第10話 一二インチの戦い

「フッド、撃沈しました」

「「「フラーッ」」」


 見張りの報告にビスマルク艦内は歓喜に包まれた。


「よくやった砲術長」


 ドイツ製精密光学照準装置の正確なデータにより、短時間で命中弾を与えられたのが良かった。

 しかし、安心したのも束の間だった。

 フッドが放った最後の斉射の一発が、ビスマルクに命中した。

 激しい爆発音が艦橋内に響き渡り、乗員達を黙らせた。


「被害報告」


 リンデマン大佐は冷静に副長に尋ねた。


「第三砲塔に命中弾。被害ありません」


 フッドと違い一二インチどころか一五インチ砲への耐久力を持った戦艦として建造されたビスマルクは堅く弾薬庫への直撃など許さなかった。

 だが直後、プリンス・オブ・ウェールズが発砲、多数の砲弾が降り注ぐ。


「左舷副砲被弾、使用不能」

「高角砲損傷」


 装甲を貫かれた砲弾は無かったが非装甲区画へはダメージを受けた。


「プリンス・オブ・ウェールズへ照準を変更。さっさと仕留めろ」


 リンデマン大佐は命じた。

 いくら敵の主砲が貫通しないとはいえ、甲板上の構造物を破壊されると今後の作戦行動に支障が出る。

 ビスマルクの砲撃はプリンス・オブ・ウェールズを捕らえた。

 次々と砲弾が撃ち込まれるが、互いに決定打を欠いた。

 互いの主砲は一一インチと一二インチだが、防御は一五インチ相当。

 相手に決定打を与える事は出来ない。


「やはり魚雷を積んでおくべきだったか」


 リンデマン大佐は呟いた。

 敵艦を仕留めるためにビスマルクに魚雷を装備する話があったが、被弾した場合魚雷の誘爆を招きかねないため、中止となった。

 だが、砲撃で仕留められないのならば有効な手段ではあった。

 実際二番艦ティルピッツは商船攻撃用だが魚雷を乗せる作業が進んでいる。

 実戦をみるにつけ、魚雷を付けなかった後悔がこみ上げる。

 事実、プリンス・オブ・ウェールズとビスマルクはほぼ同格だった。

 主砲はビスマルクが一一インチ三連装砲四基

 プリンス・オブ・ウェールズが一二インチ四連装三基で同じく一二門。

 一インチ程度の差など誤差の範囲だ。

 防御力はほぼ同等。

 互いに決め手がない。

 被弾数は増えていくが、貫通できない。


「不味いな」


 リンデマン大佐は呟いた。

 ほぼ互角だが、それではビスマルクの負けだ。

 通商破壊戦に出ているビスマルクには補給も修理のあてもない。

 ブレストに逃げ込む事は出来るが、長期離脱を余儀なくされれば、ドイツ海軍の損失になる。

 一方英国はビスマルクが出てこないのを良い事に攻勢作戦に出てくる。

 本拠地も多く、すぐに砲弾の補給も出来るだろう。

 損害が増えれば、たとえ勝てたとしても、ビスマルクの戦略的敗退だ。

 だが、突如プリンス・オブ・ウェールズが砲撃を止めた。


「どうしたのだ」


 不可解に思っていたが、リンデマン大佐はすぐにその理由に思いあたった。


「砲塔が故障したか」


 四連装にしたため、砲塔が複雑になり故障し発砲不能になったのだ。

 しかも新造して検査も不十分な事が加わり、故障を招いて仕舞った。


「プリンス・オブ・ウェールズ、離脱していきます」


 見張りが報告する。


「追撃しますか?」

「いや、このまま我々も離脱。ブレストへ向かう」


 追撃する余裕など無かった。

 撃沈できる手段もない。

 プリンツ・オイゲンが魚雷を持っているが、主砲が一基でも健在だと反撃を受ける恐れがある。

 重巡洋艦に戦艦の主砲に耐える能力は無い。

 損害をこれ以上受けるわけにもいかない。

 ビスマルクは離脱しようとした。

 だが、新たな砲撃を食らった。


「何だ?」

「敵艦アタッカーの砲撃です」


 プリンス・オブ・ウェールズの後方に付いていたアタッカーが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 プリンス・オブ・ウェールズの撤退援護のためにビスマルクに挑戦しているのだ。


「さっさと仕留めろ」


 リンデマン大佐は静かに命じた。

 戦艦もどきなど、一撃で粉砕できると思ったからだ。

 主砲が旋回し、発砲しようとした瞬間、十発の砲弾がビスマルクの周囲に降り注いだ。

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