不良少女と過去

 今日は朝から雨だ。大雨程ではないが、雨だ。

 何故か灰色に広がる雨空を観ると、気分が落ち込んでしまうのだろうか。まぁ、雨の日にテンション高く舞い上がってるのって、いつでも能天気な小学生くらいだろう。


 「行ってきまーす」


 食事を済ませた後、見送ってくれる母親に挨拶を交わし、昔から愛用してる傘を玄関先で開く。

 天気予報では『雨のち晴れ。夕方頃には雨は止むでしょう』との事。テレビのニュース、ラジオ、そして愛用スマートフォンの天気情報アプリでも同じ事を言っている。ならば、今日帰るまでずっと雨なのか。


 「梅雨は終わったと思ったんだけどなぁ」


 梅雨の雨は一年後になりそうだ。この雨は無関係だ。

 まぁここ最近梅雨明けでかなり気温がグッと上がって来ているのが肌でわかる。段々と薄く汗が出てきて、肌がジメジメしてくる気持ち悪いアレだ。今年は梅雨が早かった事もあり、六月後半になってから中途半端に襲いかかる熱帯。これが嫌だ。そして今日の雨で気温がやや下がった気がした。


 俺の傘はちょっと強風が来たら終わり。カバーが外れて骨組みだけになってしまう程ボロボロの傘である。金具の部分もだいぶ錆つきが目立つ。


 「よっ!符津野!」


 じっと透明ビニール傘の中から、不安げな色合いの空を見上げていると、誰かがまた後ろから呼んでいる。だが、もう声だけでわかる。この声は!


 「おはよう。絢芽さん」


 やっぱり絢芽さんだ。振り返ると、雨の中俺の方に向かって歩いてくる絢芽さんがいた。格好はというと…。

 今回は青いスカジャンではなく、別のジャケットを着てた。だがカラーは青だ。

 

 「おはよう!いやー、今日はあいにくの雨だなぁ。今日は男女合同で、体育は中でマット運動やらそんなんだろうな」


 「絢芽さん、今日体育あるんですね。あっ、そういえば聞いたよ。絢芽さんめちゃくちゃ運動神経抜群だって事」


 俺は知っている。隣の絢芽さん、めちゃくちゃ運動神経いい事を。そして、特に女子の中で一番輝いているらしい。


 グラウンドがあまりにも広いため、男女で分けて使うのだが、向こうがソフトボールをやってても、ホームラン級のバッティングをしても全然こっちには支障が出ない程広い。

だが、そんな広いグラウンドでも、彼女の打つ球はこちらの方に飛んできて、女子が疲れながら取りに帰る程らしい。


 「中学の時、何か部活動入ってたの?」


 「え?あっ、あぁ…。けど、すぐ辞めた。あんま面白くなかったから」


 「そうなんだ。俺、見てみたかったなぁ。絢芽さんの部活姿」


 「まぁ大した事してねぇよ」


 「いやぁ、なんかこう、俺に絡んできた4人組の連中をあっさりと蹴散らして片付けてたから、どんな部活やってたのかなぁ?って思って。それで?部活はなんだったの?」


 「えっ?ま、まぁ、あれだ!空手?


 「みたいな?」


 何か話したくなさそうだ。だから話題はその後、『そうだったんだ』で終わった。


 でもやっぱり、普段通りの絢芽さんになって楽になったみたいだ。君呼びなどせず、いつも通りの『符津野』で呼ぶ。更には髪もいつもと同じ。スカート丈やら、金属製の輪っかのような物も手首につけている。

 こっちの方の絢芽さんは、本人らしさがあっていいと思う。

 今回はまた別のジャケット。これもなんだか絢芽さんのクールさを更に際立たせている。なかなか悪くない。


 「絢芽さん、そういえば今日はあのスカジャンじゃないですね」


 「いや、アレは雨の日に着ると手入れが後からめんどい。だから今日はコレにした。ぶっちゃけあのスカジャン、ちょっと高かったんだよ。手入れもその分随分と手間がかかるもんでよ。夏なんて、アタシの家かなり狭いからちょっと衣類が増えただけで、収納に手間が掛かる。だから最近DIY系統の服掛けとか欲しいんだよなぁ」


 そんな会話を雨が降る中、傘と傘が何度もぶつかり合いながらも続いた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 雨が止む事はない。それもその筈。本日の雨の予報だと、丁度、下校の時間に止むという予想らしいから。まだお昼だ。あくまでも天気予報だがひゃっさ百発百中その通りになるというわけではないが、少なくとも今から止むなんて事はないだろう。


 俺の昼ご飯は、購買で購入したパン2つと牛乳。今日はコンビニに寄らずにそのまま学校に来てしまったので、昼になったら即買いした。


 「あれ?今日のメシなんか質素じゃね?符津野」


 「あぁ、コンビニで購入するの忘れたからな」


 「ふーん。あっ、そういえばさ、絢芽ちゃんとはどんな感じなんよ!」


 少しにやけ顔をこちらに近づけてくる。


 どんな感じって…。昨日、いきなり告白されて、お互い恋人になったって感じ…、だな。でもまだ距離感が全然近づいてなくて、俺も絢芽さんとはまだ出会ったばかりだ。

 そもそも、存在を認知したのも今週になってからだし。


 「うん。以前と同じかな?」


 恋人というのがなんか恥ずかしく、言えなかった。絢芽さんはこういうのは平気なんだろうけど、俺が言えない。

 やっぱ俺ヘタレなんだなぁ。陽太みたいに堂々とモテモテ宣言出来る男ではないから、経験が浅いからか、本当の事が何故か隠してしまう。


 「へぇー。いいじゃん。この前も一緒に帰っちゃってイチャイチャしてたのか?」


 「いや、アレはお前が急に一人で帰って、その状況を作らせたんだろ。まぁ、でもよかったがな」


 「おっ!なら尚更いいじゃねぇか。俺も二人が仲良いのが続いて嬉しいわ。学年内で不良っていう事でかなりイメージは悪く思われるが、そんなのとは裏腹にオス共に注目を浴びる『絢芽』ちゃんと、お前。そしてその親しい友達である『俺』!!これは皆から注目を浴びて…」


 「それで自分も自慢出来るって?」


 「ヘヘッ。まぁ、そんな感じよ。俺の株も少しは上がって、他のオス共と格の違いを見せつけられる」


 コイツは俺達の関係に漬け込んでそんな事を。まぁ、この前は絢芽さんと一緒に帰る時間を作ってくれた事には感謝している。だから何か企んでても許せる。


 パンを食べ終わると、包装パッケージの中に、飲み終わった小さめサイズの紙パック牛乳を入れてまとめて捨てる。確かに陽太の言う通り質素だった。だが、たまにはこんな事もあるだろう、と受け流す。


 「それにしても、今日ずっと雨じゃね?」


 「あぁ、今日は下校時まで雨らしいからな」


 「はぁ?ウザッ。今日バイト面倒くせぇなぁ」


 なんだかんだ愚痴をこぼしつつ、お互い灰色の景色に染まった空を見上げる。


 「まぁ、今日は体育がないから別にいいけどな」


 陽太も、絢芽さんと同じく運動神経抜群。アクロバティックな動きで街中を駆け巡る、フリー何とかって言うのを中学の時に、下校時に友達とやっていたらしい。


 そういえば、絢芽さんもそのフリー何とかっていうのは出来るのだろうか?少し気になった。

 俺は実際に、陽太に動画で見せてもらった事があった。最初見た時は、どこかテレビ番組で見た事あるようなやつだった。

 余程怖いもの知らずで運動神経が『バカ』がつく程うまくないと出来ない事だったから。そして当然俺には無理だ。


 「隣のクラスは体育らしいけど」


 俺は、今日絢芽さんに教えてもらった情報を陽太に伝える。


 「へぇー、いいなぁ。楽しそうじゃん。絢芽ちゃんとこのクラスだよな?」


 「そうだな。っていうかそれしかなくないか?うちクラスが二つしかないんだから」


 すると、陽太が急に前を向いた。


 「なぁ、絢芽ちゃんの事聞いてるか?」


 「え?なんかあったの?」


 「あぁ、いや俺もよく分かんなぇんだけど、なんか女子達がお前に対して、絢芽さんの話をすると引いたりするじゃん?」


 あぁ、そんな事あったなぁ。彼女と一緒に登校した時だった。後一昨日も一緒に登校した。この二回で女子達の距離感が離れている気がしていた。そして、今日も同じ目にあった。そして、陽太もそれに気がついているらしい。


 「あぁ、そういえばなんか絢芽さんと登校してくるとやたらと俺達の事を見てきて、まるでゴミを見ているような目線を感じる時あったわ」


 「あぁ、それそれ。って、俺は違うぞ!お前だよ、お前!それなんだけどさ…」


 え?俺だけ?まぁ、俺と絢芽さんとの件で被害に遭っているというのはなんとなく察する事が出来る。一体なんなんのだ?

 

 陽太が続きを話そうとした時だった。あの目線、ゴミを見ている目線が、辺りから伝わってくる。

 何故なのか?しかも嫉妬している男子ではなく、絢芽さんと同性の生徒達というのも疑問だ。


 「お、おい。なんかまた見られてるぞ…」


 二人で教室を見渡すと、やはり女子達全員と言ってもいいだろう。こちらに視線を向けている。


 「あっ、こ、この話はここでは無理だな」


 するとしばらくその場には、謎の沈黙と雨の影響なのか分からないが、謎の涼しい空気が漂う。更に曇り空に相まって、雰囲気もシリアス感が増したように感じる。

 

 しばらく沈黙が続き、チャイムが鳴った。


 「ま、またこの話は後でな」


 そして、陽太も荷物を纏めて次の授業の準備に掛かった。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 放課後。俺の連絡アプリに絢芽さんからメッセージが来てた。


 絢芽:『悪いけど、今日も残らないといけないらしいから、今日は一緒に帰れない』


そうなのか。今日は一緒に帰れないのか。

 俺は『了解』と返信を返す。


 教室を出る時、後ろから女子に声を掛けられる。


 「符津野君。今から帰るよね?」


 なかなか異性と会話を交わす事のなかった俺に話しかけてきたのは、肩まで伸びた茶髪に、黒のヘアピンを付けた小顔の女子。名前は知らん。いきなりなんの用だ?


 「うん、帰るけど」


 「ちょっといい?」


 ここでは話せない事なのか?


 「わざわざ呼び出す程の話じゃないならここで話そう。簡単に済ませられるのならお互いの為じゃないか?」


 「うん…。でも一応ここじゃなくて、玄関までならどう?どうせ帰るのならそこでは話せるかも…」


 別にそれでもいいのならそうする。

 階段まで向かおうとした時だった。またゾロゾロとクラスの数人の女子がこっちに来た。

 ショートヘアの女の子に、黒髪ロングでサイドテールなんて言う目様らしい髪の子に、またショートヘアで気の強そうな女子だった。

 なんか一瞬だけハーレム気分になってる気がした。でも、内容はそんな事とは裏腹にシリアスな話になりそうだ。


 「ちょっ!話すの?絢芽ちゃんの事!」


 「一応情報交換だけでも」


 「待って!じゃあここで聞ける質問だけしておこうよ」


 一体何なのだ?絢芽さんに関わる事か?


 「符津野。アンタ知ってんの?絢芽の過去」


 「え?過去?なんかあったの?」


 「知らないらしいね」


 過去?知る訳ないよ。だって絢芽さんと交流を深めたのはここ最近だぞ。なんの情報も知らないまま恋人って事になってるんだが。


 「なんで不良みたいな格好してるか。それも知らないの?」


 「なんでかは分からないなぁ。何?何か俺と関係あるの?」


 「わかった、全部話すよ。一応ウチらにも関わってくる事だし」


 そう言って俺を出入り口玄関まで送る。

 

 


 


 


 

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