不良少女と変化
俺は、今日もいつも通りの時間に起床、朝食、支度を済ませる。俺の通う高校は、自宅から徒歩25分前後で辿り着く高校である。チャリ通学でもいいのだが、帰宅の際坂道が多いためしんどい。歩きでも少々疲れるのに、自転車何てもっとかかるのではないだろうか。だから俺は歩いてずっと通い続けている。
後ろから自転車通学で通う生徒達に道を譲る。坂道の所は車幅が広いので、全然間隔には余裕がある。だが、自転車通学の人達はわざわざ向こうから避けたりしない。殆ど徒歩の俺が気づいて避けるのが日常茶飯事。
家から学校までの道にコンビニがある。そこで軽く冷えた飲料水でも買って行くか。どうせ今から真っ直ぐ行ったって全然モーニングタイムには間に合うし。
「おーい!符津野!!」
誰かが俺を後ろから呼んでいる。しかも女の声だ。誰だ?
「符津野!」
後ろを振り向く。
その正体は…え!?絢芽さん!?
俺は思わず目を見開いた。驚いた。その姿は少し変えただけで印象が変わっている!!
「絢芽さん!?え?絢芽さん…だよね?」
その姿は、昨日のスカジャンを着てない女子が着ている同じ制服姿。しかもスカートも丈を元に戻している。更にそれだけじゃない。普段はストレートの長髪であるにも関わらず、本日は後ろで髪を束ねていらっしゃる。
昨日の不良らしい姿の絢芽さんの面影が殆ど見えず、ここまで変わるものなのか。改めて関心してしまう。
「見りゃわかんだろ?アタシじゃん!」
しかし口調は変わってない様だ。あとはそこだけなんだよなぁ。中身はなかなか変えられないのは仕方がないけど。
しかし見違える程綺麗だ。ポージングはいつも通りであるが、昨日俺が伝えた通りだった。やはり絢芽さんはこの方がいい。
「イメチェンしたんだ!いやー!これはたまげたよ」
「まぁな…。符津野に…符津野君に言われた事やってみた。だけど、一日だけの予定だからな!」
「それでもいい!なんか、更に綺麗だね」
「……」
俺はまた気づいた。褒めちぎってしまったと。いや、でも褒めたのは一回くらいじゃないか?と。でもまた気まずい感じにさせちゃった。
「……あっ、うん。……ありがとう…」
「あぁ…その、今から一緒に登校しよっか!せっかくだし」
なんとか話を変えたぞ。少しはマシになるでしょう。
俺と絢芽さんは二人並んで、昨日彼女がはしゃいでいた階段を降りて行く。
「でも、いきなり何で?昨日言われてすぐにイメチェンなんて。しかも、君付けだなんて」
「いや、本当に一日だけのつもりでやってみただけなんだ。昨日のアドバイスを実践してみようって思っただけだ。符津野に…符津野君に言われたやつを。後、君呼ばわりなのは、そういう所も変えてみようかってなってさ」
「いい事じゃない?俺、今の絢芽さんの方が好きですよ。勿論前の時も良かったです。でもこうして、素直に実践してくれている所もいいですね。まぁ、一日だけなのは少し残念な気がするけど」
「アァァアタシだって、こ、こんな格好するのは抵抗あったんだけどよ、でも符津野君はこっちの方が気に入ってくれるって思ってよ」
え?それって俺の為にやってくれているって事?何それ!ちょっと申し訳ない気がする。でもこの姿はずっと眺めていたい。
俺の中の二つの感情が脳内で反発しあってる。でも、彼女の今の姿から少しずつ変わってきているんだという事も考えられる。だからそういう絢芽さんはいいと思う。
こうして、なんだかんだコンビニ寄ったり、犬の散歩している方にご挨拶交わしたりしている間に少し余裕がある時間で学校に辿り着いた。
廊下では俺の横にいる絢芽さんの姿に異性達が、目を疑っている。そして見惚れている。
『紫獅蔵さん!?なんかあったのか?』
『やべー。前にも増して綺麗じゃん!』
『紫獅蔵たん!マジ天使かよ』
注目を浴びていき、モーセの海を切るかの様に前方が混雑していたのを勝手に開いて行く。そして、俺と絢芽さんの二人が通って行く。
「なんだか、照れる」
絢芽さんの可愛らしい所がまた見れた。
「そうだね。でも注目されてるのは絢芽さんだけどね」
「そ、それが少し照れるっつってんだよ」
そしてなんとか俺の教室に辿り着き、絢芽さんと手を振って離れる。
「うぃーっす。今日朝から大変だなぁ…」
「おい!リア充!!さっきの隣のかわい子ちゃん!絢芽ちゃんじゃねぇの!?何で?何で一緒に登校してんの!」
陽太が何やら羨ましそうな眼差しで近づいて来た。遂には胸ぐらまで掴んできやがった。
「いや、絢芽さんは登校する道が同じだったからたまたまで…」
「実に羨ましい!俺この高校でまだ女すら出来てないっていうのに、一足先にあんな別嬪様とイチャイチャしちゃて!」
「別にイチャイチャなんてしてねぇよ!変な事口走るな!」
「でもよ!二人であんなバージンロードのように廊下渡り歩いてたじゃん!あれは男子から見たら憧れの目で見られるのも当然でしょうよ!」
「いや、別にそんな関係じゃねぇって!てか、バージンロードって変な事言うなし!」
俺はさっさと鞄を机の上に置いて、椅子に座った。
なんだか、このクラスの男子には皆羨ましそうに見られている。それは別にどうでもいいんだが、やたら女子達が不安で深刻な表情でこちらを見ているように見える。
「な、なぁ陽太。今日女子達、なんか暗くない?気のせいかな?」
俺が異性と関わってこなかったから普通な事なのかもしれない。でもどうなのかわからない。その為、今まで女子達にモテまくってたと言う陽太先輩に尋ねてみた。
「えぇ?別にいつも通り…うーん、確かに…」
陽太もレーダーが探知したようで、反応を察したみたいだ。俺の思ってた事は当たってたらしい。
「陽太。俺なんかした?」
「さぁ、お前なんか心当たりある?」
「いや、俺みたいなアニメ好きの奴が3次元の人と登校って言う事になんか不満でもあるのかと」
「それ以外は?」
「いや、分からん。今日絢芽さんと登校したのがマズかったのかな?」
俺はそれ以外わからなかった。
しばらく俺の方に目線を向けると、何事もなかったかの様にみんな自分の時間に戻っていった。
一体なんだったのだ?女子達だけって言うのが気になる。本当に何かしたのか?俺は。
結局、何も解決しないままモーニングタイムが始まった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今日も全ての授業が終わり、みんな一斉に帰宅準備を進めている。部活がある者は部活に励み、アルバイトがある者はアルバイトに向かい、俺は何もやってない身なのでそのまま帰る。
陽太はアルバイトなのでそのまま向かうのだが、時間があるらしいので俺と一緒に途中まで下校することにした。
靴箱から靴を取り出し履き替えようとした時だった。
「なぁ、今日はあのお姫様と帰らねぇのかよ!」
「え?もしかして絢芽さんの事?」
「それ以外ないっしょ。また誘ってはくれなかったのかよ?」
「今日はそういうイベントってのはないなぁ」
「なんだよ。こういうのは一回だけじゃなくて何回かやるものでしょうよ!今日符津野から誘ってみたら?」
「いや、俺らアベックとかそんな関係じゃないから」
靴をさっさと履いて帰ろうとしたその時だった。
玄関を出た所。丁度壁があって見えなかったのだが、玄関すぐ横に女の人が立っていた。その人は、朝の登校の時と同じ綺麗なスタイルで雰囲気がガラリと変わった絢芽さんだった。
「絢芽さん」
「よう。ずっと待ってたんだ。なぁ、今日も符津野と帰りたいと思ってよ。だから…」
「符津野!先に行くなって…あっ、どうも」
陽太が後から出てきて、絢芽さんに挨拶した。
「なんだよ。ツレか。今日は二人で帰る予定だったのか」
「えっ?あぁ、まぁ今日はふた…」
「なんだよ。イベントみたいなの発生してんじゃねぇか、符津野」
「イベント?」
「いや、こっちの話だよ」
疑問に思う絢芽さんになんでもないと告げる。
すると、この状況を察したのか、陽太が俺の肩に手を置いて小声で話しかけてきた。
「もう二人で帰る事決定だな」
「えっ?」
俺は陽太に疑問を投げかけると、絢芽さんの方に陽太が『じゃ!』と言って、俺にも『また明日な』と告げると、その後何も言わずに帰っていった。
「おう、また明日…」
そして絢芽さんと二人きりになった。
「じゃあ絢芽さん。一緒に帰りますか?」
「えっ?お、おう!」
俺と絢芽さんで共に昨日と同じ道を帰る事になった。
校門を出た辺りから、俺が絢芽さんの姿を改めて見つめる。絢芽さんはポケットに両手を突っ込んで歩き方も朝より少し清楚感のようなものが無くなっている気がする。
「絢芽さん。その格好とても似合ってますよね。いつものやつじゃなくて、この姿が毎日続くといいと思いますよ」
「言っただろ?今日だけだって」
「期間限定っていうやつですね」
「そうだな…。ま、まぁ、符津野がいいって言うのなら…明日だけでもこれでいてやってもいいけど」
「え?本当ですか?そりゃそっちの方が俺はいいと思う。もっと欲を言えば毎日そっちの方が…」
「毎日はキツイな。本当は符津野だけに見せたかったってのもあるし」
え?俺だけ?何そのサービス。不良の人ってこんなにサービス精神持ってるの?初耳!
っていうか、さっきから少し気になる事がある。
「絢芽さん。君呼ばわりは?さっきからなくなってる気がするけど?」
「あぁ…そうだったな。悪いっ」
そんな会話をしていた。そしてお互い何も会話せずしばらく歩く。
コンビニ辺りに来た時、俺は絢芽さんがこっちを見ていたのに気付く。
「………」
こっち見ても何も話さない。え?何?さっきから顔になんか付いてるとか?っていうかいつからずっと見てたんだ?もし何か付いているのを黙ってたらめっちゃ恥ずかしいんですけど。早く言ってよ、絢芽さん。
俺は顔を当たり障り触ってみる。
「?何やってんだよ。符津野、君」
「いや、俺なんか顔に付いてんのかなって」
「いや、なんも。鼻と口と目とまつ毛と眉くらいだな」
「そう。どうしたのかなって?ずっとこっち見てたから」
すると、急に絢芽さんが下を向き始めた。
「なぁ、符津野…アタシの素の部分って嫌いか?」
「えっ?素の部分?昨日までの姿って事?」
「あぁ。今日色々やってみたんだけど、やっぱアタシは昨日までの方が楽なんだ。正直、今日朝からこんな感じで過ごして来たけど、全然落ち着かねぇ。君呼びはすぐ忘れるし、中身だってきっと何も変わってねぇだろうし、一日過ごして自分の景色が変わったとかもねぇし。自分を偽ってまで一日過ごしても、楽しい事なんてあんまない。素のままでいてぇんだよ、アタシは」
本音を吐いた絢芽さん。そうだよね。人は皆、自分を偽ったって、着飾ったて、どっかで障害とぶつかるだろう。流石に昨日、俺があんな事言ってしまったから無理させてしまった。俺もまさか急にいつもと違う格好で来るとは思ってなかった。だから今の俺も、申し訳ない事をさせたという罪悪感が滲み出てくる。
「俺、絢芽さんの素の部分も、変わった絢芽さんもどっちも好きですよ。どっちも絢芽さんなんだから。絢芽さんは変われる人だって言うのが今日で伝わったから、明日から自分らしい姿で来てください。俺はどっちも受け入れますよ」
絢芽さんが俺の方をパッと見た。そして目を見開いている。
「じゃあ、君呼びとかもしなくていいか?」
「うん。もういいですよ。ありのままの自分である方が、きっと人は自分の生き方を楽しくさせるんでしょうから。もう、俺のリクエストとかどうでもいいんで」
わかった、と俺に告げるといきなり俺の肩に手を置いた。
「え?どうし…うわっ!」
住宅街が並ぶ道。コンクリートで出来た壁に、俺は急に絢芽さんに押さえられる。足を俺の股の間に、手を顔の横に真っ直ぐぶつける。何事!
「……符津野……アタシ…」
あれ?これって一時期話題になった『壁ドン』ではないか?壁ドンみたいな状況になってないか?いや、だがまだ分からん。もしかしたら不良の人ってこういう感じでカツアゲやパシリにも使うのかもしれない。少し怖い感じも漂って来た。
「な、なんでしょうか?」
いきなりめちゃくちゃ敬語になってしまった。
真っ直ぐと目線を俺に向けてくる。手も足もぐっと力を込めているのが伝わる。
「ありのままの自分でいいっつったよな?だったら今、ありのままの気持ちをお前に伝える。耳かっぽじって聞け」
「は、はい。わかりました」
何?怖いんだけど、マジで目がヤバイんですけど。今から何されるの?本当にカツアゲ?それはやめて!そんな事したら本当に素の部分が嫌いになります!俺!
「お前がっ!好きだっ!」
「……………」
これが漫画とかによくある、脱力したキャラクターの気持ちを表す『ポカーン』っていう気持ちだろうか?本当に頭の中に『ポカーン』って聞こえた気がする。
絢芽さんは目をギュッと瞑って、俺にお願いをしていた。手が震えているのがなんとなく伝わってくる。汗もジワジワと流れながら、今の状況を我慢しているみたいだ。恐らく、緊張しているんだろう。
「は、はい…」
「アタシは不良とか言われて色んな人達から避けられたりして、女子とかセンコーとかには特に冷たい奴が多い。男子はアタシのことをキモい目で見てきて正直誰とも仲良くなりてぇなんていう奴がいなかった。アタシはこのまま三年経つのを待つなんて嫌で嫌でしょうがなかった。だが、お前だけは違う!お前はアタシに学校に行くきっかけをくれた奴だった。感謝している。アタシのせいで色々と迷惑が掛かってしまうかもしれないが、それでもお前が好きだ!符津野!」
「あぁ、そ、そうだったんだ。まぁ、何か力になれたのは嬉しいよ。俺も色んなあや…」
「だからアタシと付き合ってくれ!!」
「わ、わかりましたよ。ハハッ…えっ?」
えっ?つ、付き合う?嘘!?人生で一度も異性との恋愛なんてした事なくて、不器用な俺が!?しかも勢いと流れで『わかりました』って言っちゃったよ。急すぎるでしょ!
絢芽さんは目を開ける。そして俺の顔をじっと見つめた。その瞳は、なんだかさっきまでのとは違い、何か輝いてみえる、何かモヤモヤを解消された人のスッキリした瞳に見える。
「えっ?」
「えっ?あぁ、いや、その」
戸惑ってしまう。しかし何とかして心を沈めよう。
今ここで気持ちを素直に伝えよう。しっかり気持ちを整えて。
俺は軽く鼻から空気を吸い込みゆっくり吐き出す。
「いきなりだからビックリしたよ、絢芽さん。わかった、俺でいいのなら。色んな絢芽さんを見てみたいし。絢芽さんの事昨日の帰りとかで、俺もどっかで『絢芽さんと一緒にいたいな』って思ってたのもある。俺も何かと不器用だから迷惑かけない程度に頑張りますよ」
俺は告白の返事をした。
そして立ち上がって、お互いその場で見つめあった。
俺と絢芽さんとの気持ちが一つになった気がする。ニッコリと笑う絢芽さん。俺はやっぱりこの人の事をずっと見てみたいと思った。
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