符津野と孤独なアタシ

 鬱陶しい程の雨が降り注ぐ。普段着のアタシは、雨に打たれながらどこか分からない長い橋の真ん中に立っている。誰もいない橋の真ん中からただ雨の影響で流れる薄茶色く濁った濁流の川を眺めた。


 「………」


 もう消えたい。今いる場所からどこか遠くへ行きたい。

 アタシは思い出す。昔もこんな事してた。家に帰る事が辛く、なんのプランもなくただ家出を決意して、知らない場所を放浪していた。

 あの時は、ただその場から消えたくてSNSで家出少女である事を流して、自分を探してくれる人を待っていた。だが結果として酷い目にあった。だが、今はあんな事が起きても何も怖い事などない。今なら襲い掛かって来る輩も、不審者も一発で蹴散らす事が出来るから。

 だが、そんな事してもアタシの孤独な今の心境が消える訳ではない。何より辛いのは、符津野の事。符津野に自分の過去が学校に広まって、アタシの事を本格的に嫌いになったに違いない。アタシはダチの二人にしか連絡をしていない。今度こそこの場所を出て行く事を…


 「もう符津野には酷い目に遭ってほしくねぇ…。アタシと一緒にいると、お前の居場所がなくなってしまう。短い付き合いだったけど…悪ぃなぁ、符津野」


 もうアタシにはこの地に居場所なんてないという身体全身に掛かる絶望感と、符津野に迷惑が掛かってしまうという重荷が一気にアタシに降りかかっていく。自分の頭の中を、この先もずっとアタシの過去を背負って生きなきゃならない、そんな呪いのようなモノが取り憑いている気がした。


 明日学校には行けると言われたが、行く気なんてないさ。行った所でまた孤独になるのだから…。


 アタシには『青龍組』というグループにいた過去があった。巷では危険な連中と言う噂が広がり、そのせいでアタシには学校に居場所がなくなった。かつて、小さい頃から仲良かった友達も、その影響で縁を切られた。それだけではない。学校のみならず、地域の人達にもアタシの存在を嫌がっており、妹にさえ負担をかけた。妹が中学に上がった時には、アタシのせいで酷いイジメを受けたそうだ。

 全部アタシのせいだ。学校生活も、昔から馴染みのある近所の方々も、そして妹にも迷惑をかけていた。そして今、アタシのせいでまた辛い人生を歩んでしまう人がいる。

 

 「符津野…。ごめんな…」


 雨の音で、殆ど自分にも聞こえない声で、今ここにいない符津野に謝る。ますます心が重くなり、苦しく感じる。


 グッと胸を抑えたが、その度に自分の存在感が嫌になっていく。なんでこんな自分がいるんだ?なんで生きてるんだよ…アタシ…


アタシの中に二つの選択肢が脳内に浮かび上がる。


・このまま行く宛てもない状態でどこか遠くへ向かう。

・死ぬ


 この二つだ。しかし、中々決断出来ずにいた。

 あっという間に雨が大降りに変わった。雨粒が痛く感じる。皮膚に強くぶつかる雨を我慢する。


 「なぁ?誰か教えてくれ。アタシはどこに行けばいい?どうすればいい?何が正しい判断か教えてくれ…誰か……誰か…」


 アタシは結局、どちらも判断出来ず、その場を離れて行く。

 橋を渡り終えると、突き当たりになっている為右か左に行くしかない。しかし、左に行けば学校とアタシのいた地域に戻ってしまう。だから右へと進んだ。


 どうすればいいんだ。どこへ行くべきなんだ。アタシの生きられる場所はどこにある…。


 とにかく真っ直ぐ歩いて行く。

 ポケットの中にいつも学校に持ち歩いている財布がある。一応念の為にお金は3千円入れている。これは全額ではない。一応ATMに行けばあるのだが、取り敢えずは多くなく、少なくもない金額を入れている。


 「腹が減った…そういえば朝からなにも手につけてなかったなぁ…」


 どこかで飯を食えたら。取り敢えず食事を済ませたくなった。


 こんな事を考えている内は恐らく選択肢の中の『死ぬ』というのは消えたのだろう。いや、違うかもしれない。もしかしたら、『最後の晩餐』と捉えていいかもしれない。しかし、これで終わりとしては、安い物で済ませてしまうのはなんか嫌だ。結局どちらなのかわからない。しかし腹が減っている。


 どこかコンビニで…ファーストフードでいいか。いや、なんかファーストフードも避けたいなぁ。こんな雨の中でファーストフード店で最後にするのもなんか戸惑う。

 まぁぶっちゃけて言えば、最後なんて飾ったところで終わりになればそんな事覚えているのだろうか…、と疑問にもなる。


 結局、止まない雨の中でどこかで食事や済ませようとした。


 「……さん!」


 誰かが人を呼んでいるのが聞こえた。こんな雨の中誰だ?


 「絢芽さん!!」


 !?。自分の名前を呼んでいる!一体こんな状況で誰なんだよ!


 「絢芽さん!!待って!」


 その声は男の声。そしてアタシが今日一日聞いてない馴染みのある声。もしかして…


アタシは勢いよく振り返る。アタシの背後に、その姿が映った。そこには、自分が思った通りの、今一番会いたい…でもいざ目の前に現れると会いたくない人物がいた。


 「符津野…」


 「絢芽さん!こんな所にいたの…」


 アタシの前で息を荒げているのを整える符津野。


 「どうして…ここにいるのが…」


 段々と正常な呼吸に戻って行く符津野がアタシを見つめてにっこりと笑みを浮かべた。


 「あちこち探したんだよ…」


 「今、授業の時間だろ?なんで今ここに…」


 「今じゃなきゃいけないんだ!!絢芽さんの元へ行くのが!」


 アタシは必死で自分を探していた符津野に申し訳ない気持ちと、自分のせいで符津野を苦しめてしまうので、こんな所で会いたくなかった気まずさの両方が胸を締め付ける感覚に襲われる。


 もうこれ以上一緒にいたって符津野が辛い目に遭うだけ。だからわざわざ会いに来ないで欲しかった。アタシのいない人生でいて欲しかった。その方が符津野にとって幸せになれるに違いない。


 「符津野…アタシ…もう学校には行かないから…」


 「絢芽さん!!今からどこへ行くつもりだったの?」


 「えっ?別に…ちょっと、腹ごしらえ」


 こんな状況下で腹ごしらえなんて客観的に見たら普通におかしいよな。傘も刺さずに、私服姿で雨に打たれながらこんな所徘徊して。でも、符津野が聞きたいのは、この事じゃないとわかっている。問題はその後のことだろう。


 「腹ごしらえ?なんでこんな時にこんな所をうろうろしてまで」


 「……」


 何も言い返せなかった。


 「ねぇ?本当はどこに行くつもりだった?ご飯なんてこんな所まで来る必要なんてないんじゃない?絢芽さん、家出しようとしたんじゃないよね?」


 「…………あぁ」


 「どうして…どうして黙って出ていこうだなんて思ったの?」


 「黙ってなんかねぇよ。桜木と會下には…」


 「そうじゃなくて!俺に連絡なしで出て行ったのはなんでって聞いてるの!」


 「お前には関係ない…」


 「関係なくない!」


 「もう黙ってろ…」


 「無理です。絢芽さんの力になりたいからここまで来たんだから!俺を信じて欲しいんだ。友達二人みたいに俺にも頼ってほし…」


 「黙れよ!!本当は!今から行く宛てもなくここから消えるか、それか死ぬかを決めてたんだ!」


 アタシは本音をぶちまける。なんでだろう。むしゃくしゃしたから符津野の前で本音を言った。だが、そんな事言ったらますますコイツが心配するに決まってる。なんでだ…アタシ…

 

 「……そう…だったの…」


 アタシは、これ以上ついてくるなっ!と訴えようとしたその時だった!


 アタシの身体を強く抱きしめてきた符津野。急すぎて何も言い返せなくなってしまった。離せ!とも言えない。

 雨もマシになってきた。コイツがアタシを抱きしめた直後、変に周りの音が一瞬消えて、頭の中に浮かんだ言葉も消えて、雨が止んでいった。


 「絢芽さん…ごめんなさい。俺、絢芽さんの事…なんも理解してあげられなかった…」


 その言葉がアタシの耳元で囁かれる。



 

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