8話「懺悔と許し」





   8話「懺悔と許し」





 「申し訳ない。私が話していいのかわからなくて………」

 「では、花ちゃんの荷物に自分から入ったのですか?」

 「はい。どうしても、このテディベアだけは誰にも渡したくなかったのですから」




 凛が質問をすると、宝石のテディベアはこくりと頷いた。

 その声は、とても弱弱しく申し訳なさそうだった。



 「それでは、亡くなった後に四十九日の奇でこのテディベアとして魂が宿ってから、全て見て聞いていて、一度も話さなかったのですか?」

 「……はい」

 「それは……」



 凛が言葉を濁したが、それを聞いて黙っていられない人がもちろんこの場にはいる。

 もちろん、花だ。



 「なにそれ!しゃべれたのに、私に謝罪も何もなかったなんて、信じられない。ただずっと黙って見ていたの?私が、家を無くして友達からも逃げられて。お母様もいなくなって、一人になったのを黙ってみていたのッ!?

!?」

 「花………」

 「自分だけ死んで楽になるなんて許さない!私は供養なんて絶対にしない!犯罪者は死んでも悔やんで過ごせばいいんだわッ!!」



 花はクマの手に持ったぬいぐるみを睨みつけながらそう言い放つ。

 軽蔑と嫌悪。その気持ちを吐き出しても我慢などできるはずもなかった。


 自分がされてきた事や罵倒する言葉や冷たい視線。

 何もしていないのに、親族がやった事は全て自分にも帰ってくる。

 同罪だ、と指をさされて罪人と同じ扱いをされる。


 けれど、本人はあっけなく死んでそれを知らない。

 怒らずに再会を喜べるほどに、聖人ではないのだから。



 「おい。俺を抱き上げてもいいぞ」

 「……何でそうなるの」

 「俺をよく触っていただろ。不本意だが、落ち着いて話せるなら貸してやってもいい」

 「いいです。もしろ、もう抱っこしたあげないから」

 「可愛げのない女だな……」

 「なんですって!」

 「クマ様、仮にも花ちゃんのお父さんの前でそんな事をいうもんじゃないよ」



 喧嘩を初めてしまった凛は2人の仲裁をした後に、皆に一度座って落ち着こうと提案してくれた。

 そして台所からアイスティーを準備して出してくれた、が2人分しかない。もちろん、凛と花のものだ。テディベアは食事は出来ない。けれど、それでも空腹など感じないという。死んでいるのだから、確かにそうかもしれない。


 この店に来て何度目かのアイスティーを一口飲んだ。

 すっかりお気に入りになっていた味。あっさりとした甘さと紅茶の香りで、花は落ち着きを取り戻していた。

 花の目の前には凛が座り、その目の前のテーブルには父親のテディベア。花のソファには、隣に何故かクマ様も一緒だ。何故、この男が隣に座ってのか、少し不服だったものの、そこはグッと我慢した。




 「乙瀬さん、あなたが四十九日の奇でテディベアに魂を宿したのはきっと理由があるはずですよね。それを、ハナちゃんにも伝えてあげてはいかがですか?」

 「別にいい……」

 「花ちゃんの気持ちもお父さんに話してみればいいんだ。どんなにつらい事があったのか、どうして欲しかったのか。こうやって戻って来たのは文字通りきっと奇跡なんだから」

 「………」

 「花浜匙店主さんもご存じの通り、私は会社の金を横領しました。言い訳に聞こえるかもしれないし、実際に言い訳なのですが、それには理由がありました」



 ポツリポツリと花の父親は話を始める。

 丸まった背中はどこか哀愁を感じられるが、今の花はどうとでもいい事だった。むしろ、話など聞きたくないぐらいだった。



 「始めは目にかけていた部下が顧客の口座から不正に金を引き出しているのに気づいたのです。そこで、私はその部下をしっかし処罰してお客様に謝罪するべきでした。けれど、大切にしていたからこそ、私はその部下を守ってしまいったのです。それが間違えでした。私はポケットマネーでその引き出した金をすぐに口座に戻し、引き出した事をなかった事にしました。幸い貯蓄用だったのかそのお客様にバレることはなかった。けれども、味を占めた部下は同じ事を繰り返した。そのうちに私もお金を払う事や誤魔化す事が難しくなり、会社の金をどうにか使って彼の罪のお金を生み出していきました。けれど、それもすぐにばれました。真っ先に疑われたのはもちろん部下です。金遣いが荒くなったのを同僚は不審に思い、調べたのでしょう。そうしているうちに、私の行動もバレました。そして、それは報道機関にも漏れて事件となります。そこからはご存じの通りだと思います。社内では部下を守るためというのが周知されていたようで哀れみの目で見られたのか、幸い社長の座を失っても雑用などをこなす仕事はもらえました。けれど、世間の目は違う。部下よりも社長である私の方がニュースで大きく取り上げられたのです。もちろん、私の悪意のある部分だけが報道され、私は立派な罪人になりました。どんな理由があったとしても人様や会社のお金を使ったのですから仕方がないですね」

 「それでは、乙瀬さんの死因は………」

 「実は、この事件の少し前に肺に癌が見つかっていましてね。治療をするつもりでしたが部下の不正にお金を使ってしまいましたし、その後の仕事で稼いだ金も会社へ戻しました。もちろん、使った分です。自宅や土地、家具や車も全て売る事になっていたので。金はありませんでした、病気で仕事を休むわけにはいかなかった。罪は償わねばいけない。私の場合は金だったのです」

 「だから、治療もせずに過ごして」

 「えぇ、倒れました。そこからはあっという間だったと思います。ほとんど覚えていないうちに、このテディベアになっていました」



 そこまで一気に事情を離した店内は、重い空気に支配されていた。

 けれど、その空気を変える一言を発したのはクマ様だった。



 「家族の話はどうした。迷惑を掛けてしまったのは会社だけだという事なのか」

 「そんな事はありません!」

 「さっきから自分の釈明を説明するばかりだ」

 「花には悪い事をしたと思っている。母親もいなくなり、不安な思いをさせているとわかっていた。けれど、自分のやった事の責任をとるのでいっぱいいっぱいになっていた。申し訳なかった」

 「言葉だけなら何とでも言える。何もしてくれなかったくせに。お母様だって必死にお父様に愛されようと必死になっていて、それでも捨てられたなんて。去っていった時も追いかけもしなかったよね。本当はもう好きじゃなかったんでしょ?だから、私もどうでも」

 「そんな事はないッ!」



 花の言葉を遮って父親は大きな声を張り上げて否定をした。

 普段は温厚で優しい父。花は父親に1度だって怒られた事がなかった。それぐらいに、大切にしてくれた、優しい父親。だからこそ、今回の事で裏切られていたと思った。

 そんな父が娘である自分に大声を上げた。そんな事は初めてだったので、小さなテディベアに言われたとしても、花は驚き体を固まらせた。それと同時に初めて怒られた時の戸惑いも感じる。



 「私は妻を愛していた。忙しくてなかなか時間が取れなかったが、妻を愛し、花だって大切にしてきたつもりだった。自分のために、綺麗になろうと必死に自分磨きをしている妻を見て、それさえも嬉しいと思っていたよ。愛してくれているんだってね。けれど、私には言葉も態度も足りなかったようだね。お恥ずかしい話ですが、妻とは別居していまして、実家に帰っています。会いに行こうとしたのですが、私は罪を犯してしまった。だから、会いにいけなかった」

 「じゃあ、このテディベアは……」

 「店主さんがオーダー表を見ておっしゃていた通りです。花の20歳の誕生日に妻にプレゼントする予定でした。今まで忙しい私のために立派に花を育ててくれた。私の自慢の娘だ。だから、その感謝を伝えようとずっと準備をしてきました。けれど、それも渡せなかった。汚れたお金ではない、自分が稼いだお金でプレゼントを買えたのは、きっとこれが最後でしょう。このテディベアをオーダーした数年後に部下の不正に気づいたので。妻にこれを渡せなかったのが心残りだったのでしょう」



 テディベアの宝石が朝露に濡れたように光る。

 どうして濡れているのか。そんなのは考えなくてもわかる。


 言葉に詰まる2人を凛とクマ様は黙って見守っている。



 父親の気持ち、そして真実を知ったとしても花が辛い思いをした事には変わりはない。

 すぐに許す事などできない。


 けれど、同じように子どもの頃からの父親の記憶が消えるわけでもない。

 笑顔で「おはよう」と挨拶してくれる。体調を崩せばすぐに会社から帰ってきて、袋いっぱいの果物を買ってきてくれてお母様と笑った事もある。忙しい時期に夜中まで仕事をこなして時間を作り、旅行に行ってくれた事もあった。そして学校行事には必ずといっていいほど姿を見せてくれた。

 大好きで大切で、花にとって自慢の父親だった。


 その気持ちも変わらない。好きだった気持ちが嫌いになる時こそ辛い事はないのだと、花は最近になって初めて知った。そんな悲しさも辛さも怒りもぶつける相手がいなかった。




 「お父様なんて大っ嫌いよ。どうして、どうして私を一人にしたの?ごめんも言わないでいなくならないでよ」

 「………花」

 「じゃないと、許す事だって出来ないじゃないッ!」



 花は涙を流す父親を見て、初めて自分の本当の気持ちに気付いた。


 父親を嫌いになったわけでも、憎んでいたわけでもなかったのだ。

 「許したかった」のだ、と。






 

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