符津野と決心
目の前には4人の単価なチンピラ共が、いかにも喧嘩など出来なさそうな一人の男子生徒に絡んでいるのが見えた。
その男子生徒…アタシと同じ行き帰りの道でよく見かける、しかもアタシと同い年の同級生。そして…迷いに焦っていた人生、孤独、これから先の事への絶望感。これらのアタシの人生を希望のある未来へ導いてくれた大切な存在。そんな同級生を放っておかなかった。
アタシはその同級生に胸ぐらを掴んでいる男の元へ駆け寄った。そして空いている手を勢いよく抑え、内からなる怒りと正義感を全てアタシの右手に込めながら、手首を粉砕する程の力で握る。
「おい!いい度胸してんな!てめぇら」
「イテテテテ!おい、なんだよこの女」
「アタシの大事な奴に恐喝なんかしてんじゃねぇぞ…」
そして、しばらく握っていた手を瞬時に離し、ボディブローを瞬時に決め込む。
弱すぎ…。話にならねぇ。一丁前にデカい態度取ってた割にはこの程度かよ。大した事ねぇな。
そしてアタシは、一発蹴り技を食らわせた。意外にもデカい身体の割に勢いよく前へ飛んでいったから、ぬいぐるみかと思った。そのガタイだけいいチンピラは、アタシが守りたい同級生の後ろへと吹き飛ばされる。同級生が唖然としている。
「な、なんだよコイツ…」
後ろで何か言ってるのが聞こえる。振り返ると二人はニヤニヤとコチラを見ているが、もう一人はヘタレのようだ。
アタシはヘタレな男はほっといて、残り二人に問う。
「んで?お前らは?」
「お嬢ちゃん。やるねぇ!」
「……用がないなら、さっさと散れ!」
「用がない?んな訳ねぇだろ?仲間がやられたんだぜ?」
仲間?こんな安っぽいチンピラを仲間と呼んでいるのか?ならコイツらもその程度だな。
「悪いけど俺達、女だからって手を出さねぇ事ねぇから」
向こう側はやるかのようだな。ならこっちも、殺ってやるよ。容赦なく。
ついでにさっきまで後ろでチキってた奴もこの場のノリで睨んできやがった。
「じゃあ、アンタ達も同じ目に遭わせても言い訳ね?」
「勿論俺らは抵抗するでぇぇぇぇ」
言ったな?上等じゃねぇか!
「拳で」
なら、こちらも同じ手段で潰してやるよ。
向こうから先に殴りかかって来る。だが、なんだかさっきの奴と比べて喧嘩慣れしているのだろうか?構え方がどことなく慣れている気がする。
「危ない!」
後ろから同級生が叫んだ。だが、スピードに関しては軽く避けられる。アタシの喧嘩を舐めんじゃねぇ!
相手の拳を余裕で受け止める。
「ヴォッ!」
今度はアタシの拳が炸裂したな。顔面ど真ん中、ど直球。ストレートパンチ!一発で仕留めた。お次はもう一人の喧嘩売って来た奴。コイツも同じくらい喧嘩慣れしてそうだ。だが大した事なかった。
「ヴグッ!」
蹴りを一発お見舞いしてやった。さて、残りは…
「じょ、冗談だって!俺はコイツらと違って喧嘩なんてしないからさ」
やっぱり喧嘩慣れしてたのか、さっきの二人。それにしても弱い…。一発殴って、一発蹴って終わりって…。そんなもの喧嘩とは言わねぇんだよ。
「さっきまでの威勢はどうした?仲間がやられてまってんだぞ?掛かってこいよ。オラッ」
「いやいやいや、し、失礼しましたぁぁぁ」
ヘタレな奴は最後までヘタレだった。ダッセェな。
「大丈夫かよ?」
アタシは絡まれていた同級生に声を掛ける。
「あ、大丈夫です。ありがとうございました」
ありがとう、か…。ここ最近そんな言葉言われた事ない。アタシは嬉しかった。目の前の大切な人を守れたと言うアタシなりの使命を果たせて。
「あ、アタシは別に…大した事」
凄いですねと後から付け足してくる。アタシはただ、お前にほんの少しの恩返しをしただけだ。礼を言わなきゃいけないのは、アタシの方だから。
「こっちこそ…ありがとな」
「え?」
向こうが疑問を投げかける返事をして来た。アタシは、少し言葉を発するのに戸惑ったが、軽く本人に伝わらないであろう声で言ってみた。
「………符津野」
言ってみたが、やはり聞こえてない様子。それがわかった後、その場を去る事にした。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
アタシは今日決心した!アイツに告白する!アタシの大切な同級生『符津野』に!
支度をさっさと済ませると、アタシは早めに学校に向かう。こんなに早くに出る事なんて、この人生の中で一度もなかった。
早起きは三文の徳などという言葉があり、その通りなのかもしれない。いつも朝は時間ギリギリまで寝てるのに、なんだか今日は早起きの影響か体調が清々しい。そして、なんだかんだドタバタせずに済む。
最初の頃とか、やたら遅刻でセンコーに怒られる事も多けりゃ、サボってたら家に連絡来るから面倒だった。だが、もうそんな事しなくてもいい。アタシを少しずつ変えてくれた奴がいるから。
「今日絶対に言う!今日絶対に言う!今日絶対に!って…」
いつも着ているスカジャンを着てなかった。アタシはアレがなきゃ落ち着かない。アレはアタシの中の制服なのだから。来ていなきゃ学校アタシのルールに反する。
スカジャンを玄関出る前に来ていないことに気づいたのでさっさと取りに行く。そして慣れたスピードで着用。そして、一応鏡でチェック。
「うっし!これで大丈夫か!」
さっさと家を出て鍵を閉める。学校指定の鞄の中に鍵を閉まって、先程のように『今日絶対に言う!』を復唱した。
学校の門の入り口に、たまにセンコーが朝のなんとかチェックの為に立っている事があるが、そういう時は絡まれるとめんどくさいので、裏から黙って入る事が多い。しかし、今日はいない。いや、今日もいないか。
「おはようございます!紫獅蔵様!」
「おう…」
「あっ、紫獅蔵さん!おはよう」
「おう…」
「紫獅蔵さん。ご機嫌用」
「おう…」
皆、個性豊かな男子共がアタシに挨拶を交わしてくる。こうして挨拶をしてきてくれるのは男くらいだ。あとは、アタシが不良だって事に全然ビビったりしない女子とか。
まぁ、不良もどきみたいな奴は上級生に数人いるが、誰も顔見ても知らねぇ連中ばっかり。だから挨拶しても同じように返す。
「符津野、アイツのクラスのツレとかどっかにいねぇかなぁ」
するとアタシの視界に入り込んで来たのは、一人の男子同級生だった。そいつは髪をハリネズミのように尖らせた、背の高い男子。よく符津野と絡んでいるダチな気がする。彼の元へ急いで向かった。
靴を履き替え、隣のクラスに入っていった符津野のツレの元に近づく。まだ教室に入る前だった。
「なぁ?」
「お!絢芽ちゃん?だよね。どうしたんだい?何かお困り事?もし俺で良ければ貴方の護衛から雑用まで何でも致します故」
正直、男子はだいたいこういうお姫様様的な目で見てくる奴が多いが、流石にこういうナルシスト系は腹が立つ。が、今はコイツに用はない。
「符津野って奴、来てねぇか?」
「え?符津野?」
そう言って中を見渡してくれた。
「あぁ…まだ来てないなぁ。まぁ、いつもアイツ遅いし。もうすぐ来るんじゃない?」
「あっ、そうか」
いないのかよ。今すぐ話したい気分だからなんだか少しばかり緊張してきた。
「じゃあまた後で話があるって言ってくんないか?」
「うん。わかったよ」
そう言ってアタシはその場を後にする。
自分の教室のドアを開くと、アタシの事を待ってた生徒が数人いた。アタシの机の前で何やら会話している。
「あっ!アヤっちー。おっはよー!」
「よぉ!絢芽!なぁ?昨日アンタ不良やっつけたんだって?」
アタシはドアを閉める。
「えぇ?誰から聞いたんだよそれ」
「昨日隣のクラスの男子で『符津野』って人いるじゃん!なんか友達と話したんだって。昨日の出来事」
「そしたら、特徴がなんか絢芽の着てるその服と合ってるから。しかも絢芽前ヤンチャだって言ってたじゃん。だから絶対絢芽じゃん!って思ってさぁ」
アタシの事を不良であると理解してくれた上で仲良くしてくれるダチだ。二人共アタシほどではないが、前まではワルだったらしい。
「あぁ…、アタシだな、それ。広まったのかよ」
アタシの机に着席する。そして鞄を叩きつけるかのように置いた。
アタシにとっては大事な人を守れた事は嬉しかった。だが、この学校は、アタシが中学の頃に『ワル』のチームの一員だったってだけで引かれる。
そのチームは、知ってる人は知っており、巷では『危険な若者が集う組織』、『半グレと同様のワルが集まる若者ギャング集団』と噂が立つ程である。
「センコーにバレたらまたうるせぇんだよなぁ」
「まぁ、先生もアンタのこと少し警戒してるからねぇ」
「別に助けただけなんでしょ?その同級生もなんか色々と『感謝してる』とか、『格好いい女』とか言ってたらしいよ」
こういうのは、知らない野郎なら今すぐつまみ出すのだが、相手はあの符津野。正直、あの場の事を悪く思っていないかどうかが心配だった。もしかしたら嫌われたのではないかと不安になる。
「でも、その反面怖いとか思われてそうだな…」
アタシが机の上に置いた鞄を地面に置いて、ボソッと呟く。
「あっ!あの人じゃない?符津野君って」
アタシはその言葉に廊下の方に目をやる。
「符津野…」
その場を急いで離れ、符津野の元へ向かった。
「え?どうしたのアヤっち!」
「絢芽?」
「ごめん!後で!」
軽く謝ったあと、隣のクラスに向かった。
そしてドアを強く押し開ける。
「いた!」
奥の方の席に符津野がいた。符津野の方にスタスタと近づく。
前に立つと、短髪で細身のある姿。この距離で見てみたら何かしら運動部とかに所属してそうな細マッチョと言える身体なのがわかる。
「符津野だよな?」
「は、はい…そうですが」
アタシはしっかり彼の目を見て訴える。
「なぁ、放課後屋上まで来い!一人でな」
目の前で小刻みに震えているように見える。意外にもヘタレなのか?普通の男子は全員という訳ではないが、アタシの事をその横にいるツレのような振る舞いで接するのだが、符津野はそういうのとは違うらしい。
「え?あっ、はい」
それだけを伝えると『以上だ』と締めくくり、その場を離れる事にした。
一応屋上に来るように伝えた。後は待つだけだ。
−−−−−−−−−−−−−−−
結局、放課後センコーに呼び出しを食らった。昨日の事だ。これから符津野と大事な話しがあるのに。すぐに終わらせると言われたが、もう10分も話している。それで結局、約束よりだいぶ遅刻した。
アタシは急いで、屋上に向かう。廊下は誰もいないから走っても誰ともぶつからなかった。ただ真っ直ぐに向かう。
「全くセンコーの野郎。長ぇって」
ぶつぶつと文句を吐いているのは自覚している。だが、こっちも大事な用事があるのに。
「あっ…符津野」
ようやく着いたと思ったら符津野が何か出入り口の前で立っていた。アタシの声に上からこっちを見下ろす符津野。
「え?もしかして遅刻?」
本当、悪い事させた。でもなんか軽蔑するような目でこっちをみている気がする。アタシだって色々あったんだ!
「うっせえよ。センコーに呼び出しあったから遅れたんだよ!」
連絡先とか交換してないから何もできないし、急ぐしかなかったんだ。許せ、符津野。
そして、符津野が何やらドアが開かないと言っている。そんなものぶち壊していいんじゃね?いかにもスポーツやってそうなのに力もない符津野には無理か。
アタシがドアを蹴飛ばして開けた。ドア全体が取れた訳ではなく、ドアノブを壊してやった。外に出ると、涼しい風を真正面で浴びる。屋上は案外学校内と違って、むさ苦しい空気など漂ってないから気持ちがよかった。
さて、ここからが本題だ。アタシはどうしても問いたかった事が二つある。
・昨日の件でアタシの事どう思っているのか?
・今、付き合っている人はいるのか?
この二つだ。アタシはこの3ヶ月の間で、符津野に恩返しがしたいと思っている。アタシが、こうして学校に行けてるのも、今を過ごせているのも、符津野のおかげである。だから常日頃からどうしても気になっていた。そして、気になりすぎて、気になりすぎて、アタシはいつの間にか符津野に恋愛感情というのができたみたいだ。だから、今日ここで白黒はっきりさせたい!
「あのさ、話って何?」
「昨日の…事」
まずは昨日の件でアタシの事どう思っているのか。あんな喧嘩を間近で見られたのなら、多分怖がっている所もあるだろうから。自分と距離ができたんじゃないかと不安になった。
「あぁ、昨日はありがとう。凄かったよ!まさか絢芽さん、ここの高校の生徒だったなんて全然知らなかったんだ」
帰り道が一緒だったの知らなかったのかよ…。まぁ、殆ど出会う事なんてなかった気がするし。
「みんな絢芽さんの話題で盛り上がってるけど、俺、異性との関わりなんて全然持った事ないから…」
うん!?異性との関わりを持たなかった?って事は…今も!
その話に思わず食いついた。
聞けば、これまでそんな経験はなく、彼女もいなかったらしい。
だが、昨日の件で嫌われてないかがまだわからない。
「あのさ、昨日の事でアタシの事どう思ってる?」
「え?あぁ、助けてくれた件?さっき言った通りだけど。凄いなぁって。いきなり助けてくれて、そしたら女の子だったから。少し心配したんだよ。一人で立ち向かって大丈夫かよって。でも格好良かった。いやー、同い年がこんなに強いだなんて、俺、なんか尊敬する!」
つまり、アタシの事を悪く思ってないって事か?
「そ、そうなのか。それは…ありがとな」
思わず顔を合わせられなかった。
聞きたい事は聞いた。後は!
『アタシはお前が好きだ!』
その気持ちを伝えるだけだ!
こういう告白なんて今までした事ねぇ。大体今までアタシも異性と付き合うなんて事なかったし。異性の告白なんて、キモい奴ばっかりで嫌だった。でも今は違う。アタシが一方的に好きになっている。向こうもアタシの事よく知らないからアタシの気持ちを全部伝えるだけだ!
「その…」
言え!アタシ!
「その…」
ダメだ。真っ直ぐ顔を見れねぇ。緊張で声も出ねぇ。
「その…、つ、付き合ってくれない?」
多分全然声届いてないだろう。その場で軽く息を吸って吐く。
落ち着いて…落ち着け…。『好きだ!付き合ってくれ!』って言うだけだ!それだけ!
「付き合ってくれない…?」
「ごめん…本当に聞こえない」
声が届いてないみたいだ。
段々と符津野がこっちに向かってくる。そのせいでどんどん顔を見れなくなった。
やめろ!バカっ!こっち来るな!こっちは緊張してるんだから自分のタイミングで言わせろって!心臓の鼓動がヤバいから!すげぇ鳴ってるから!
「なんて言ってたんで…」
あぁ!もういい!適当に言ってやる!
「今日!一緒に帰らない?って言ってんだよぉぉぉぉ!」
え?帰る!?いやいやいや、違うぞ!『好きだから付き合ってくれ!』って言いたかっただけなんだよ。
「わかりましたよ。じゃあ一緒に帰りましょう」
え?あっ、うん…。
結局言えずに終わった。いい感じの流れだったのに…。
でも、どこか嬉しい。今まで一緒に帰るなどなかったから。告白はまたいつかやろう。
結局本音を言い出せず、二人で帰る事になった。
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