不良少女とストーカー

 「いやぁー!ついに待ちに待った夏休みやー!」


 「陽太、夏休みは来週からだろ?んで、夏休みの課題はもう手を付けてんの?」


 「んなもん、夏休みが始まってからでいいんだよ。1ヶ月もあるんだからさ」


 「まだ1ヶ月かぁ。俺はもうすぐで夏休みが始まっちゃうからそれまでにはなるべく宿題減らしといて、七月には全部終わらせたいもんだなぁ」


 「真面目かよ。んなもん適当でいいんだよ。大体宿題なんて、問題の答えを理解して、どういう形でその答えになったのかを覚えておけばいい話。んで答えなんてものは、答え合わせを自分で出来る様に別冊のやつ貰っただろ?あれを適当に写して七割が合ってるようにしたらなんもバレねぇし」


 「お前、策士みたいな事しようとしてんのかよ。それこそ、内容が頭に入らないだろ?そんなんだから先週のテストも殆どボロボロだったんじゃないか?」


 「あー、まぁそうだなぁ。つーか夏休み、俺補習らしいんだけど。バイトで忙しいから嫌なんだよなぁ。行きたくねぇ。符津野はどうなん?」


 「俺、そんなんないし。テスト普通に、俺学年内で上の下から中あたりらしいからさ」


 俺は陽太の肩に手で叩いた。


 「ちぇー!俺だけか?補習。馬鹿馬鹿しいわー」


 陽太はそう言うと、下校準備をさっさと済ませて、自分の席から立ち上がる。小さな溜息を漏らして、俺と一緒に教室を出て行く。


 補習なんて今までの人生で受けた事ない。昔から勉強はできる方だった。小学生の時は普通。中学生からは国語、数学、社会が得意教科だった。それ以外は学年内そこそこ。高校からは体育以外はオールマイティ。まぁ、学年トップではないが、今までの学生人生でかなり上位だ。


 「今日はバイトだから、先に帰るなぁ。じゃあ」


 「じゃあまた明日なぁ」


 廊下で手を振って互いに反対方向向かって行く。

 俺が向かう先。それは、隣の教室。絢芽のクラスである。絢芽と帰る約束をしていたので、迎えに行く事にする。

 絢芽も、以前の学年内の皆が怖かってしまい、先生からも接する時は今までの態度で皆と接するのはやめろと注意を受けた程度で終わった。でも、まだ自分のクラスの人達でさえ、あの事がきっかけで過去を知らなかった男子達も、前のように『綺麗すぎて、不良である存在感など無くしてしまう』という風には捉えなくなったため、軽々しく挨拶などを交わす事も減っている。

 

 『あっ、紫獅蔵さんと付き合ってるっていう人だよ。イカれてる人じゃん』


『アイツやべーやつじゃん。紫獅蔵と一緒にいる奴だ』


『符津野だ。あまり紫獅蔵さんの話するな。怖ぇからさ』


 時々聞こえる、俺を辛辣な陰口で会話している連中達。どいつもこいつも無性に段々と怒りが込み上がってくる。

 男子は過去の事を知った瞬間から人が変わったように接してくるし、女子達は根も葉もない噂話を広げては悪口のオンパレード。で、俺や絢芽に対するキリがないヘイトまで。

 酷くなったものだ。ここまで人間は変わってしまうのかと思うと、少し悲しくなる。


 俺は周りの目を気にしたくないのだが、横を通り過ぎるだけでやはり陰口を叩く者が中にはいる者だ。

 一体誰だ?絢芽の過去を広めた元凶は。


 「………」


 俺は平常心を保とうと、真っ直ぐに目線を合わせ、軽く鼻で空気を吸う。そしてゆっくりと吐き出して、絢芽さんのいる教室のドアを開ける。


 「おっ!噂をすれば迎えに来たぞ。ボーイフレンドが!」


 「アヤっち!来たよー」


 ドアの前で三人仲良く鞄を背負いながら待っていた。

 どうやら俺の事を三人共待っていてくれたらしい。


 「あっ、どうもどうも」


 俺が三人に軽く挨拶をする。


 「じゃあ!アヤっち!またね」


 「絢芽。明日は遅刻すんなよ。じゃあ」


 俺の横を通りすぎて行く二人。手を振って絢芽にバイバイをすると、仲良く帰っていった。


 「よう、悪いな…」


 暗い表情で沈んでいる様子だった。やっぱり自分の事で、周りが更に冷たくなったのが原因か。


 「いや、そんな事ないよ。じゃあ帰ろう。ねぇ、久しぶりに近くのファーストフード店、どっか寄って行かない?」


 二人で教室を出て、靴箱まで向かう。


 「あぁ、別にいいけど。……お前さ、いいのか?」


 「何が?」


 「アタシと一緒だと、なんか悪口とか言われてるだろ?前にも言ったけど、アタシのせいで迷惑をかけるかもしれないって」


 「……絢芽……」


 しばらく会話がなくなり、お互いに靴を履き替える。そして玄関を出て行くと、一斉に帰り出す皆を見て、絢芽は俺に一言。


 「アタシのせいなのに…」

 

 また、会話がなくなってしまった。だからこの状況をぶち破っていかないとダメだ。俺はそう思い、一度立ち止まった。


 「……絢芽、俺の顔を見て」

 

 先に一歩進んでいる絢芽を立ち止まらせるために、ポケットに手を突っ込んだ絢芽の腕を掴んだ。

 俺は絢芽の方を向いて、絢芽の体を俺の方に向けさせる。お互い立ち止まって、目と目を見つめ合った。 

 絢芽の瞳はなんだか、以前のような光が反射した、つぶらな瞳ではなくなっている。


 「絢芽…俺達は付き合ってるって事はもう大体みんな知られている。絢芽は俺の事を自分のせいでと思い込んで、また一人で抱え込もうとしている。それ、もうやめよう!前に言ったでしょ。頼ってほしいって」


 「お、おう…」


 俺は両手を握る。人前である事を分かってる上で俺はこんな事をしている。羞恥などない。ただ、絢芽を守りたいという思いが上回っている。


 「すごく真面目に考えてくれているんだね、絢芽。真面目なのはいい事だよ。でも、真面目すぎるのはダメだ。だから、今から一緒に行こう。どっか息抜きにファーストフード店へ」


 「……あぁ。わかっ…た」


 突然俺の背後に視線を向けた絢芽。


 「…どうした」


 「……いや、なんでも…。気のせいか?」


 「何が?なんか付いてる?俺の背中」


 「いや、符津野の背中じゃない。その後ろ…」


 俺は後ろを振り向く。しかし、門しか見えなかった。後は下校中の生徒達数名程。


 「何かあったの?」


 「いや、なんでもねぇ。行くか!」


 何事もなかったように明るくなった絢芽は笑顔を取り戻した。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ファーストフード店の中。やっぱり絢芽はさっきから何かに視線を逸らしながら、揚げたてフライドポテトを口に入れている。

 椅子の背もたれに腕を乗っけながら脚を組み、側から見たら態度が悪い生徒だと注意を受けそうな態度である。その格好であちこちに目線がいってるから食べるのが忙しそうだ。


 「あの、さっきから何を気にしてるの?」


 「別に……。ンッ!」


 外の透明ガラス越しに睨みを効かし、何か獲物を捉えた眼差しだった。俺は、窓の方に視線を向ける。しかし、何もない。人気もなかった。ただ隣接する車道に車が通り過ぎて行くだけである。


 「…絢芽?」


 「見間違えではないみたいだな」


 「え?」


 その後もずっと外の景色を見つめる。何が見えたのか俺にはわからん。しかし、門を通る際も何やら俺の後ろの気配に気づいていた様子だった。一体何がいたんだ?


 「なぁ、符津野さぁ、最近変な奴に後を追われたりしてないか?」


 「いや、ないけど。え?何?絢芽、ストーカーとかに悩まされてるとか?」


 「……まぁな。つーか、アタシがお前と付き合いだしてからだな」


 「え!最近じゃないか!何か襲われかけたとかないの?」


 「強いていうのなら…」


 最後のポテトを口に含み、食べながら話す。


 「露出狂のクソジジイがいた」


 ポテトを食べ終わり、ドリンクを口に含んだ絢芽。


 「ろ、露出狂の……危ない奴じゃないか?それ」


 ニュースとかでたまに聞く露出狂の男の話を、こんな実体験のある人から聞くと、男の内心の気持ち悪さが脳内に浮かんできて、トリハダが立つ。一応自分も男だが…

後、若干の不審者との話には興味がある。どんな体験をしたのか聞きたくなる。

 聞く相手が女となると失礼な気がするが、絢芽の場合は話を聞いていても全然平気そうだから、深く聞いてみようと思う。


 「んで、どんな人だったの?」


 「別に、ちょっと小太りのサラリーマンっぽい人で、メガネの男。夜中に買い物行ってて、無線イヤホンで音楽聴きながら帰ってたら、なんか後ろから気配を感じるなぁってなって振り向いた。外は全然灯とかないからよく見えなかったけど、段々近寄って来るのが見えたからこっちから向かってやった」


 「え?危ないでしょ!それ」


 「いや、最初知り合いかなんかかと思ったから」


 どう考えても、夜中に後ろから声かけずに近寄ってくる奴なんて知り合いじゃないでしょ。相手がなんか武器持ってたり、力のある奴だったら危ないでしょ。危機管理能力ゼロかよ。この子!


 「そしたら、そいつが急にアタシの方に走ってきたから驚いて身構えた。その男アタシに抱きついて押し倒してきてさぁ、急に下半身見せてきやがった」


 キモッ!心の声が漏れそうになった。


 「…んで?」


 俺はフライドポテトを口に持っていこうとする手が止まった。考えただけでもう食欲が失せた…


「蹴った」


 …強すぎでしょ。この子。今時の女子ってみんなこんな感じで強いメンタルの持ち主が多いのだろうか。


 「蹴っとばしてやったわ。相手普通に腕を掴んできたから、拳じゃ対抗できねぇと思ったから。しかもその男、力あったし」


 ほれ見なさい!力ある男だったから喧嘩が強くない女だったらもう男性恐怖症を抱えちゃう所だよ。

 まぁ、絢芽って見た目が可愛いから変態男からしたら最高の女として見られていたに違いない。よかった、不良で。


 「つー訳で、そんな事があったわ」


 「何かと強いねぇ…絢芽は…」


 「だからさっきからアタシらの事をなんか見ている気がする奴がいるんだけど、もしかしたらそいつなのかもって」


 「え?絢芽を襲ってきたストーカーの男?」


 こくりと頷く絢芽。

 

 復讐とか何かだろうか?とにかく怖いなぁ、それは。でも絢芽が蹴った男は警察とかに通報しなかったのか?そしたらストーカーなんてされずに済むんじゃ。


 「絢芽、その男の人通報したの?」


 「してねぇ。ボコボコにしてやりたかったからそんな事で頭がいっぱいだった」


 「じゃあまたあの男だったら通報しないとなぁ」


 「いや、またボコボコにしてやる。あんなお粗末なもん見せてきやがって!今度会ったら二度と立ち直らせないくらいボコボコにしてやるよ!あの男の心身も下半身もな!」

 

 と、気合の入った表情で言い切った。


 そんな声に出さないで…絢芽。ここ飲食店。お客様がいる前でそんな上手いこと言っても食べ物が不味くなっちゃうだけだから。やめて…


「ま、まぁ、また何かあったら連絡してよ。ストーカーって意外と怖いものだからさ」


 「おう。まぁ、別にアタシにしたら大したことねぇけど」


 そう言って美味しく頂いた食べ物をお互い平らげると、トレーを専用返却口に返し店を出た。

 

 

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