21話「夢の前のお願い」





   21話「夢の前のお願い」




 花が横になると、雅は近くに腰を下ろした。子どもをあやすように、髪を撫で始めたので花は思わず声を上げてしまう。



 「み、雅さん!私は子どもじゃないよ!」

 「でも、こうやった方が安心して寝れない?」

 「そんなの子どもの事なんかわからないよ」

 「じゃあ、やってみよう。さぁ、寝たねた」



 こうなると雅は強情なのはこの数週間でわかってしまっている。こうなると何を言っても止めないので、花は仕方がなく彼に従う事にした。

 子ども扱いされているというよりも、恥ずかしさが込み上げてくる。こうなると早く寝てしまった方がいいだろうと思って、花は強く目を瞑った。

 静かな部屋。窓の外からはスズメの鳴き声が聞こえてくる。それと一緒に自分の鼓動が早くなっているのが体全体で感じられる。緊張している。寝れるはずがない。

 子どもの頃に母親にこうやって頭を撫でてもらった記憶があるが、それ以外は誰にも寝る前にこうして頭を撫でられた事などない。恋人など作る余裕も気持ちも今までなかったので、こういった男性からの行為には免疫がないのだ。

 まだ20歳前半なんだから経験不足なのだから、こんな事は止めて欲しい。と思いつつも言えるはずがなかった。

 それに少しずつ安らぎを感じ始めているので尚更だ。



 「んー、じゃあ、少しお話をしようか」

 「………うん」

 「どんな話が聞きたい?」

 「雅と凛の話。花浜匙でどんな事をしてたのか、聞きたい」

 「そっか。じゃあ、その話をしよう」

 


 花がゆっくりと瞼を開ける。すると、レースのカーテン越しの優しい朝日を背中から浴びた雅は、微笑んでいた。そして懐かしみながら目を細めた。そこには凛の前で見せる穏やかで少し困ったような笑みが浮かんでいる。温かい笑顔。



 「凛と俺は同級生でね。凛はこんな顔だけど、可愛いものが好きだった。自分が着るものとかではなく、可愛いものを作るのが好き、が正確かな。よく『今日電車の中で見かけた人の服がよかった』って学校でスケッチしていたよ」

 


 雅は自分の顔を指さしながらクスクスと笑っている。



 「俺は両親を早くに亡くしていて、この店の店主だった祖父が育ててくれたからテディベアとか好きになってて。自然と跡を継ぎたいなって思ってた。でも、男がテディベアが好きなんて、なかなか言えないだろう。それなのに、凛は堂々としててね。そんな凛に会えたのが衝撃的だったし、嬉しかったんだ」

 「うん」

 「それから自然に仲良くなってね。一緒にテディベアを作るようになった。俺はテディベアを作って、凛がその洋服を作る。そんな役割が出来た。けど、やっぱりなかなかうまくいかなくてね。祖父に見せても「やり直し」って一言言われて終わりだった。何回か作り上げて、「まぁまぁだな」って言われたのが、クマ様だったんだ」

 「じゃあ、凛さんと雅さんにとって思い出のテディベアなんだね………」

 「そうだね。いつも工房に置いて、眺めていたよ。この時の気持ちを忘れないようにしようって話しながらね」



 2人で意気投合しテディベアを作り上げた。

 プロである雅の祖父に少しでも認められた時はきっと感動したはずだ。その時の2人の姿を想像するだけでも笑みが零れてしまう。


 「それが中学の時かな。その後、凛は大学に進学して俺は高校まで通った後にこの店を継いだんだ。祖父も亡くなってしまったからね。大学に在学中もこの工房で洋服作りをしてくれて、卒業後は花浜匙で本格的に働く事になったんだ」

 「そんな、事があったんだね。2人でテディベア作り、楽しそう……」

 「あぁ。とても楽しかったよ。雑誌に取り上げてもらう事もあって売れ始めたからね。忙しくなりながらも充実した時間だった」



 雅はキラキラした表情を見せながら、「あのブラントともコラボしたんだよ」「あのドレスは苦戦してたなー」などと昔話が止まらなかった。

 そんな彼を微笑ましく見つめているうちに、フッとあの写真の事を思い出した。雅から借りたファイルに挟まっていた1枚の写真だ。

 凛と同世代の男と、きっと店主だろう老人。

 あれは、もしかして、と思った。



 「ねぇ、雅さん。この間貸してもらったファイルに写真が挟まっていたの。……昔の写真みたいで、この店の前でおじいさんと凛ともう1人の男の人がいたの……」

 「あぁ、懐かしいな。覚えているよ、高校の時に撮ったやつだ。あそこにあったのか………」

 「じゃあ、もしかしてあそこに写っていたのが………」

 「うん、俺だね。学生の頃に俺だよ」



 花はあの写真を頭の中に思い出す。

 そして、違和感の正体にやっと気づいた。

 凛と元店主である祖父があまり似ていなかったのだ。その代わり、もう一人の男性が祖父と似ていたのだ。それもそのはずだ、凛の体の入っていたのは雅なのだから。



 「あの写真、返すね。大切なものだよね」

 「そうだね。……じゃあ店か工房に飾っておこうかな」

 「うん……それがいいかも………」



 少しずつ眠気を感じ始める。頭に彼の冷たい手が触れる。温かくなった体は、それがとても気持ちいい。



 「ねぇ、花ちゃん……」

 「うん………?」

 「凛は頑固なところがあるし、強がりだし、口調は強いけど、本当は優しいんだ」

 「うん………知ってる……」

 「そして、寂しがり屋なんだ。だから、俺がいなくなった後……凛をよろしく頼むよ」

 「………ん……そんなこ、と………」



 こんな眠る間際に言うなんて卑怯だよ、と言いたかったか、体はとても眠かったようで瞼の重さには耐えられなかった。徹夜と精神的なストレスが過多に花を疲れさせていたのだろう。



 「おやすみ。ゆっくり休んで………」

 「………雅さん」



 まだ話していたいのに意識が遠のいていく。

 最後に見た雅の顔は、何故か泣きそうに瞳が揺れ、微笑みはなかった。



 それが気になったせいか、夢の中で雅と凛とでテディベアを作っていた。

 その時の姿は写真のままの青年の頃で、ワイワイと楽しかったのを花は起きた後もしばらく覚えていたが、雅が「おはよう」とご飯を準備して出迎えてくれると、それはシャボン玉のようにパチンッと弾けるように消えて忘れてしまったのだった。

 

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