第6話 戦艦ビスマルク

「やはり改装してから出撃するべきでは?」


 ビスマルク艦長リンデマン大佐はキール出撃を前にして艦隊司令長官リュッチェンス中将に具申した。


「そのような時間はない」

「ですが、本艦の主砲では敵戦艦に対応できないのでは?」


 戦艦ビスマルクは再軍備後の1934年に設計を開始し、1936年に建造が開始された。

 英独海軍協定に基づき三万五〇〇〇トンの戦艦として建造されるが、ドイツははなっから協定を無視しており4万トン超の戦艦となっていた。

 だが、建造途中締結された第二次ロンドン海軍軍縮条約により英国はドイツにビスマルクを一二インチ砲搭載艦への変更を要求。

 再軍備間もなく英国に対応できる戦力の無いドイツは了承し一五インチ連装砲からシャルンホルスト級で採用され実績のある一一インチ三連装砲へ変更。

 一一インチ三連装砲四基を装備して竣工した。

 勿論、当初の予定通り一五インチ連装砲への切り替えを後日に行う事を考えていおり船体防御は対一五インチ防御となっている。

 だが、その前に第二次大戦が勃発。

 早期の開戦で陸軍と空軍に資材を取られたため一五インチ主砲塔の製造が間に合わず、一一インチ砲のままで出撃となった。

 そのため海軍内からは、条約など無視するべきだったと言う声が再燃していた。

 当初から条約を破棄し一五インチ砲を搭載することも考えられたが、条約締結国である五大国を敵に回すことをヒトラーは恐れた。

 特に当時、軍事同盟締結交渉にまで外交交渉が進展していた日本との関係悪化を恐れ、なにより仮想敵国の英国が自ら攻撃力を減じてくれたため、協定と条約を遵守する事になった

 海軍総司令官レーダー元帥はヒトラーの意見に反対だったが、対英戦争は1948年まであり得ないと言うヒトラーの言を信じ、Z計画の完遂のため――希少金属不足により建造計画が遅れていたため、42年以後の改装を前提にすることで戦艦を早期に確保するため受け入れた。

 だが、知っての通り対英戦争、第二次世界大戦は39年に勃発。


「ドイツ海軍が出来る事は、誇り高く戦い、気高き死に様を見せつけるのみ!」


 ヒトラーに約束を破られたレーダーは劣勢な兵力で戦わされる立場になり、公式の場で嘆いた。

 先の大戦で大洋艦隊偵察部隊参謀長として参加し、ユトランド沖海戦でヒッパーの軽騎兵突撃――死の騎行と名高い主力の反転を援護するため英国大艦隊主力への突入を生き延びたレーダーにとって、あのときの戦いの繰り返し、愛すべき艦艇と部下達を魔女の大釜にくべるに等しい事態だった。

 レーダー元帥が嘆くまでもなくドイツの劣勢と歪な軍備はリンデンマンも知っている事実だ。

 そして歪な主力艦が跋扈していることはドイツのみならず全世界の海軍共通の常識であり事実であり、頭痛の種だった。


「敵艦もビスマルクより少し大きいだけの一二インチ主砲だ。本艦の装甲を破れまい」

「それは本艦も同じです」


 対一五インチ砲防御を施されたビスマルクであり一二インチ砲など被弾しても大丈夫だ。

 だが、それは敵も同じ事。

 一一インチ砲で推定一五インチ防御の敵艦を撃破することは出来ない。


「英国はもとより日本も来ているようですし」


 特に日本海軍が投入してきた新型戦艦である大和は対一六インチ防御と推定されており、強敵であるとリンデマン大佐は認識していた。

 もっとも大和は四六サンチ砲―― 一八インチ砲を想定しており、対一八インチ防御が施されている。

 日本海軍の厳重な機密管理によりドイツ海軍はそのスペックを把握する事が出来ず、一六インチ防御と推定していた。


「極東の黄色人種に何が出来る」


 リッチェンスは侮蔑の響きを含ませて言った。

 英国海軍は恐るべき敵だが、愚かな条約のために自らも敵を沈めにくい戦艦にしてしまった。

 まして極東の日本になど強固な艦艇を作れないと侮っていた。

 大和型もせいぜい一六インチ防御、それも欠陥があると考えていた。

 実際には一八インチ相当の防御だが、機密保持が厳格に行われておりドイツ側は知らなかった。


「しかし、グラーフ・シュペーが日本の戦艦にやられています」


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