第11話 大和参戦
「新たな敵艦だと」
立ち上る十個の水柱にリンデマン大佐は目を見開いた。
アタッカーの主砲は連装四基の合計八門。
斉射しても十発を撃つなど不可能だ。
つまり新たな敵艦が接近しているということだ。
「南方より敵艦接近!」
「艦種は何だ」
ネルソン級かキング・ジョージ五世級か。
いずれにしても問題だ。
長時間の砲戦など消耗戦であり、以後の戦いに支障を来す。
「不明です。大きさからして戦艦らしい」
見張りが申し訳なさそうに報告する。
「何故だ。何故分からない」
普段から仮想敵国である英国海軍の艦艇の形は見張り員にリンデンマンは常日頃から教え込んでいる。答えられないハズがない。
「見たことのない敵艦か」
その艦に思い至ったリンデマン大佐は、自ら双眼鏡で確かめた。
その時敵艦が、発砲した。
ほぼ正面、二基の主砲からそれぞれ五つの発砲炎が広がる。
敵の正体を知ったリンデマン大佐は戦慄した。
「五連装主砲いけるな」
砲煙を砲口から燻らせる主砲を見て松田は満足した。
放たれた十発の砲弾は3万6000メートル先のビスマルクへ向かい、正確に着弾している。
六五口径という長砲身だからこそ出来る遠距離砲撃だ。
全長二〇メートルの砲身だが、元々四六サンチ四五口径砲、丁度二〇メートルクラスの砲身を作る為の機材があり、製造に問題は無かった
散布界は広がるが、多数の砲弾を雨あられと降らせる事は出来る。
「砲術長どうだ?」
「上手くいっております。これは掘り出し物ですな」
副長兼砲術長の黛治夫中佐が答えた。
遠距離砲撃の活躍を支えたのは、英国で搭載されたレーダーだった。
渋々搭載を認めた黛だったが、実戦で役に立つと知った途端、反対した事を忘れ絶賛した。
現金なヤツだった。
「しかし、本当によくやってくれましたな井上中将は」
大和が駆けつけたのは英国にいた井上の命令だった。
英国海軍省からの情報でブレストのシャルンホルストとグナイゼナウが機関故障と被弾で共に航行不能であることを知らされた井上は大和によるビスマルク追撃を英国海軍に進言。
兵力が不足していた英国は快諾し、直ちに輸送船団から離脱して合流を急いだ。
「もう少し早ければ良かったのだが」
宇垣は表情を変えずに言っていたが、悔やんでいるようだ。
もし合流が早ければフッドの撃沈は防げたかもしれない。
だが、果断な指揮だと松田は思っていた。
船団護衛に付いていた駆逐艦を置いて、大和単独で向かったからこそ北大西洋の荒波で速力を落とすことなく駆けつけることが出来たのだ。
駆逐艦の燃料が不足してた事もあるが、置いてきて正解だった。
「艦長、面舵。全主砲をビスマルクへ向けよ」
「了解」
鉄砲屋である宇垣の指示は確実だった。
大和が持つ五連装三基の主砲を全て放つために艦をビスマルクに対して横に向させる。
「了解! 面舵一杯!」
松田も嬉しそうに命じた。
表情は変えないが宇垣も鉄砲屋であり、砲撃が好きなのだ。
条約によってスモール・ガンしか撃てない悔しさはある。だが航空機が発展している今、戦艦が活躍できる機会は最早少ない。
そして、この北大西洋は戦艦が活躍することを許された最後の海域だ。
航空機が飛ぶことの出来ない冷たい嵐の海域が、戦艦が戦力の頂点に立てる最後の縄張りだった。
航空機という邪魔者が出てくる前に、せいぜい派手に砲撃する事を望んでいた。
「砲術長、準備でき次第打ち方始め!」
「宜候!」
艦長である松田も砲術長である黛も同じ思いだ。
この鋼鉄のレバイアサンの宴、最終章に加わらんとする鉄砲屋だった。
「撃てっ」
回頭を終え、それまで旋回範囲外のため撃てなかった後部の第三砲塔もビスマルクを捕らえると大和は砲撃を再開した。
15門の一二インチ砲が一斉に火を噴き、雨あられとビスマルクに降り注いだ。
一方のビスマルクも転舵して大和に対して三連装四基の主砲を向けてくる。
一二発の砲弾が、大和の周囲に降り注ぎ水柱を立ち上らせる。
斉射を繰り返す内に互いの砲弾が命中する。
「被害報告」
「左舷副砲被弾、使用不能」
「短艇格納庫付近に命中弾」
「第一砲塔被弾、はじき返しました」
装甲を打ち抜かれていないことに松田は安堵した。
四六サンチ、一八インチ砲に耐えられる装甲と防御力を持つ大和に一一インチ砲は豆鉄砲だ。
「しかし、決定打に欠けるな」
ビスマルク級を双眼鏡で見ているが、被弾しているものの装甲を打ち抜けている様子はない。
貫通力の高い五〇〇キロの徹甲弾を放っているが、あくまで一二インチの中で重いだけだ。
ビスマルクの装甲――対一五インチ砲防御を貫通することは出来ていない。
「取り逃がすか」
撃沈できないことに松田は焦りを感じ始めていた。
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