第3話 30センチ砲戦艦大和
「本当にこの条約は上手くいっているのか」
しかし、松田はこの条約が本当良かったのか疑問だ。
確かに外交、経済関係で短期間とはいえ日本の状況は改善した。
だが、海軍軍備面では著しく不利益を被っている。
特に自分が指揮している戦艦大和――新条約型戦艦の第一弾として金剛代艦枠で建造されたこの戦艦は条約に対応するためにかなりの無理をしている
新開発の六五口径三〇サンチ五連装砲塔を搭載。
実寸三〇.五センチ、一二インチ相当の主砲で五〇〇キロの九一式徹甲弾を発砲可能。
基準排水量五万トン。ただしこれは公称で実際は六万トンある。
特徴的なのは防御が対四六サンチ防御だということ。
これは条約明け、もしくは戦時には四六サンチ砲への換装を予定していたためだ。
そのため五万トンに収めるべく、条約違反で――英国の黙認、諸外国も大なり小なり行っている違反だったこともあって一万トンオーバーしている。
さすがに一二インチ以上の主砲は完全にアウト――外観から判明するし、明確に交戦の意思を示すことなので行っていない。
それでもかなりの軽量化、つまり無茶を行っている。
主立った点だけで、バルジの後日装着、軽量化五連砲塔、燃料搭載量の最小限化、などなどだ。
新条約破棄のあと条約明け36年末より建造予定だったのが、前倒し可能になり二年も早く竣工できたことを評価する向きもあるが、それだけの価値があったかどうか松田には疑問だった。
当時海軍の条約交渉団随行員だった山本五十六提督は
「少なくともこの条約で42年まで平和は保たれる」
そう言って、条約を締結している。
浮いた艦艇整備費を自らの主張する航空主兵へ投入するためだ。
しかし、軍令部はできる限り最強の戦艦を作ろうとした。
改めて戦艦を建造するより、改装で済ませた方が短時間で済むからだ。
そこで大和を最初四六サンチ砲搭載艦として設計。
そこから新条約に対応するべく一二インチ砲搭載艦として余計な部分を除外。
除外部分は四六サンチ砲換装時に後付けするという方針から、後付け装備が多すぎる艦になってしまった。
だからバルジは後付けになったため、機関部が、装甲板で守られているだけの状態だ。
機関を後付けすることは出来ないから仕方ない。
だが、対四六サンチ防御とはいえ、大事な機関部が魚雷からバルジによって守られていないのは危険だった。
それでも条約明け、あるいは戦時になれば――戦争準備で他国が改装を始めれば、日本も大和の改装できるハズだったが、欧州大戦――第二次大戦が突如勃発した。
当初日本は日英同盟に従い参戦した。
海軍の派遣、特に戦艦は改装してから派遣される予定だった。
だが開戦直後、ノコギリザメのマークを付けた灰色の狼――ドイツ海軍第七潜水戦隊所属のUボート数隻が英国海軍の本拠地スカパフローへ侵入。
奇襲雷撃を行い戦艦多数を、撃破、航行不能にした。
スカパフローの復讐戦――第一次大戦で抑留され接収の不名誉から逃れて自沈した高海艦隊の仇を討ったとドイツは宣伝した。
手持ちの戦艦を多数失ったが、戦時となり船団護衛に多数の戦艦が必要だった英国は、同盟国である日本に急遽、戦艦の派遣を求めた。
英国の危機に日本は仕方なく、手持ちの戦艦を急遽出撃させたために、戦艦を改装する時間が無かった。
この失態に当時の責任者であり、海軍次官を務めていた山本中将に非難が殺到したが、連合艦隊司令長官に転出。後始末をするように援英派遣艦隊の編成と準備を行った。
当然、開戦時に竣工し第一戦隊に編入されていた大和も例外ではなく、すぐさま出撃した。
日本出撃後はグラーフ・シュペー追撃戦、地中海の海戦、ダカール沖と足りない英国戦艦を補うべく各地を走り回り、活躍。
戦果を挙げたが代償として改装の時間を無くした。
先月まで日本に一時帰還したが、船体の整備のためで、風雲急を告げる大西洋にすぐに戻された。
「戦時に改装など無謀だな」
改装計画はイギリスの戦艦不足もあったが、日本も有力な戦力となった空母の確保、空母予備艦――条約に違反せず戦時に空母に改造する事を前提に別艦種建造。戦時に空母に改造するために作られた艦艇、祥鳳、瑞鳳などの改装に力をつぎ込むことになった。
大西洋の戦い、広い大西洋の広範囲を索敵するのに航空機とそれを運用する空母が最適だったからだ。
戦艦は後回しにされ、改装の機会は無くなった。
開戦から一年経った今も大和が改装されないのはそうした事情があった。
「結局、手持ちの兵力でやりくりするしかない」
改装のための時間があるなど平時の考え方であり。
軍備を整えていくのを相手が黙って見ているわけがない。
実際、大和が大西洋に戻されたのもドイツ海軍がブレストへシャルンホルストとグナイゼナウを配備したのみならず新造されたビスマルクの出撃が間近だったからである。
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