たまやみやび__#。それが本当の名前」

 「雅………。凛じゃない、の?」



 呆然としながらそう言葉を漏らすと、凛と言っていた雅という男が頷いた。そして「雅さんって呼んでね」と、穏やかに言ってくる。



 「じゃあ、凛というのは……」

 「この店で働いていた友人だよ。俺の家族同然の大切な人だ。そして………」

 「え、まさか……」



 雅の視線がテーブルの上のクマ様へと向けられる。

 クマ様はまだ雅も花の方も視ずにうつむいた状態だった。そんな彼を見てしまったら嫌でもわかってしまう。


 「クマ様が凛なの?」

 「そうだよ。俺が凛の体に魂を入れたせいで、凛の魂が出てしまいテディベアにうつってしまったんだ。だから、クマ様は凛の魂が入っている」

 「クマ様が本当の凛」

 「彼は俺と同い年の#神谷凛__かみやりん__#」



 凛という男性は本当は違う男で、本当の凛はクマ様だった。

 そんな事実をすぐに出来ずに、花は黙り込んでしまう。クマ様と雅を交互に見てはわけがわからなくなる。


 そんな中でも変わらない現実がある。

 凛の体についた雅という男は死んでおり、あと9日で四十九日が終わってしまうという事。

 そして、名前は違えど、彼はこの約1週間あまりで花を守ってくれた人だという事だ。



 「……ど、うして、もっと早くに話してくれなかったの」

 「花ちゃんが悲しむと思ったから。凛が話さない方がいいって言ったし、俺自身もそう思ったんだ。君は、父親の四十九日の奇でとても悲しんでいたのだから」

 「けれど」

 「知っていて四十九日を悲しんで過ごすよりも、少しでも楽しんで暮らした方がいいでしょ?」

 「そうかもしれないけど、そうじゃない!!クマ様の事、私だって四十九日の奇かなって思ってた。だから、もう悲しんでいたよ。誰がもう死んでしまっていたとか、四十九日の奇だっていうのは、もうどうでもいいよ。知りたかった。私を優しくしてくれた人達の事を、守ってくれた人を。そして、時間をもっともっと大切にしたかった。私なんかの仕事の事よりも、雅さんの事を聞きたかった」

 「………花」



 自分の家族の話よりも、新しい職場の悩みよりも、自分の時間を大切にしてほしかった。

 生前の最後は病気で苦しんでいたのならば尚更の事だ。

 雅と凛の時間を邪魔をしてしまったのではないか。それが、花には申し訳なくて仕方がなかった。

 雅は四十九日の短い時間を大切に過ごしたかったのではないだろうか。それを、花の時間に使わせてしまった。



 「俺は花ちゃんに会えてよかったよ。凛を助けて貰えて、お父さんの四十九日の奇を見れたのも、よかったと思ってるし。凛と花ちゃんと店で過ごすのが楽しかったんだ。まるで、ずっと昔から一緒みたいだなって。だから、残りの時間も花ちゃんと凛の3人で過ごしたよ」

 「雅さんのバカ」

 「花ちゃんって本当に泣き虫なんだからー」

 「………こんなの泣くしかないじゃないっ!」

 「………」



 どうしてこの店では涙が出るのだろうか。

 悲しいことが多いから?それもあるのかもしれない。けれど、泣くほど悲しいことがあるのは、大切なものがあるから。

 花にとって、この店と雅と凛はとても大きな存在になっていた。


 だからこそ、残りの時間が終わってしまい、あの悲しくも美しい炎を見なければいけないことを嘆くしかなかった。




 

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