最怒巣通理井(サイドストーリー)

紫獅蔵絢芽 中学一年

 本作はサイドストーリーです。『不良少女と真実』までお読みいただいてからご覧下さい

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 私は紫獅蔵絢芽。小学6年の時、癌で母を亡くした。その後父親と一つ年下の妹との三人で暮らす事になる。

 私が中学に上がってから勉学に励み、部活動にも熱心に励む日々だった。そして成績も優秀な方であり、部活動ではサッカー部に所属。まだまだ新入りで、右も左も分からない素人だ。


 十月になって気温が少しずつ涼しくなっている頃。いつも通りの楽しい時間が流れる。学校を終わるまでは…。

 私は家に帰るというのが、地獄なのだ。帰りたくない。でも帰る場所はそこしかなかった。

 我が家。そこは家族という掛け替えの無い存在と自分の居場所が確保され、自分達のいつでも帰れる所。そんな温かい場所が我が家。

 だが、私は違った。


 「ただいま…」


 玄関のドアを開けると、中には誰もいない。奥から無限に続くような暗闇の世界。そして冷め切った空気。辺りには大量の空になった缶ビールやビール瓶、そして惣菜のゴミと、それに集まって死んでいる害虫達。思わず出て行きたくなる空間だった。だが、これがいつも通りだ。


 現在中には誰もいない。正確には私しかいない。この暗く不気味に続く空間を、ずっと進んで、食卓の部屋の電気を点ける。


 「……もう、嫌だ」


 私は脱力した身体でそう言った。そして口元を覆い被さるような大きい布マスクを外す。

 脚から崩れ落ちるようにその場にしゃがんだ。鞄をゴミで覆い尽くされている地面に投げ捨てるように置いた。


 「お母さん…」


 返ってこないのは知ってる。でもどうしても今会いたいのだ…母さんに。

 そしてこの家から出て行きたい。こんな所、家でもなんでも無い。


 「私、お母さんに会いたいよ…」


 思わず内から溢れ出る、亡き母親の思いに涙が溢れてくる。目頭が熱くなり、瞼を閉じれば溢れてしまう程の涙が溜まっていく。


 「嫌だよ…もう…」


 私は現実逃避がしたい。いや、ここから出て行きたいと言うのが正確だ。そんな思いをずっと吐き出せずに、誰もいないこの場でひたすら泣き続ける事しかできなかった。


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 深夜0時頃、私は自分の部屋で深夜まで夜更かししていた。自分の布団の上で大きなパッド内のゲームをしていた。ゲームと言ってもただの大富豪トランプゲームだ。

 しばらく遊んでいると、玄関のドアが開く音が聞こえる。

 私の部屋は玄関との間に薄い壁があり、隣の部屋が私の部屋だ。


 「………」


 嫌な予感がした。

 玄関ドアから無言で入ってきて、ドアが閉まる音がする。

 そしてすぐ私は寝ているフリをするために、あらかじめ電気は消してあるので、パッドゲームを強制終了させて目を閉じる。


 私の部屋のドアが開けられる音が聞こえる。


 「………」


 私は身震いが止まらなかった。私の寝ている所まで駆け寄っていき、顔付近に足が止まる音が聞こえる。


 「なぁ、絢芽…」


 私を呼ぶ男性の声。それは私にとって不快であり、恐怖を掻き立てるものだ。


 「あーやーめ…」


 声がだんだん耳元まで近づいてくる。


 そしてゆっくりと私の頭をソフトタッチし、撫でる動作をする。

 私は我慢の限界に達し、思わず目を軽く半開きにする。

『!?』という声にならない声が漏れると、そこにいた恐怖の対称となる人間の顔が目の前にあった。


 「夜はまだこれからだよ…へへへへっ…」


 不気味な笑い声の後、私の掛け布団を奪い去る。


 「嫌だ!嫌だ!助けてぇ!」


 私の顔を手で押さえつけ、思い切り握ってくる。その後、口元を抑えて喋れなくする。

 もう大声を出しても誰も気づかないであろう声が部屋中に響き渡る。

 

 私を見てニヤニヤしているその男性。私の父だ。いつも夜になると返ってきては、私の事を虐げるのが毎日あった。そして今日も。


 「さぁ、大人しくしろ…大丈夫だ。いつもと同じように遊んであげるからよぉ…」


そう言って、私のパシャマの袖を思い切り掴み引き剥がそうとする。


 『嫌だ!助けて!誰か助けてぇ!』


叫んでみたが、口が抑えられて辺りに響かない。そして私は無理矢理服を引き剥がされた。


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 今日は朝の5時頃に目が覚めた。何度も身体中を殴られては弄ばれ、アザが幾つかできている。前から痛めつけられたものもあるが、新しく、唇の左側に殴られた形跡がある。


 「痛っ!」


 触ると染みるように痛かった。

 隣で父が寝ていた。布団を掻っ攫っていた。そして寝相の悪い姿勢で隣にいたのだ。


 さっさと学校に行く支度をし、まだ朝の練習にしては早すぎる時間に家を出た。そして中学に向かう。


 朝の練習にはみんな眠たい表情を露わにして、先生に挨拶を交わしている。


 「おはよう…ございます」


 「おはよう。こら、あくびしながら挨拶をするな」


 早速誰かが挨拶で怒られている。

 私はそんな人達と違って眠気などない。もう家を出たくて仕方が無いからさっさと起きるのはいつもの事なのだ。


 「…おはようございます」


 マスク越しから先生に挨拶をする。


 「おはよう」


 私の学年の先生だった。しかし、先生はサッカー部の顧問では無い。別の部活専門だ。早歩きだったので、急いでいるのがわかった。その為目線も合わせずに通り過ぎて行く。


 サッカー部の女子更衣室に向かうと、さっさと荷物を置いて、着替える。

 着替え終わり、みんなと一緒に更衣室を出るのだが、ボール収納スペースの下に空間があり、そこにある写真が視界に入る。


 「先輩…」


 私達が入部してもう半年も経ったのだが、一番上の先輩が引退してから練習が更に活発的になり、皆次の大会の為に気合いを入れている。

 先輩達の期待を背負っているという責任を、改めて置いてある写真を眺めて感じとった。


 「行ってきます!」


 写真に向かってそういうと、私が最後に部室を出た。


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 本日の学校が終わった。そして最悪の時が始まる。家に帰ってから、私の父はまた夜中まだどこかでほっつき歩いているのだろう。

 父親のくせに仕事も何もせず、私達をほったらかしにして何処かへ遊び回っている。私にはそれがわかっている。


 「………」


 何も楽しくないこの時間。私はどこか違う場所に行きたい。厳密に言えば、家出をしたい。しかし、居場所がない。

 以前友達の家に泊めてもらおうとしたが、流石に『虐待』が理由でなんて事は言えなかった。

 家出少女なんて物騒。誰か私が自由にいられる場所を…。


 現在、夜の18時。こんな時間でもまだ空はやや明るい。暗くなる前に何処かへ住み着く場所を確保したい。しかし、友達にも頼まなければ、どこかへ泊まらせてもらうお金すら持って無い。


 「結局、自宅に帰らないといけないの…」


 私は今自宅の方に向かっている。しかし、もうすぐ我が家に到着するのだが、帰宅などしない。どこか違う場所へ、できれば自宅から近い所なんて嫌だ。どこか遠い場所へ…

結局家に着いたのだが、玄関前まで向かう事にした。でもドアノブに触りたくない。ドアを開けたかなかった。


 「…………」


 ドアの前で足が止まり、その場でじっと考える。どうするべきか。


 「………」


 なかなか答えは出なかった。だが、私はこの先の事何も考えず、この先どうなるかわからないが、『ここを出て行く』という決心が着いた。

 そして、玄関前の階段を降りた。辺りを見回すと、近所の人は誰もいない。それを確認すると、私はそのまま学校へ向かう方に歩く事にした。


 「……さようなら、みんな…」


 学校の先生も、友達も、そして家族もみんなさようなら。もう私は二度とここには戻らない。私はこの地域を抜けて何処かへ、この地域の外へ出ると決めた。


 SNS。学校のみんなは既にスマートフォンを活用し、連絡を取り合うのが日常。勿論、私も持っている。 

 スマホのSNSで、私は呟いた。


 『もう、自宅に帰りたくないので家出しました。中学1年。私は、親にずっと虐待を受けていました。誰にも相談できずにいました。だから、家を勝手に出て行く事にしました。今行く宛てがない状況です。誰か私を泊めていただける方を募集します。


#家出

#宿泊               』 


 初めてこんな事呟いた。私を助けてくれる人は来るのか…。


 「もう、どうでもいいや…誰か泊めて…」


 そしてしばらく歩き続ける。


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 あれから二時間半は過ぎた。誰からも返事がない。恐らく妹は自宅に確実にいる事は間違いないだろう。だが、父親の方は絶対に今フラフラと女と遊んでいるに違いない。


 「……ごめん。由愛…」


 由愛。私の妹だ。連絡先もブロックし、音信不通な状態になっているだろう。私はスマホの連絡先で友達との連絡や家族との連絡先、そして親戚の従兄弟の連絡先も全部消去した。後は泊めてくれる人を待つだけ。


 もうすっかり真っ暗だ。誰か返事してよ。

 しかし通知も来ない。この先どうなってしまうのだろう。荷物など何も持って来てない。あるのは、学校の鞄と授業ノートと文具くらいだ。


 「どうしよう…」


 今から引き返すか?ここまで来たのに?しかもSNSには言っちゃったし。どうしよう。


 ずっと考えていた。気がつけば、その場には街灯なんて物もない場所だった。私は辺りを見回す。しかし誰もいない。動物すらもいない。


 「………」


 冷たい風が後ろから吹いた音しか聞こえないそこは、前も後ろも真っ暗だ。私のこれからの人生どうなるのかわからない状況を示しているかのような暗さである。

 

 「………どうしたら…」


 どうしたらいいのか?今更家に帰るのは遠すぎる。本当にわからない。誰か助けて…。


 「………」


 私は恐る恐る、ブロックした自宅の連絡先を解除していく作業に取り掛かる。


 しばらく歩きながら続ける。しかし、解除寸前になって、手が止まった。


 「………誰か……」


 一旦スマホの電源を切った。そして脱力していく身体で前を歩き続ける。途方もなく、宛てもないまま歩き続ける。

 とうとう家すら見つからない所まで来た。一体ここはどこなんだ?

 スマートフォンをロック解除し、マップを見ようとした瞬間だった。


 「……!?」


 後ろから足音が聞こえる。こんな何もない所に誰かが後ろに着いてくる音が聞こえる。


 「誰?」 


 その場で振り返りながら呟くと、後ろには何もなかった。

 だが、さっきから後ろに異変を感じていた私は、その場で止まってじっと待つ。

 誰かいる!よく見ると、街灯がないせいではっきりと見えないのだが、私がその場で足を止めると、向こうもある程度の距離を空け、同時に止まる。


 「………」


 無音な空間でじっと後ろを眺めていた。


 「………誰…」


 すると今度はさっきまで私が歩いて来た方から誰かが近づいてくる音が聞こえた。

 ナイロンのジャンパーの擦れる音と同時にこっちに詰めてくる足音が響いている。


 私が振り返った瞬間だった。突然、口元を抑えられその場に転倒させられる。

 必死に暴れ回ろうとしても両手首を上げて、抑えられる。


 「おい!手伝え!」


 そして、後ろから着いて来ていたであろうストーカーが、私にガムテープで口を閉じようとする。

 もう完全に何を言っても聞こえなくなった。そして手錠を何故か持っていた。そして手首をを捻って、私の腕に手錠を掛ける。その後反対側の腕も強引に手錠をはめられた。


 後ろに手をクロスさせるように拘束させられた後、足首にも強引にガムテープで抑えられる。暴れようとしても、相手が力強くて反発出来なかった。


 「連れたいけ!」


 無理矢理私は抱え込まる。

 何色かわからないワンボックスカーが後ろから到着した。

 真ん中のドアが開けられ、私を連れ込んだ。


 「この娘は?」


 「分からない。こんな人気のない所を彷徨いてだから誘拐してやった」


 「おい、これ見ろよ。ガキじゃんこの娘」


 私の生徒手帳を手に取っているのが見えた。

 私は拘束具を力づくで外そうとした。しかし、どう足掻いても外れなかった。

 そしてワンボックスカーのドアが閉められる。


 「学校の帰りだった?でも残念。家には帰れないから。ヘヘヘッ!」


 「あんまり痛めつけるなよ。大事な商品なんだからよ」


 商品!?一体何されるの?


 「まだ若いなぁ。お嬢ちゃん」


 「俺達は悪ーい人なんだよ。今からお嬢ちゃんは俺達のお仕事のお手伝いをして貰うねぇ」


 「よっしゃ!出発!」


 エンジン音が聞こえ、私は何処か危ない所に連れて行かれる事を察した。


 嫌だ!誰か助けて!誰かぁぁぁ!


 すると急ブレーキが掛かって、車内全員前へと押し出される。私も同じ状況となった。


 「なんだ?」


 「おい!邪魔だ!」


 クラクションを鳴らしていた。


 目の前に誰かいるのか?誰かが通行止めしている。今のうちに逃げたい。

 

 すると、前の運転手がドアを開け、降りて行くのが見えた。勢いよくドアを閉めた後、全員が降りて行く。


 「…………」


 中には私しか居ない。一体何が起きてるのか?外の様子が見たい。

 そう思いながら無理矢理拘束具を力づくで外そうと暴れてみた。次の瞬間だった。


 『うわっ!』と誰かが襲われるような声が外から聞こえている。一体何が起きているのかどんどん知りたくなった。

 しばらくすると、外から何も聞こえなくなった。そして、私の乗っている席のドアが開けられる。


 「おい!みんな!この娘を救出するから手伝ってくれ」


 そして私は車から降ろされ、拘束具を外される。


 『ブハッ!』と閉じられた口元のテープを外した後、唐突に吐き出た。そして、軽く咳払いをする。


 「やっぱり、学生だ。『白虎組』の野郎」


 その声が聞こえると私を助けてくれた人達の方は目線を向けた。


 「心配すんな。××中学校のお嬢ちゃん!」


 「俺達は君の学校のモンだ。さっきそこで何者かに襲われたのを見つけて学生鞄を見つけたら、俺らの通っている中学校の鞄だったから助けに来ただけだ」


 そこにいたのは、暗くてもハッキリ青い特攻服のような服装を身につけている連中だった。


 「……え?」


 その声に後ろを振り向くと、そこに居たのは見た事のある人物の顔だった。


 「紫獅蔵?」


 「………先輩?」


 そこに居たのは、私の所属するサッカー部の引退した先輩のだった。

 

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 ありがとうございます。また本編の方に戻って新しい物語を書きましたのでそちらをご覧下さい。

 




 

 


 

             


 


 

 

 




 

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