不良少女とリスペクト

 朝、椿君に呼び出された俺。廊下で対面し合いながら絢芽との距離を少しでも縮めたいらしく、一番仲のいいのが俺という事もあって呼び出される。


 周りの男子からめっちゃ見られる!恐らく俺が絢芽さんと一緒にいる事が多いために、俺の事を悪く思うイメージが広がっている。からではなく、この椿君だ。椿君にみんな魅了されている。恐らく椿君を、殆どの男子達は異性と勘違いしているのであろう。知っている人は知っているが、椿君は…男である。

 しかし、知らない男子から見たら完全に女と間違われる。でも制服姿でみんな理解できるだろう。

 椿君は、彼は男だ!知らない男子生徒諸君!騙されるな!

 

 「…ここだとやっぱりみんなに見られる…」


 なんだ?そんなモジモジしながら上目遣いで俺を見て。誘っているのか?いや、やめろ!

 

 彼を見て、女子生徒と見られてしまう原因は、その小柄な体型と顔と声。これだけのパーツで完全に女子と見間違えてしまう。ただ制服を男子生徒のを着用したところで、ただのコスプレと間違われる事だろう。

 

 男子生徒達は、椿君の姿を眺めながら通り過ぎていく。


 「みんな見ている人達とは知り合い?」


 「ううん。知らない人…。だって、僕の事知ってる人は男だって認知してるから、ジロジロと見たりしないよ」


 「そうか。椿君も大変だねぇ」


 「うん。僕中学の時女の子だと勘違いされて、男だってみんなに認知された時はみんな引いてた…。そこから同性の友達とか出来なくなってたんだ」


 相手が自分の事を魅力的だと思われ、真実を話すと、周りから人が居なくなっていった…か。どこか絢芽と似ている…


「可哀想…」


 「えっ?」


 「いや、椿君は今その過去を一人で背負い込んでいる。それでずっと悩んでいたんだって思うと、なんだか可哀想だなって…。絢芽と同じなんだ…」


 「え!絢芽ちゃんと僕って似た者同士って事!」


 何故か喜び始めた椿君。


 悲しい意味で似た者同士だ。また、俺が絢芽をなんとかしてあげたように、彼の力にでもなれたら。


 「それで?話って?」


 「うん…僕ね、絢芽ちゃんにずっと憧れているんだ。女の子であんなに強くて格好良くいられるのが、男らしくて…。なんだか羨ましいんだ」


 「あぁ…。絢芽は見た目は女で、中身は男。椿君は見た目は女で、中身は女」


 「ちょっと!僕男だってば!」


 「あぁ、ごめん!ええと、見た目は女で中身は男…」


 「だから!僕は男!見た目も中身も男だよ!」


 「見た目ねぇ……」


 制服だけじゃ男と判断できても、その容姿が女っぽいから間違われるのも無理はない。

 いっそ本当に男であるという証拠をはっきりさせるためには…


「よし!脱いで!」


 「なんで!?意味わからないよ!」


 困ったなぁ。正直自分も本当に椿君が男なのかっていう事に疑問を抱いている。初めて会った昨日だって、絢芽と誰か別の女の子といちゃいちゃと楽しんでいる様子が見えたから、俺はてっきり絢芽は同性からは嫌われていないんだと勘違いした。だけど、昨日の一連で今でも信じられないのが、椿君が男だという事。

 リアルな『男の娘』と言ってもいいくらいの人に初めて出会った。ラブコメライトノベルの世界にならそういうキャラはいっぱいいる。

 だが、目の前の人物が二次元ではなくリアルなのは、自分が現実とこれまで真剣に向き合って来ずに本の世界に入りたいという願いが叶った事で、何か錯覚しているのではないだろうかと勘違いしてしまう始末。末期か?俺。


 「と、とにかく、僕は絢芽ちゃんともっと仲良くしたいんだ。だから手伝ってよ…。章悟くぅん……」


 いや、なんか最後乙女チックになってんぞ!メロメロビームみたいなの出してんのか!?これは現実か?幻か?

 ………よし!俺は確かめてやる!


 『パチンッ!』


 俺は自分の顔面をビンタしては、殴って確かめる。更には頬を抓っては、頭突きで、壁に何度もヘッドショットを自分に食らわせる。


 「ど、どうしたの!章悟君!!」


 「……いや、大丈夫…」


 そして俺は椿君の方に振り向く。


 「ここは現実だ!」


 「章悟君!!血が出てるよ!」


 こっちに駆け寄ってくる椿君は、ハンカチを取り出す。


 「だ、大丈夫?頭?」


 「あぁ…それ、どっちの意味で?」


 「え?どっちって?」


 「いや、頭の中か外どっちって事」


 「えっと……わからないけど、両方?」


 この人、天然かましてきてさらっと疑問げに酷い答えを!まぁ、今の自分も頭の中も外も大丈夫じゃないのは理解している。


 俺は、ハンカチを自分で持っていたので、自分のやつで拭いた。


 「と、取り敢えず保健室に行く?」


 「いや、俺一人で行く。絢芽の件はとにかく分かったから。俺も出来るだけ力になってあげたい。一応なんとか説得しておくから、またなんかあったら言うよ」


 「うん!ありがとう!一応、この機会に連絡先教えて」


 「おお!そうだな…」


 連絡先を交換し合うと、新しい友達リストに『☆TUBAKI☆』と言うネームの文字が出てきた。


 ……いかにもキャピキャピ系女子が付けそうなネーム!


 俺は登録完了すると、念の為返事をしてみる事に。


 「えーと?椿君のは…」


 ………アイコン…。もしかしてこれ?

 

 恐らく友達か知り合いと撮ったプリクラ写真の切り抜きで、自分の部分をアップしているアイコンだった。

 猫耳サインにキラキラの模様が降り注いでいる。そこに自分の顔を、ピンク色のハートマークで囲ってある写真である。


 ……女やん……やってる事。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 保健室に取り敢えず向かった。

 

 「あー痛てててっ。朝から頭を連打するなんてバカな事するんじゃなかった」


 そして、保健室に入った。


 失礼しまーすと言いながらドアを開ける。


 目の前のカーテンが閉めてあるベッドに、誰かがいるシルエットが見えた。


 「……誰だ?」


 ドアを閉めて、先生を呼ぶ事にした。


 「あのー、誰かいませんか?」


 目の前のベッドのカーテンが開いた。


 「符津野!」


 「え?絢芽!何しに来てんの?」


 「!?。符津野!なんだその頭!あざになってるじゃねぇか!大丈夫か?どこな連中だ?どんな奴に殴られたか言ってみろ!」


 凄く驚いている。何か悪い連中に朝絡まれたと勘違いしているようだ。


 「あっ……俺です」


 「…へ?」


 カクカクシカジカとさっきまでの事を伝えた。


 「はぁ…、バカかよ。頭おかしいんじゃねぇの?」


 「うん。おかしくなかったらこんな事なってない」


 「全くよ…実はアタシ、この前男のストーカーに遭ったって話したろ?その時に相手が凶器持ってたんだけどよ、その時左腕やっちゃってたから前にここで手当してもらってたんだよ」


 「え?そうだったの?」


 でも、一緒にファーストフード店行ってた時には何もなかった気が…。


 「ほら…これ」


 半袖の裾を軽く捲った絢芽。丁度肩が見えそうなところに何かしら手当されていた。

 肩に近いからそこまで見えなかったから気づかなかったんだ。


 「えぇぇ!だ、大丈夫?」


 「まぁな。ちょっと殴られて、肩上げるのが痛いけど。まぁ、大した事ねぇよ」


 「いやいや、だから危険だって言ったのに…。やっぱり不審者には無闇やたらに近寄ったりしちゃだめだよ」


 「あぁ、次から気をつけるわ。つーか、お前のやつ相当だなぁ。自分で打ち付けるのにここまでやるとか正気じゃねぇぞ」


 喧嘩経験者からそんな事言われたら、相当ヤバいんだろうな。


 「ごめん…。俺も正気じゃなかったと思う。あの時」


 先生は今ここを開けているため手当ができないらしく、絢芽はある程度なら手当できるらしいので、処置してもらった。


 「ほらよ!もう次からはすんなよ」


 「ありがとう。それより、さっき軽く伝えたんだけど、椿君の件」


 「あの野郎もしつけぇなぁ。無理なもんは無理だ。大体、アイツには根性が足りねぇ。最初に見た時からわかる。男女関係なく、あの野郎はもっと自分を磨いて出直さねぇといけないな。人間性格なんてすぐには変えられねぇから。アタシも苦労したし」


 「絢芽も昔からヤンチャだった訳じゃないんだ」


 「当たり前だ。アタシは『青龍組』に入る前なんて普通の女の子だった。自分でも大分変わったと思ってるよ。でもアタシはまだまだガキの時から、運動も得意だったし。武道もやってたってのもある。だから多少喧嘩とか慣れていたのかもしれない」


 「へぇ。武道って何を?」


 「空手だ。大した階級じゃなかったけど、小三から小六の頃までやってた」


 だから基本がしっかり存在する絢芽は、喧嘩でも強かったって事か。じゃあ、椿君はそういうのやってなかったとなると、その時点で大分差があるなぁ。


 「まぁそんな事より、椿に言っといてくんね?アタシはお前を強くさせる気はないって」


 「そう…。俺は、あの子の力になってやりたいなって思うんだよ」


 道具をしまい終わった絢芽が俺の横に座ってくる。


 「なんでだよ」


 「なんだかんだで、あの子も絢芽と同じな所がある。自分の本当の事を知られたら周りから誰も居なくなった。孤独に陥った。自分からなった訳ではないのに。だから、あの子って絢芽に憧れるのも、そういう似たような事があって、絢芽の事を偉く信頼しているのかもなって思ってさ」


 「……まぁ、そうだな…」


 脚を組んで話を聞いている絢芽。

 俺は、絢芽になんとか椿君の力になってもらいたい。絢芽も辛かっただろうから。その分あの子の事も理解できるだろうし。


 「お前はお人好しすぎだ…符津野。甘いぞ。他人を誰でも無性に助けていいわけじゃねぇ。確かにお前に助けてもらってばかりで、お前のあの子を思う気持ちも手伝ってやりたいって少しばかりあるがなぁ、まずアタシは教えられる知識なんて持ち合わせてなんかねぇ。だから助けたくても分からねぇんだよなぁ。アイツを強くさせる方法なんて」


 絢芽はその場を立ち去って保健室を出ると、俺は時計を見た。モーニングタイムまで後もう少しだ。

 俺もその場を離れるが、椿君の事を思うと何もしてあげられない自分が情けなく感じる。

 結局、二人を仲良く距離を縮める事は出来なかった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 お昼休みになって、俺は絢芽の所に向かう事になった。今日は、久しぶりに絢芽と昼を共にすると約束していた事を認知していた。

 絢芽の教室に向かって行くと、外で椿と絢芽が会話したいた。


 なんだ。仲良くなったのか。


 俺は少し安心しながら、二人の元へ向かう。

   

 「二人共!何してんの?」


 「あっ、符津野。なぁ、こいつどうにか説得してくんねぇか?」


 「僕、本気なんですよ!」


 「…どうした?」


 結局、外の体育館の入り口前に向かう事になった。


 「僕、さっきも言った通りです。なんでもします!お供します!パシリでもなんでも!言うこと聞きますから!」


 「パシリ?」


 「いや、符津野。勘違いするな。こいつがアタシにしつけぇから、なんでもするって自分から言ってきてよ。だからこっちは必死に説得してんだ。そういう問題じゃねぇって」


 「…あの、内容をあんまり理解してないから話について行けてない…。さっきまで何があったの?」


 「じゃあ説明するぞ。まずアタシが昼に符津野と飯を食うってなった時に、コイツが現れた。んで、昨日みたいに絡んできた。弟子だのパシリだの色々と命令聞くからってしつこく着いてきた。無理だって言ってんのに」


 「それでも僕、絢芽ちゃんみたいに強くなりたいんだ…」


 「……んでよ、さっき聞こうとしてたのが、なんでそんなにも喧嘩が強い事に拘るんだって事を聞いてんだ」


 「なるほどねぇ」


 それでさっきの続きを話そうとここまで来たのか。

 それで?なんでそこまでして絢芽に執着するのかは気になる。


 「僕、こんな見た目だからいつも同性の友達がいなくて、キモがられていた。男子達が仲間として見てくれなくて、仕舞いに僕を虐めてきたんだ。でもやり返せなかった。勿論弱い僕のせいだ。どうにかして強くなって、自分が男だって言うのをみんなに見せつけたいんだ。男子達が僕にやってきてたのが、暴力だの力任せで虐めてくる事だった。だから僕も喧嘩とかに強ければ虐められなくなるし、やり返せると思って」


 「………んで?アタシに喧嘩で強くなる方法を教えろって?」


 スカートのポケットに両手を突っ込んで話を聞く絢芽。


 「うん。もっと男らしくありたいから。変わりたいんだ!だから教えてほしいんだよ。絢芽ちゃんみたいに堂々としていられるようになりたいんだ!どうしたら強くなれるか教えてほしい!だからどんなに辛い事でも着いて行くから!僕を仲間にしてよ!弟子にして!」


 まぁ、男らしくありたいっていい事なんじゃない?ずっとコンプレックスだったんだな、自分自身が。それを打破して変わりたいって思うのは、悪い事じゃない。それに強い男になれば、周りからも頼りにされて友達だって増えるだろうし。いい事じゃないか。

 

 だが、絢芽は許さなかった。そんな椿君の想いに憤怒する。


 「………お前…舐めてんな……」


 「……絢芽?」


 「え?どうして?」


 絢芽は急に椿君の胸ぐらに掴み掛かる。


 「……絢芽ちゃん…なんで…」


 「お前…完全に私利私欲の為に強くなりたいって考えだろうが…。と似てんだよなぁ、お前の考え…」


 「アイツら…って?」


 椿君がそう返すと、更に睨みを強化してきた。


 「絢芽、少し落ち着いて!」


 「喧嘩とか強くなったら何も怖いものなんてなくなる。自分が偉いと周りに知らしめる事ができる。だから何をやっても大丈夫。そんな考えなんだろ?お前」


 「絢芽ちゃん!?」


 「言っとくぞ。アタシはお前みたいに自分の強さを見せつけたいから喧嘩をやってたわけじゃねぇんだよ!お前みたいな安っぽい男の思考な連中がアタシらにとってどれだけイライラするか。アタシはそこら辺の弱小チンピラ共みてぇに、不良が格好いいから粋がって成り上がっていくような連中らと違えんだよ!」


 「絢芽…」


 俺の声に耳を傾けない絢芽だった。


 「お前みたいな奴に何かアドバイス出来る事があっても誰が教えるかよ!アタシにも色々と過去があんだよ!そう簡単な事じゃねぇんだよ!憧れとか馴れ合いとかそんなんじゃねぇんだ!そんなごっこ遊びなら他でやれや!」


 俺はあまりにも大声で怒鳴る絢芽を落ち着かせたかった。


 「みんなに見せつけてやりてぇだと?男だって証明してぇから喧嘩教えろだと?完全にクソガキの考えじゃねぇか!てめぇみたいな考えの脳味噌空っぽ野郎がいるから、そんな力とかに頼って自分の方が偉いと勘違いするアホが問題行為を起こして、周りに迷惑をかける若者が出るんだよ!そんなもん考える前に自分を磨いてから出直して来いや!」


 「絢芽!もういいだろ!」


 俺の声がやっと届いたのか、怒鳴るのをやめた。そして椿君から掴んだ胸ぐらを離して、頭を抑え出す。


 「…あぁぁぁ……悪い符津野…」


 足元がややふらついている。

 そして何も言わずに教室の方に向かって行く絢芽を俺は眺める事しか出来なかった。


 「……ご、ごめんなさい…絢芽ちゃん……」


 凄く怯えながらも絢芽に謝る椿君。身体が震えている。小さく縮こまりながら震えを止めようと必死になっている。


 「だ、大丈夫?椿君」


 「………大丈夫…じゃない………」


 身体に触れると小刻み震えているのが伝わった。

 あんなに憤怒する絢芽を始めて見た。

 結局椿君の力にもなれず、絢芽も説得出来ずに悪化させてしまったのだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 『不良少女とリスペクト』を読んでくださりありがとうございます。

 紫獅蔵絢芽のサイドストーリーの続きが出来ましたので、そちらも読んで見てください。


 




 

 

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