不良少女とこれから
「符津野…」
俺は絢芽さんを守りたい!これ以上辛い顔しないで欲しい。
その思いが、俺を動かした。俺の意志が、絢芽さんを守り抜けと言っている気がした。だから、俺に出来る事をやった。
俺の身体が勝手に絢芽さんを包み込み、離さない。
そして今の絢芽さんを苦しめる思いをここで一緒に背負う。その覚悟が定まった。
「符津野?お前…何やってんだよ……」
「………ただ、俺に出来る事がしたいんだ。これが俺の出来る事なんです。力になりたいって言う証なんだ」
伝わらないかもしれない。でもやるだけの事はやりたい。俺の絢芽さんへの行動が、過去の浄化に繋がらなくても、俺が守りたいっていう思いだけはどうしても伝わって欲しい。そして共に乗り越えていこう。
だからもうこれ以上全部背負わないでくれ!自分一人で!
「絢芽さん…貴方がどう有りたいか、それを俺に教えてほしい!本音は違う筈。この町を出て行く事や、自ら命を絶つなんて本当はしたくない筈なんだ!本当の絢芽さんの気持ちが知りたい!だから教えてくれ!絢芽さん!」
「符津野……」
俺は頭を包み込み、ぎゅっと絢芽さんを抱きしめる。柔らかく生暖かい絢芽さんの身体を愛情いっぱいに包み込む。
何故だろう…俺、今涙が溢れてくる。俺にはさっきまで何もしてあげられなかった。悲しみが、無力さがまた込み上げてきた。そしたら急に俺の目頭が熱くなって、おでこが痛くなって…急に涙が出だした。本当に俺って…情けない奴だよ。
「………符津野……ごめんなさい」
俺が泣き出した後、彼女もきっと泣いているであろう震える声でそう言ってくれた。
素直になってくれたのかもしれない。その時、無性に嬉しくなった。
「絢芽さん…大好きです。貴方が何者だろうと、絢芽さんの全てが好きです。もう、一人になろうとしないで」
そして抱きしめる返した絢芽さんは、俺の顔横に頷く合図をした。
俺は彼女をしばらく離さない。離したくなかった。まだまだ力になりたいから。彼女の辛さはこんなものじゃマシになったりしない。だから離さない。
「符津野…アタシ…アタシ…」
本音を言ってくれそうだ。俺はしっかりと絢芽さんの発言に耳を傾ける。
「なんでも言って」
震えながら話す絢芽さん。俺の心が少しずつ穏やかさを取り戻してきた。『なんでも言って』と伝えたのは、ようやく俺の力になれるかもしれないから。彼女がまた幸せな姿でいられるかもしれないからであった。俺は嬉しくなって、ついにっこりと笑ってしまった。
そして、絢芽さんは俺に伝える
「お腹空いた…ご飯が食べたい…」
「…………」
俺は、聞き間違いをしたのかもしれないと思い、申し訳ないと思いつつもう一度聞いてみた。
「お腹減ったんだよぉぉ…美味しい物食べたい…」
うん、聞き間違いじゃなかった。っていうか腹ごしらえって言ってたの、あれ本音だったんだ。なんか今更俺がここで抱きしめているのが恥ずかしくなった。客観的に見直したら、自分ダサすぎだろ!ってなった。
「よっ、よーし、じゃあ!ど、どっかでご飯食べよう…それでいい?」
そしてハグが終わると絢芽さんは悲しい顔などしていなかった。見つめ合って、涙で潤ったお互いの目を浮かべつつ、彼女は笑顔を取り戻した。
「おぉ!行こ行こ!」
急にテンションが上がった絢芽さんは久しぶりだった。だからまたその姿が見れて俺は満足だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
自分達の格好を見て、店内で食べるのは控えようとなった。
学校にはそのまま戻る事なく、結局お互い雨に打たれすぎた事で肌寒さを感じており、暖かい物が食べたいという事から結局絢芽さんの家で鍋を頂いた。
絢芽さんは実は一人暮らしらしい。地元が電車で一時間半ほど掛かる場所にあるらしく、そこから通いながら行くのがめちゃくちゃ嫌だったらしい。だから家を出て、一人暮らしを始めたそうだ。正確には家を出て行きたかったらしい。
「シャワー貸してくれてありがとう」
絢芽さんの家のシャワーをお借りした。そのあと服がないので、私服までお借りした。
女性用の服なんて着られない、と思っていたのだが、カジュアルな黒のパーカーと少しだぼったいデニムであり、別に男が着ても違和感がない服だった。
「服も一旦借りるね」
「おう、それなら別に男のお前でも着ても違和感ねぇだろ?」
「うん。女子だから女の子が着るような服かと思ってたけど、よかったよ」
「女の子らしい服なんて、中学まで着ていたなぁ。今は女々しい格好なんか出来ねぇよ。そんなの着てたら舐められる」
まぁ、不良の女子って案外そんな考えを持っていて当然だよね。一度だけ、いつも着てるスカジャンではなく普通の制服を着た時も、本人からしたら居心地悪かったっぽいし。
「もうすぐ出来るぞ」
「うん。ありがとう」
料理を振る舞ってくれるというのが珍しい。鍋という家庭的な料理を、言い方は悪いけど、そんなの似合わない女の子が作るって考えられない。でも作ってくれた。
「ほい。受け皿持ってくるから」
美味しそうだ。運動も料理も出来るなんて凄いなぁ。さらに感心したよ。俺なんて、料理どころか運動もそんなにだし、いつも地味な生徒だからこんな事になっているのが信じられない。
「そういえば符津野、電話掛けてくれてたんだな、ずっと。その…本当に悪かった」
受け皿を持ってきてくれた後、俺に謝った絢芽さんは、また表情が暗くなった。
「確かに電話に出なかったのは焦ったよ。絢芽さんがどこかへ消えてしまうって事を受け入れたくなかったから。俺はどうにかして、絢芽さんを取り戻したくて、ここまで来てさ。でも今こうして安心した
俺は笑顔になった。本当に絢芽さんが生きていてくれて嬉しかった。だから良かった。
「……また、符津野に助けられた…」
「え?助けられた…って、助けられたのは俺の方だよ。以前、変な連中に絡まれた時、俺一人のために戦ってくれたじゃないか。あの時助けてくれた事で、きっかけができて、絢芽さんの事を好きになった。礼を言いたいのはこっちのほうだよ」
「そ、そうか。アタシはお前にここまでさせて迷惑を掛けたのに、お前のその優しさが…なんかマジで心の底から嬉しい」
そして、俺は頬を上げる。嬉しかった。
「絢芽さん。俺、貴方の力になりたいって言ったでしょ。あれは、絢芽さんが少しでも幸せになってほしいっていう切実な願いだったんだよ。だからもう少し、俺に頼ってほしい。俺も頼られたい。みんなの力になれるような人間なんかじゃないけど、少しでも辛くて、困ってる人の力になれると、俺嬉しいんだ。特に絢芽さんの力になれたらますます嬉しいから」
「…………フッ」
突然ですがクスクスと笑い始めた絢芽さんを、俺は目を丸くして見つめる。何か変な事でも言ったか?と少しばかり自分の発言に『?』を立てる。
「どうかした?」
「いや…嬉しくて…なんだかお前をこの前告白してよかったって思っただけだ。ありがとうな、符津野」
そして、鍋の蓋を開けてくれた絢芽さんは、俺の受け皿に具材をふんだんに詰め込んでくれた。
「こんなモンでどうだ?」
「ありがとう…」
俺は皿を受け取った後、フーフーして具材を口の中に放り込んだ。
…美味しい。女子の手料理を食べられるなんて、俺は幸せ者なんだなと痛感する。
「なぁ、符津野。アタシ、ずっとお前に頼みたかった事があって、この際にお願いしたいんだが、いいか?」
「何?なんでも言ってよ」
「もう、アタシの事『さん』付けで呼ぶのをやめてくれないか?アタシはお前の事を大切な彼氏だと思ってるけど、符津野の『さん』付けがなんだか距離感を感じてて。もういいだろって思ったから」
「…わかった。じゃあ次からやめるよ」
「次とかやめろ。今日から言え…」
一瞬顔が桃色に染まっている絢芽さんが可愛く見えてしょうがない。そして、俺に目線を合わせなくなった所も、恐らく照れていると見た。
だが、絢芽さんの要望なのだから俺は『さん』付けをやめると決意する。
机の上に置いた絢芽さんの…絢芽の手を、上からソフトに俺の手を置く。そして、急に俺の顔を照れながら見つめた絢芽に言った。
「わかったよ、絢芽
俺も同級生の女の子を呼び捨てで言うなんて初めてだった。少し緊張したが、ポーカーフェイスでなんとか誤魔化し、言ってみた。
でも何故か言った後、別に恥ずかしいなんて感情はなく、こっちが嬉しくなった。
そして向こうもしばらく俺を見つめてはニコッと不良だというのを忘れるほどの可愛らしい笑顔を見せてくれた。
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