不良少女と椿君
掃除時間に、たまたま同じグループで教室の掃除担当を任された俺と椿君。その他の生徒は俺達をパシリにして『掃除よろしく』と伝えた後、どっかへ去って行く。
「………」
「………やぁ」
「…やぁ…。ごめんね…今日、力になれなくて…。またなんとか説得してみるから」
一瞬俺から顔を背けた椿君。落ち込みながらも、こくりと小さく頷く。
箒を持ってスタスタ…と俺から離れると、壁際まで向かって立ち止まる。
「……章悟君…もういいよ……。僕が甘かったんだよ。絢芽ちゃんもそう言ってたし、これ以上は迷惑だから…」
「……いや、あれは…絢芽も少し言い過ぎだし、椿君も本気で変わりたいって思う気持ちは、俺にはちゃんと伝わったよ。俺、後でもう一回言ってみるって」
だが、椿君は首を横に振る。
「……僕、無理なんだよ。だってこんな見た目でいつも女だと思われて、いつも貧弱者だった僕が急に変わろうなんて…やっぱり絢芽ちゃんの言った通りなんだよ。僕には絢芽ちゃんみたいにはなれないんだ…」
「………そんな事…」
「もういいんだ!ありがとう。あと…迷惑かけてごめんなさい」
俺の方を振り向いて、深くその場からお辞儀しながら言ってきた。
……なんて無力なんだ…俺。
せっかく絢芽と似た境遇の人物なのに、同じようにまた力になれそうなら、救ってあげられると思ったのに。
お辞儀が終わったら、笑顔でこちらに対応してくれた椿君を、申し訳なく思った。
「さっさと掃除終わらせよっか!」
「………うん…」
俺は当然嬉しくない。こんな形でピリオドを付けてしまうのは、勿体ない気がする。
変われる、変われるかもしれない…変わろうとすればいけるのじゃないかな?と、だんだんこちらも説得するのに自信がなくなってきた。
「じゃあ、向こうからお願いね!」
明るく振る舞う椿君。本当に申し訳ない。
この気持ちをどう伝えたらいいのやら。なんだろう…俺には分からんが、ずっと片思いの子に、心の準備をして、いざ思い切って初めて告白したら相手からの容赦ない断りの返事でハートが一発でガラスのように砕かれた衝撃の気持ち。なんだか椿君からそんな気持ちを受け取れる。
それにも関わらず、さらっと今回の話を水に流して陽気に振る舞う姿はあまりにも残酷である。
俺は箒を握る握力も抜けそうになる。
「……章悟君?」
「あぁ、ごめん…わかった。じゃあ…そっちお願いね」
「………」
椿君は掃除を開始した。だが、いざ開始しようとすると元気がない気がした。
やっぱり落ち込んでいる。相当辛い状況だろう。
だが、俺には何も返す言葉もなく掃除を始める。
「うぃーっす!おう!符津野!こっちは掃除終わったから、なんか手伝おうか?」
「え?陽太早くね?」
「いや、まぁな…アハハ」
「……陽太。サボりだろ?」
「……いや?サボってない…ぞ?」
口を尖らせながら、何か隠している怪しい表情になっている…
「ったく、お前この前も先生に叱られてたんじゃなかったか?」
「あっ、あぁ。あれはちょっと気を抜いててたら怒られたんだよ。つーか、あの時はちゃんと掃除はしてたぞ!」
「まぁ、もうすぐ夏休みになるからなるべく綺麗にしとかないと、居残りさせられる事だってあるらしいから。ちゃんとしてんのならいいけどさ」
「したっつーの!だから手伝いに来た…」
「おい陽太…サボりは順調だな」
「………」
教室のドアからクラスの女子が一人立っている。陽太に用事があるらしいなぁ。ってかサボってるやん…
「………」
「………陽太?」
怖い不気味な声で陽太に話しかける女子。
陽太の後ろでこれまた怖い形相で見ている。それはそれは歌舞伎で使われる能面ような怖い表情で。
「………よーぉーたー?」
「……………」
「陽太…早く行った方がお前の為だぞ」
俺は手で追い払うような動作で陽太を出ていかせようとするが、陽太はあの口を尖らせた表情で誤魔化そうとしている。
いや、無理だから…
「………」
「ねぇ?ちょっと陽太借りるけどいい?」
と俺達に向かって言う。俺は頷いた。
「おい!符津野!てめぇ裏切るのか!?」
「いや、ごめん…これに関しては擁護できん」
「あぁぁぁ!せっかくサボれる思ったのに!」
あっ、認めた…。やっぱりサボってたんだ。
陽太はそのまま、女子に引きずられながら戻って行く。力強いその女子は、陽太の片脚を持ちながら、ズルズルと引っ張っていく。
「いや!ちょっと!待って!もうトイレ掃除なんて嫌だ!汚いし、臭いし!誰かぁぁぁ!」
「ごめーん。またゴミが増えた!わかる人教えて欲しいんだけど、陽太って燃えるゴミ?それとも不燃ゴミ?」
「おい!俺はゴミじゃねぇ!あっ!ちょっ!やめんか!うわぁぁぁぁ!」
俺は、陽太が掃除の仲間達に粗末な扱いをされるのを教室の側で眺める。力技で抑えつけられては、酷い仕打ちをされている。恐ろしい…。
「………俺は真面目に掃除しよ……」
そして教室内にいる椿君が、何やらクスクス笑っているのを捉える。
「フッフッフッ…」
「どうしたの?」
「あっ、ごめん。なんだか、面白い友達だなって思って。陽太君だっけ?あんな風に僕にも男友達が出来たらなぁって…」
「……あ、うん」
そうか。椿君、今まで自分の容姿で馬鹿にされて来て、男子の友達がいなかったって言ってたな。酷い事され続けて来たからずっと悩んでいたらしいから、あんな友達と話す光景はあんまりなかったのだろう。
「ずっと強い自分でいられたら、みんなを見返せるって、僕にも自信がつくと思ってたんだ。でも、それじゃあ友達なんて出来ないよね。喧嘩とかそんな事しか同級生と触れ合えないなんて、なんかつまらないなぁって…今思ったんだ。ああやって面白い友達と過ごすのが僕の望みなんだ。喧嘩で強くなりたいなんて、心の底では思ってないんだ」
「…なるほどね…」
悩ましい椿君からしたら、俺と陽太の関係なんて羨ましいと思うばかりだろう。自分も客観的に見たら、変な事、おバカな事も出来る学生の思い出を味わえないってなんだか悲しいよな、と嘆きたくなる。
だから椿君にも、この機に仲良くなったから、友達として何か力になりたいと改めて思うのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
帰りの時間になった。
俺はさっき酷い目に遭った…というか自業自得な陽太に、椿君について色々と話が盛り上がっていた。
「符津野!お前いいよなぁ。恵まれてんなぁ。羨ましいなぁ」
「何がだよ」
「お前にはあの絢芽ちゃんと環菜ちゃんと如月ちゃんと、それからあの天使の子と囲まれてさぁ。ハーレムかよ!お前は!うぁぁぁ!」
俺にしがみつくように話しかけてくる。
「いや何言ってんだよ。俺だってあの子と知り合ったのは昨日が初めてなんだぞ」
「そんなのどうだっていいんだよ!なんでお前だけこんなに美女達に囲まれているのかって事だ!俺は高校に上がってから全然モテなくなったし!お前!俺のモテモテエキスを奪いやがったのかぁ!」
「なんだよその気持ち悪いエキス…」
「つーか、今日ずっと気になってたんだが、その頭どうした?」
「あぁ、これ?これは…頭打った」
「そりゃ見たらわかるわ。頭打ってなくてそんなの貼ってたら、『大丈夫?頭の中』ってなるわ。そんなお札みたいに貼ってても治らねぇだろ。そうじゃなくて、なんか怪我でもしたのか?」
「まぁ、いろいろあったんだ。別に気にしなく…」
「それよりも!お前なんだよ!あの天使の子!誰?名前は?どこに住んでいる子?どこ中だったの?部活何やってたの?今もやってんの?年齢は?通学…」
「お前の方が『大丈夫?頭の中』ってなってるじゃねぇか!いいから落ち着けって!ドウドウ」
なんとか落ち着いた陽太に話をしてみた。最初は信じてもらえないだろうが…
「いいか?あの子は桃坂椿君。このクラスの男子生徒。昨日たまたま絢芽と一緒にいる所を見かけたから、そっから繋がりが出来たって訳」
「へー。椿ちゃんね。絢芽ちゃんとも仲いいんだ」
「まぁ……」
「まぁ、絢芽ちゃんと同じ女子だからな。仲良くなりやすいよね。同性同士は」
「いや、あの子男だよ」
「……………」
「……………」
長い間沈黙が続く。俺と陽太、お互い目線を逸らさずにじっと見つめあっていた。
「……………」
「……………」
「でも椿ちゃんは女子の中では大人しい方だから、二人とはせいはんた…」
「おい!だから男だって!人の話聞いて!そしてじっくり見て!制服を!」
「え?制服?」
椿君の制服をその場で眺めた。陽太はしばらく固まってしまった。
「………」
「あれ男用の服装だろ?これでわかったか?男だよ、おーとーこー!」
そして、壊れたロボットのようにこちらに首を動かした陽太の目は死んでいた。
「…………」
「まぁ、騙されやすいよな。あの姿はどっからどう見ても女の子っぽいもんな。俺も最初は勘違いしてさぁ、男って聞いた瞬間ビックリしたわ。あれ?陽太?」
手を振っても反応なし。ビクとも動かなくなった。
今は、もう、動かない、そのよーぉーたーはほっといて帰る準備をする。
「じゃあなぁ、陽太。バイトに遅れんなよ」
そう言って教室を出て行く。俺は完全に真っ白に燃え尽きた陽太を置いて帰る事にした。
俺が教室を出ると、後ろから俺を呼ぶ絢芽の声に反応する。
「おぉ、絢芽」
「おう。今日はツレの奴と一緒じゃねぇのか?」
「あぁ、陽太の事?アイツはバイトだろうし、今日も一人で帰るだろう」
「そうか。今日も一緒に帰らねぇ?」
「あぁ、そうだね。今日も…」
一緒に下駄箱の方へ向かおうとした時だった。教室から出て行く椿君が見えた。こちらに気づかないで帰って行くのだが、なんだか背中姿だけでも悲しみを背負っている様子だった。やっぱり今日の昼休みの出来事だろうか。
絢芽もあの子を見ているが、表情は何一つ変わらない。
「………」
俺はもう一度椿君を見た。下駄箱の所で見えなくなったが、彼の今日の掃除時間の事を思い出した。
「椿君…」
今日一日、彼には辛い事をさせてしまった後悔が残る。
「おいどうした?帰るぞ」
俺の方を見て絢芽がそう言った。
「あ、うん。帰ろうか…」
「どうした?体調不良か?」
「いや、大丈夫だよ」
下駄箱まで歩いて行く。
「それより頭の怪我はマシになって来たか?」
「うん。お陰様で。ありがとうね」
「ならよかった」
「怪我の手当もできるんだなぁ。絢芽って」
「こんなもんしょっちゅうやってた。仲間の手当をお互いにやり合ってたからな」
「あぁ、そうだったんだ」
そんな会話をしながら靴を履き替え、学校を出る。
「まぁ、お前のソレは酷いぞ。もうあんなマネはするな。せっかくの恵まれた頭脳が台無しだぞ」
「ありがとう…。アハハ」
側からみたら、俺は成績はまぁまぁいいけど、自分で頭をぶつけるおかしなイカれた人って思われる。絶対に今度からやめよ。
「………」
「………」
俺は、今日の事を絢芽に相談するべきなのか?いや、下手に話すと墓穴を掘る可能性だってある。だか、椿君へのあの態度は酷いんじゃないかとも思う。
俺はどうするべきなのかわからない。
「なぁ絢芽」
「何だ?」
歩きながら考えた。言うべきか否か。
俺の判断は…
「お前、椿君の事今改めてどう思ってる?」
「またその話か……」
「いや、もうあの時と気持ちは変わってるだろうと思ってさ。まぁ椿君も本気っぽいらしいし」
「アタシは別になんも変わらん。アイツを弟子とかにする気はない。アイツは口だけは一丁前だが、自分が強くなりたい理由が、アタシから見たら捻くれてたからな。はっきり言って嫌いだな…」
「そうか…」
「なんだお前。まだアイツに尽くそうってか?」
俺は返事をしなかった。迷っていた。うんと答えるべきか否かを。
椿君は言っていた。『喧嘩で強くなりたいだなんて、心の底から思ってない』と。
つまりは改心した可能性もある訳だ。これ以上この件を考えても無駄になるだけかもしれない。
「お前は甘い奴だなぁ。言ったろ?誰でも助けていいってわけじゃねぇって。口だけで本気とか誰だって幾らでも言える。でも相手から見たら本気だって伝わらなかったらそれは違うんだよ。後さっきも言った通り、アイツの考えは捻くれている。あんな奴は、強くなったら自分が偉くなったって勘違いして周りに敵を作っていく奴だ。そんな奴は厄介事を増やすだけでこっちにもメリットなんてない」
「うん…」
「だからもう忘れろ。ハイ、もう終わり!」
パンッと両手を叩いて、話を終わらせる絢芽。なんだか本人もこれ以上話したくなさそうだし、考えるだけ無駄かもしれない。だから俺もこの話を終わらせる事にした。
そしてその後、いつもと変わらない帰りだった。
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