9話「フィオーレ」
9話「フィオーレ」
自分の父親が会社で不正をした。
そのニュースになり、まず真っ先に家にきたのは、大人数の報道機関だった。その後は罵倒の電話。そして、花の友達からの軽蔑の連絡。人権を無視したような視線や言葉に態度だった。
それらが、毎日のように降ってくる。そして、卒業間近だった花は大学からも「安全面を考慮して通学は当面控えるように」と言われてしまった。優しかった使用人たちも休みに出され、そのうち解雇された。家にも戻れなかったので初めは親友の家に身を寄せていたが、その家族から迷惑そうな顔をされてしまい、花は貯金を切り崩してビジネスホテルを転々とした。
母親に頼ることも出来ない。数年前に家を出ていたのだ。
母は、父親を深く愛していた。けれど、仕事が忙しくなるにつれて家に帰ってこない日が増えた。その度に、母はエステに通い、ダイエットをし、化粧も濃くなった。少しでも体重が増えれば過酷な食事制限や運動をしては体を壊していた。
父は他に女がいるのではないかと疑い、感情の浮き沈みが激しく、情緒不安定であった。
そして、体も心も壊れてしまった。
綺麗なものは全て裏がある。
愛されるために綺麗になりたい。
お金があるところは華やかかもしれない。けれど、不正や嘘、犯罪が隠れている。
だから、綺麗なものなんて花は嫌いだった。全て裏があるから。
自分が持っていたお金さえも汚れているかもしれない。そう考えると、使うのもいやになってしまう。自分が稼いだお金は……そんなものはなかった。全て父親から与えられたもの。
早く自分一人で生きていかなければ。
そんな風に思いながらも、どうしても父親の犯罪が信じられなかった。
始めは何かの嘘だ、誰かに騙されたのだ。
そんな風に思っていた。
直接話を聞きたかった。
けれど、ほとんど会えず、会えてと誰かの監視付きでなかなか話せなかったのだ。
言い訳でもいいから話して欲しかった。
すがりついて、怒って、泣いて……父の顔を見て、そして許したかった。
それなのに父は何も言わずに天にいってしまった。
空虚感と寂しさと切なさと孤独感が、花の感情を怒りへと変えてしまった。
罵倒と軽蔑の視線、無視に陰湿ないやがらせが、花から悲しい気持ちを消し去ってしまった。
「………話してくれないとわからないよ!私だって、お父様のこと信じたかったのに、みんな悪者だって言うじゃない。お母様にだってそうよ。ちゃんと愛してるって言ってあげればよかったのに!……テディベアになって戻ってくる前に、ちゃんと話してよ。………病気の事だって何も言わないで」
「ごめん、花……」
「お父様はいつも自分だけで抱えてるわ!家族なのに甘えてくれない。そう、お母様だって甘えて欲しかったのよ!……私だって、お父様を信じて、許したかったのに勝手にいなくならないで……」
父の顔がボヤけてみてる。
我慢し続けていた涙が瞳いっぱいに溜まったからだろう。ポタポタと大粒の涙が溢れるし、口元も歪んでしまう。悲しみが溢れて我慢など出来なかった。
人に見せるような泣き顔ではないだろう。
けれど、今まで我慢してきた糸が切れたのだ。
もう抑えられる方法などない。
すると、手に人肌とは違う感触を感じる。ふわりとした毛と何故かほんのり温かい。花はぼやけたままの視界のまま自分の右手を見つめた。
すると、そこには少し歪な形をしたぬいぐるみの手があった。クマ様だった。
ただ手を重ねているだけなのに、何故か包まれている。
本当は強がって「離して」と言いたかった。
それなのに、それが出来ない。
自分はそれほどにまで弱っているという事なのだろうか。それとも、このクマ様だからなのか。
花にとってクマ様は出会った時から不思議な魅力を感じてしまうのだ。
クマ様のぬくもりを感じながらしばらくの間、涙が止まるまで手を包んでくれたのだった。
花が落ち着きを取り戻したころ。
凛がゆっくりと話始めた。何やらオーダー表で気になる事があったらしい。
「乙瀬さん。オーダー表にあった話を少しお聞きしてもよろしいですか?」
「はい?何でしょうか」
「そのテディベアの宝石には意味があるのですか?それと名前にも」
「名前?オーダーで名前もつけるなんて珍しいな」
「瞳の宝石は、妻と花の誕生石で出来ています。私が同じぐらいの大きさの粒のものを買って前の店主にお渡しして瞳にしてもらいました。そして、このテディベアの名前はフィオ。それも私と前店主さんと考えたものです」
「意味は何ですか?」
「イタリア語のフィオーレから来ています。フィオーレは花という意味です」
「………」
「花。私と、妻でつけた名前です。大好きな娘。そんな愛しい花を悲しませてしまった。何度謝ってもう遅いだろう。けれど、私には永遠の時がある。だから、何度でも伝えるよ。申し訳なかった、花」
「お父様………」
「寂しい思いをしてさせて悪かった。今からずっと一緒にいる。だから、泣かないでおくれ」
「………」
ずっと昔から20歳になるのを楽しみにしてくれたのだろう。
そして花を育ててくれた母親に感謝するほどに、母を愛していたのだ。
それを目の前のテディベアが伝えてくれた。いや、テディベアになってでも戻って来た父が伝えてくれたのだ。
「お父様はしっかり罪を償ったのでしょう?すべてのお金を返したと聞きました。だから、許します。会社の事もお客様の事を考えれば、すぐに許すなんていけないのかもしれないけど。でも、私はお父様の家族だから。何があっても許しまう。私も大好きだから」
「花……ありがとう、ありがとう」
「でもね、もう私は大丈夫だよ。寂しくない。お父様の言葉を貰ったから。気持ちをしれたから。本当の事がわかったから。だから、お父様はもうゆっくり休んで」
「花ちゃん、じゃあ………」
「うん。長かった四十九日の奇はもうおしまい。私は普通の人より長い間奇跡を受けられて幸せでした。お父様を供養します」
花の言葉に、誰一人として反対する人はおらず、1人と2匹の温かい視線と笑みを感じ、花は真っ赤になった目と鼻のままに同じように微笑んだ。
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