第8話 デンマーク海峡
「プリンツ・オイゲンより通信。敵艦の推進音らしきものソナーにて感知。我々を追尾しつつあり」
ノルウェーのフィヨルドを出撃したビスマルクは、霧が立ちこめるデンマーク海峡へ侵入した。
敵に見つからないと考えていたが、随伴艦のプリンツ・オイゲンから敵艦が接近していることを知らされた。
「何故、敵はこの気象条件の中、我々を見つけられるのだ」
リッチェンスは報告を聞いて驚いた。
「恐らくレーダーでしょう」
出航前の報告にあった英国軍の艦載レーダーだろうとリンデマン大佐は考えた。
実際、追尾しているのはレーダー探知を行っていたイギリス重巡洋艦ノーフォークとサフォークであり、レーダーで追いかけていた。
「追い払え」
「了解」
ビスマルクは、前部主砲を発砲し、追い払おうとした。
さすがに初弾命中はなく、砲撃に驚いた二隻は反転し、距離を置いた。
「報告、本艦のレーダーが故障しました」
だが振動により、ビスマルクのレーダーも故障してしまった。
「追撃しますか?」
「いや、このまま離脱する」
追いかけても向こうの方が優速であり、追いつけない。
幾ら重巡洋艦に勝る砲力を持っていても、射程内に収めなければ攻撃できない。
「我々の目的は敵艦攻撃ではない」
言い訳をリッチェンスは口にした。
確かに攻撃はできる限り避けるように言われている。
しかし、敵に現在位置を知られ、今も通報されている。
「敵に見つかる可能性が高いか」
リンデマン大佐は戦闘を予期して乗員に休むように伝えた。
「サフォークがビスマルクとの接触を回復しました」
英国海軍中将ホランドは座乗するフッドで報告を受けた。
僚艦にプリンス・オブ・ウェールズとアタッカーを与えられた有力な艦隊でありビスマルクを撃破することを期待されていた。
そしてサフォークの報告を元にビスマルクと接触するべく急行していた。
ビスマルクを見つけたサフォークだったがレーダーの故障と濃霧によって一時見失った。そのためホランドはビスマルクを捕捉できず、有利な位置に遷移する事が出来ずにいた。
だが今は接触を回復し、位置情報がもたらされた。
「すれ違ったか」
当初ホランドはビスマルクを西側から待ち伏せ正面を横切るつもりだった。
こうすればフッドはビスマルクの射程内を横切り懐に入りこんで撃破出来るハズだった。
フッドは第一次大戦の巡洋戦艦で主砲は新造時一五インチ連装砲四基を備える四万トンの当時最大の戦艦だった。
だが、第二次ロンドン海軍軍縮条約により既存艦も一二インチ砲搭載艦への変更を求められ、一二インチ三連装砲四基へ変更された。
しかも不味いことに防御装甲は昔のまま、薄いのだ。
砲塔交換の時に装甲板も追加される予定だったが、予算が足りず、後日となり、二度目の改造の前日、開戦となり延期となった。
僚艦であるプリンス・オブ・ウェールズは、戦力不足のため未完成のまま艦隊に編入され、工員が乗ったまま艤装作業を出撃した今も続行している状況だ。
試験も不十分で頼りなるか怪しい。
「駆逐艦は来ているか?」
「この嵐のため、遅れております」
申し訳なさそうに幕僚は言った。
この激しい荒天では、駆逐艦は波にもまれて付いてこれない。
主砲が通らないのなら、戦艦の援護の下、駆逐艦が魚雷攻撃で仕留めて欲しかったのだが、この作戦は無理だ。
サフォークとノーフォークにやらせようにもホランドとの間にはビスマルクがいて合流は無理だ。
「空母の来援は?」
「アークロイヤルが向かっているそうですが、時間がかかります。それにこの嵐では艦載機を飛ばせません」
ホランドは再び外を見た。
嵐は続いている。
航空機が飛べないとなると航空索敵は困難。再びビスマルクとの接触を失えば発見は困難になる。
再発見するまでに船団が攻撃される恐れがある。
「ビスマルクと交戦する」
ホランドは決断した。
予定とは違うが、ビスマルク攻撃の命令を受けている。
大西洋を航行する船団を守るため、大英帝国の物流を支える商船団を守るべく攻撃に出ることにした。
「先頭のビスマルクをフッドとプリンス・オブ・ウェールズで攻撃する」
「アタッカーはどうしますか?」
幕僚に尋ねられてホランドは顔をしかめた。
アタッカー級戦艦、通称A級戦艦は世界に覇権を唱えるイギリスが各地に派遣するために建造した最良の<弩級巡洋戦艦>だ。
一二インチ連装砲四基、基準排水量一万五〇〇〇トン、速力三四ノット。
世界各地に配備するため量産性、整備性、建造費低減、維持費低減を優先し攻撃は一二インチ砲によるアウトレンジを基本にしたため防御が紙装甲。
一二インチ砲搭載艦のいない海域での運用、重巡以下の駆逐を基本としている。
そのために三四ノットという異様な速力を与えられ、巡洋艦や駆逐艦を追い回し一二インチ砲で吹き飛ばすために存在している。
平時、通商路の確保、平和の維持を重視――先の大戦の傷跡深く、再度の大戦など英国には不可能であり、世界秩序を維持することが英国の最優先課題だ。
日本とドイツのご機嫌取りをしてでも世界秩序を守ろうとした英国の縁の下の力持ちとして、係争地域、紛争への早期介入および対応のために計画されたのがアタッカーだ。
世界各地に配備するためキング・エドワード七世級を超える一二隻の建造が予定された。
だが、防御力が低く、諸外国の新戦艦が戦時の換装を前提に一二インチ以上の防御を付与していたため防御力が著しく低い事を理由に六隻で建造を中止。
新戦艦としてキング・ジョージ五世級、ライオン級の整備へ転換した失敗作だ。
しかし、ドイツ軍の攻撃により戦艦が足りないため戦力を補うためホランドの艦隊に配備されている。
「……連れて行く。戦力が足りない。アタッカーには随伴艦のプリンツ・オイゲンを攻撃させろ」
戦力に余裕がないホランドは防御に不安のあるアタッカーも参戦させた。
少なくとも重巡洋艦であるプリンツ・オイゲン相手には戦えると判断したからだ。
アタッカーはそのために作られた艦なのだし、妥当な判断だった。
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