椿と変わりたい自分
僕、桃坂椿は男だ。いつも周りから女と間違われてきて生きてきた。
僕には今憧れの人がいる。その人は、僕の同級生で女の子。容姿端麗なのに不良の女の子っていうギャップ要素があるけど、僕が憧れた理由は中身だ。
僕が彼女を気になりだしたのは、クラスの友達の符津野君が不良四人に絡まれているのを見つけた時だった。僕が帰りに彼が不良達にカツアゲか分からないけど、悪質な不良達に追い詰められていて、助けを呼ばなきゃと思ったので、警察に電話しようとした時だった。
そう、彼女。僕の現在リスペクト中の彼女、紫獅蔵絢芽ちゃんがそこにいた。彼女は一人で不良達に立ち向かって追い払う。
喧嘩も強く、度胸があって、何より学年の中で上位を誇る程の見た目。僕からしたら、格好いいと美しいが混ざり合った彼女にいつの間にか見惚れていた。
彼女に少しでも近づきたいが為に、僕は後を追い続ける日々だった。
そして今日、絢芽ちゃんに僕の思いを素直に伝えようとした。
昼休み。
「ねぇ!絢芽ちゃん!」
半袖カッターシャツのポケットにスマホを入れて、無線イヤホンをつけながら廊下を歩いている絢芽ちゃんを見つけて話しかる。
スカートのポケットに手を入れてどこかへ向かっている所、僕の声に反応したようだ。
振り向いてくれた彼女は、イヤホンを取った。
「絢芽ちゃん!」
「何だよ」
「ねぇ、僕が昨日言った事の続き」
「あぁ、んなもんしねぇぞ。弟子やらなんやら」
「もし、それがダメならパシリでもなんでもします。命令とかなんでも言う事聞きます!」
「あのなぁ、そんな事するわけねぇだろ。アタシ今めちゃめちゃ周りから嫌われてんのに、そんな事してまたみんなから悪いように思われると面倒なんだよ。つーかアタシ人をパシリにするのに、お前みたいな奴雇わねぇよ」
「じゃあ、僕に教えてほしいんです。どうやったら絢芽ちゃんみたいな喧嘩の強い人になれるのか」
「んなもん知るかよ。昨日も言ったろ。強くなりたいからとか不良とかに憧れて喧嘩を始めたとかじゃねぇって。そもそもお前、喧嘩した事あんのかよ」
「喧嘩…した事ない…」
「じゃあ、もうそんな事ばっか考えるのはやめて大人しくしてろ」
僕は彼女がどこかへ向かおうとするのを捉えると、諦めたくない気持ちが上回ってなんとか止めな行った。
「待ってよ!」
「んだよ!しつけぇって。他あたれ!」
「絢芽ちゃんしかいないんだ!僕、本気だよ!」
「いやいや、他にもいるわ!不良…まぁ、不良もどきみてぇな粋りたった野郎しかこの学校は見た事ねぇけど…」
「………」
僕は、何か考えている様子の絢芽ちゃんをじっと見る。
他にいたとしても、こんな身近に接する人がいるのなら、僕はそっちの方に聞いた方が早いから絢芽ちゃんを頼ろうとしているのに。どうしても僕の相談を聞きたくないらしい。
「まぁ今動画とかで元ヤンの奴とか、格闘技系動画配信者とかいるからそれを参考にしてみりゃいいんじゃねぇ?」
「そ、そんなぁ!僕は絢芽ちゃんに直接聞きたいんだよ!お願い!お供しますから!なんでもしますから!」
はぁ…と溜息を漏らした絢芽ちゃん。
「そもそもなんで、お前は喧嘩で強くなりたいってなったんだよ」
「ぼ、僕…」
真実を話そうとした時だった。
「あっ、符津野!なぁ、コイツどうにか説得してくんねぇか?
符津野君が現れた事によって話が途切れた。
頭に何か貼ってある符津野君はこっちに歩いてくる。多分頭のやつは今日の朝の件だろう。
そして場所移動する事になった。
予定としては、二人で昼ごはんを食べると言う約束をしていたらしいが、教室ではなく、体育館の出入り口で食べるらしかった。
本来は屋上で食べたかったらしいのだが、屋上のドアが開けられなくなったらしい。符津野君曰く、絢芽ちゃんが原因なんだとか……
「椿君は喧嘩とかって格闘技とかしてたの?」
「いや、僕陸上部だったから。そういう格闘技系とかに疎いんだ。昔はね、習い事とか沢山してて、ピアノやダンスとか、英語とか習ってて、運動関連なんて全然だった。それで中学の時は陸上部。まぁ、大した成果とか残せなかったけど…」
「へぇ、じゃあ勉強が得意なんだ。そういえば、この前のテストどうだったの?」
「まぁ、学年内では五位だったよ。符津野君は?」
「五位って凄いねぇ!俺はそこそこ。学年内で言うと上の下から中辺り。そういえば、絢芽は?」
「………アタシ学年で中の下くらいだった……」
ミントガムを噛みながら答える絢芽ちゃん。
「え?じゃあ補習とかは?」
符津野君が心配そうに問いかける。
「あぁ、アタシギリギリない」
確か夏休みの補習に呼ばれる人は、一学期でクラスの中でテストが平均点以下の人達や呼ばれるらしいが、中の下って殆ど平均点以下の可能性もある気がするけど……
なんだかんだ会話を続けて、僕達は体育館に着く。そして絢芽ちゃんとのやりとりの続きを話す事になった。
「絢芽ちゃんみたいに強くなりたいんだ…」
「……んでよ、さっき聞こうとしてたのが、なんでそんなに喧嘩が強い事に拘るんだって事を聞いてんだ」
「なるほどねぇ」
僕の過去を二人に伝えた。嫌な過去…
こんな見た目でいつも学校からは友達が出来ず、男子達は虐めてくるし、女子達は仲良くなったとしても、すぐに僕から離れていった。
学校に行きたくないなんて事は山程あって、恐怖心が芽生えた事もあった。
先生にも相談した事もある。しかし、先生はいつもこう言う。
『そんな事考えているから友達が離れるの。もっと自分から友達に本気でなりたいって努力しなさい』
こう言ってまともに考えてくれなかった。
そんなの分かってたらこっちも苦労しないよ…。
僕は二人に話し終わると、絢芽ちゃんの態度が豹変した。さっきまでの冷たく遇らうような態度ではなく、完全に僕を殺しに掛かるような態度だった。
「言っとくぞ。アタシはお前みたいに自分の強さを見せつけたいから喧嘩をやってた訳じゃねぇんだよ!お前みたいな安っぽい男の思考な連中がアタシらにとってどれだけイライラするか…」
僕は、彼女を怒らせてしまった。彼女の剣幕を鎮める事が出来ずに、僕は泣いてしまった。何も出来ずにただ叱られ続けた。
「絢芽!もういいだろ!」
「………」
「絢芽、落ち着いて…」
彼女は僕の胸ぐらを離して突き飛ばす。
「あぁぁぁぁ…悪い…符津野」
「ご、ごめん…なさい…」
そして絢芽ちゃんは教室に戻っていった。
それから彼女に会う事をやめようと思った。
絢芽ちゃんの怒りを知って、僕は分かった。僕の考えは甘い。彼女には彼女の過去があり、辛さ、苦難など色々と経験しているんだ。僕みたいに憧れ丸出しでなんの覚悟も持たない人なんて、本当に喧嘩なんか向いてないんだ。僕は甘すぎたんだと。
「……僕には男らしくいる事なんて、ただの夢や幻のだよね」
そう。夢や幻の世界に過ぎない。夢見がちだったのだ。現実には僕なんかよりももっと辛い人生を歩んでいる人なんて沢山いる。いい加減僕も考えを改め直すべきなんだ。
僕はいつもの帰り道を歩いていた。
僕の憧れの人物像がなくなった今、僕自身は何もなくなった。歩きながら考える。僕は何者になりたいのか…。
途中で自動販売機が設置してある道路に、他校の生徒三人が群がっているのが見えた。
二人がスマホゲームに夢中で、一人がジュースを購入していた。
「あー!落ちたぁぁ!」
「下手くそか!貸せ!」
「お前!このステージクリアした事ないだろ?返せ馬鹿が!」
「うぇーい!返しませーん!クリア出来るしこんな所」
楽しそうだ。こんな風に楽しそうに遊べる事がどれだけ幸せか。僕にもそんな人生でありたかった。
そんな事考えながら、通り過ぎて行った。
僕はもうすぐで自宅に辿り着く。後5分もしないうちに。
僕は自分のスマホの電源を入れて、時間を確かめる。別に用事なんてない。ただ、今何時か知りたかったのだ。
「あのー、すいません」
僕は後ろから話しかけられたのに気づくと、後ろを振り返った。
そこには、他校の制服を着たメガネをつけた男子生徒だった。
よく見たらさっき自動販売機にいた集団と同じ制服の人だ。
「なんでしょう?」
「あっ、ごめんごめん。この辺にコンビニとかあるかしらない?」
「コンビニですか?」
今時、コンビニなんてスマホで調べられる筈。どうしてそんな事聞くんだ?まぁ、困っているようなので教えてあげる事にした。
「コンビニならこっちに…」
すると男子生徒は僕が向かう方に指差してそのまま数歩前に歩く。
「こっちですね?」
「そうです」
そして、男子生徒は僕からまた数歩前に歩き距離を空けた。
何しているんだ?
「それで突き当たりを右に行くとありますよ」
「あっ!突き当たりを右ですね!どうもありがとう!」
向こうが、返事をくれた後だった。
急に視界が真っ暗になった。そして顔を何か被せられて、数人の誰かに僕の身体に抱きついているのが分かった。
え?何?何してんの?
僕は顔を覆いかぶさった袋を強引に剥がそうとした。
すると今度は、後ろに押し倒されて、ナイロン製の袋か何かに僕の身体を包み込む。
「よし!連れて行け!」
え?これって…誘拐?
そういえばこの辺はあまり人気が少なく、車もあまり通らない所だった。だから僕は狙われたのだ。誰かに…。
僕はいつの間にか拘束されていて身体が思うように抵抗出来なかった。そしてしばらくしてどこかに僕はを突き飛ばした。
そして顔に被せた袋を誰かが引き剥がした。
そこにいたのは…さっきの男子生徒達!?
「おいおい!可愛いな、この子」
「さっき通りすがりにこの子が通ってよぉ。可愛いなぁって思ったから。どう?めっちゃ良くね?」
僕は大声を出そうとした。
「誰か!誰かたっ…」
「おっと、させねぇよ。お嬢ちゃん」
僕の口を手で閉じらせた。目の前の男子達計四人は僕を上から見下ろし、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべた。
「この子制服男だけど、見た目完全に女だよな」
「おい!さっきの鞄は?」
「おい!見ろよ!財布!めっちゃ金入ってるぜ!大儲けだよこりゃ」
メガネをかけた生徒、髪の毛ツンツンのチャラそうな生徒、丸坊主の生徒、ポッチャリ体型の生徒。この四人の他校の生徒達は、僕の鞄を漁っては、スマホ充電コードやらノートやらをぶち撒ける。
「金もあるし、こんなキャワイイ子もゲットしたし!」
今、僕の口を押さえているポッチャリ体型の子が言った。
「今日はついてんなぁ。俺ら!まさかあんな所を一人で、しかも女の子って」
チャラそうな子が言った。
「なぁ?あの子の身体気にならない?」
メガネを掛けた僕に話しかけて来た子が言う。
「うっし!行っちゃう?ウヘヘヘヘッ」
不気味な笑い声を出しながら話す、丸坊主の子が言う。
そして全員僕には向かっていやらしいクネクネと指を動かしてこっちに近づいて来た。
やっぱりこんな時、自分が喧嘩の強い人間だったら…。昔と変わらない…。
男子達に暴力で虐められて来た事を思い出してしまった。思わず恐怖心に襲われる。
身体中から尋常に溢れ出る汗を、僕は全身に浴びる。
嫌だ!もう嫌だ!また嫌な過去を思い出したくない!同じ目に遭いたくない…
誰か!誰か!
心の底から助けを祈る。その時だった。
「……なぁ、てめぇら……」
どこかで聞いた事ある女の声が聞こえる。声のする方に顔を向けた。
スタッ、スタッ、スタッ、とこっちに歩いてくる誰か。
「……誰だ?」
「また女だ!」
「しかも、またキャワイ子ちゃんじゃねぇか」
「いいねぇ!俺達今日はついてるなぁ。あの子の分の財布もパクっちまおうぜ!」
「………面白ぇ事してんなぁ?」
ポケットに両手を入れて、鞄を背負いながらこちらに向かってくる女の子…。
黒髪ロングで、風が靡くと綺麗な素肌から光の粒子が吹いてくるような容姿に、僕と同じ学校の制服で女子用の服を着ている高校生。
そして、細長い脚に短い丈の学生スカートが風によってひらひらと靡いては中身が見えそうなギリギリのラインを攻めている。
「うわぁ!なんだこの女子高生。セクシー!」
「不良少女とかコギャル系みたいじゃね?」
「こっちの方がタイプだぜ、俺」
男子生徒達の話に聞く耳持たずのまま、こちらに歩いてくる。その高校生は…
『絢芽ちゃん…』
「ねぇ、彼女?一人?」
チャラそうな生徒が話しかけに行く。
「……ウチの学校の奴じゃねぇか…」
「同じ学校なんだぁ。ねぇ?ねぇ?俺達のやってる事バラす気?だったらさぁ…」
絢芽ちゃんの肩に手を置いて脅しかけた。
「君も同じ目に遭わせるけどいい?」
「………」
「嫌でも、見られちゃったもんは仕方ねぇ…」
そして、僕から離れて行く残り三人。絢芽ちゃんを四人で囲い込んだ。
もう逃げ場なんてなくなった。絢芽ちゃんは完全に包囲されてしまった。
「なぁ!どうしよっか?ウヘヘヘッ」
坊主頭の生徒が左腕を力強く掴んだ。
目を閉じながら表情を変えずじっとしてる絢芽ちゃん。
チャラそうな生徒が絢芽ちゃんの胸あたりまで手を近づけようとした。
「どけ…」
「嫌だぁ…」
ポッチャリ体型の生徒が絢芽ちゃんに顔を近づけてそう言った?そして右腕を力強く掴んでいる。もう手が出せない状態の絢芽ちゃん。
「絢芽ちゃん!」
僕は叫んだ!次の瞬間だった。
「殺す…!」
いきなり目の前のポッチャリ体型の生徒に向かって、金的を食らわせた。
「うわぁぁぁ!」
情けない声を出していた。そしてその場に跪く。大事な部分を両手で隠しながら横へ倒れた。
「絢芽ちゃん…」
倒れた状態の僕は、その勢いのある蹴りにゾッとした。僕も男だから、目の前であんな恐ろしいな見ちゃったら……
思わず僕の大事な部分もキュッ!と縮こまる。
そしてチャラそうな生徒が触ってた手と絢芽ちゃんの片方の腕を掴んでる生徒の腕を掴み返し、勢いよくクラスさせると、二人の男子生徒同士で顔面衝突する。そして、後ろにいたメガネの生徒に瞬足の後ろ回し蹴りを炸裂させる。
みんな情けない声と表情でその場を倒れた。
だが、坊主の生徒とチャラそうな生徒が立ち上がった。
「てめぇ…何しやがる…」
「つ、強ぇ…化け物かよ」
顔を抑えながら立ち上がると、少しふらついている二人を絢芽ちゃんが尋常ではない獲物を狩る形相で睨んでいる。
「正当防衛って奴だ…」
「くっ!おのれぇ!」
「この女!」
そして鞄を降ろした絢芽ちゃんは、手に力を込めているのが見えた。本気モードなのだろうか?
右手から順番に指の関節を曲げて、ポキポキポキポキポキと、音を鳴らした。反対側も同じような動作をする。
「来い…」
「おらぁ!」
「くたばれぇ!」
二人が一斉に襲いかかってくる。
「絢芽ちゃーーーーん!」
僕は思わず叫んだのだった。
あれから1分は経っただろうか?
見事絢芽ちゃんは全員をノックダウンさせた。
手をパンパンと払う仕草をすると、こっちに近づいてきて、身体の縄を解いてくれた。
「あ、ありがとうございま…」
「ほらよ…」
財布を僕の方に向かって投げ捨てる。僕のやつだ。
絢芽ちゃんは鞄を手に取ると、その場を去って行く。
「あの!どうしてわかったの?ここに僕がいるって事」
「たまたまだ。買い物でこっち向かってたら変な笑い声が聞こえたから。気になって来たら、お前が見えた。やばそうだったから助けてやった。以上だ」
「あ、あの!」
絢芽ちゃんはこっちを向いてくれた。
「助けてくれてありがとう!」
「…おう。次からは鍛えとけ!」
僕は絢芽ちゃんの背中が格好良く見えた。やっぱり絢芽ちゃんは僕にとって憧れの存在だ。だから僕も自分に出来る事を精一杯やって、絢芽ちゃんともっと仲良くなろうと決めたのだった。
こうして絢芽ちゃんの手で四人の誘拐した生徒達から助けられた。
そして絢芽ちゃんはそのまま四人の財布から抜き取った五千円を四枚、計二万円を手に取って去って行くのだった。
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