24 エクレアVSノーライフキング(前)
【side:ノーライフキング】
「な、なんだ貴様は!? 突然出てきて我を突き飛ばすとは!!」
ノーライフキングは身体を起こしながら怒り、そして混乱していた。
怒りは、英雄ドレイクを殺す――生きた屍にする瞬間を邪魔されたこと。強者が弱者を好きにするのは当然の権利。故にそれを邪魔されたことに、血管があれば切れそうなほどに激高していた。
混乱は、自分が吹き飛ばされたこと。確かにドレイク以外に注意を払ってはいなかったが、だとしてもノーライフキングと化したはずの自分がこんな軽々と地面に転がされるだろうか、というものだ。
ノーライフキングが元々いた場所――英雄ドレイクの側には、ひとりの男が立っている。
白髪はボサボサで逆立っており、眼光は鋭く野獣のようだ。その肉体は大柄で、程よく引き締まっている。だがそれだけだ。
魔力の気配などほとんど感じない。一般人が持っている程度の量だ。
とはいえ、それは英雄ドレイクも同じこと。魔力の多さが強さではないのだ。
しかし、目の前の男からは英雄ドレイクのような圧力を一切感じない。ノーライフキングになってからでもドレイクに対して一定の威圧感は抱いており、それが強者のオーラであることも理解していた。
それが目の前の男には、ない。皆無。ゼロ。
そのことを理解し、ノーライフキングはふつふつと沸き上がる怒りを感じていた。この男は自分――アンデッドの中のアンデッドであるノーライフキングの前に立つ資格はない、と。
「ふ、ふふふ……。不意打ちで我を突き飛ばしたぐらいで図に乗るなよ。貴様からは強さを感じない。今の一撃は貴様の人生でも最高の幸運に見舞われたと思え」
「おお? よくわかんねぇけど悪かったな。スラム街の一番奥って言われてもわかんねぇから走り回ってたんだけど、うまく止まれなかっただけなんだよ」
話が噛み合っていないことにノーライフキングは苛立ちを募らせる。だが、こんな勘違い男に本気になってはいけない、と頭を意識的に冷やしていく。
「まあ良い。我こそがノーライフキング。貴様の目的を聞こう」
「この騒動の親玉をぶっ潰しに来た」
目の前の男は気負うでもなく驕るでもなく、まるでそれが当然と言わんばかりに言い放った。それがまたノーライフキングの神経を逆撫でする。こんなザコに舐められるとは、アンデッドの中のアンデッドとしてあってはならないことだ。
「フン。我がそれだ。ノーライフキングである我こそが、〈
宣言するように朗々と告げるノーライフキング。両手を広げるその姿には、禍々しいはずの存在だというのにある種の神々しさすら見えた。
そんなことに興味がないのか、目の前の男は首をコキコキ鳴らしている。
「ふーん。俺はエクレア。強ぇ奴を探して旅してる」
自分が未だ日常の中にいるとでも勘違いしているような男の――エクレアの自己紹介に、ノーライフキングはついに怒りを爆発させる。
あまりにも不敬。アンデッドの中のアンデッド。王の中の王である自分に対して、敬意が微塵も感じられないその態度。自分と対峙することすらおこがましい。
「なれば、我が最高の魔術を受けてみるか? それに生き残ることができれば、貴様を強者と認めよう」
負のオーラを全開にして脅しにかかる。いくらエクレアとやらが鈍かろうとも、これだけ波動を出せば理解できるだろう、と。
しかしエクレアはノーライフキングの言葉に嬉しそうに――獰猛な野獣のような――笑みを浮かべた。
「おっ、マジか。話が早くて助かるぜ……でも、コイツどうしようかな。ちょっと逃がすから待っとけ」
エクレアは傍らに横たわっていたドレイクを担ぎ上げる。ドレイクをどこかへ逃がそうと言うのだろうが、それを許すノーライフキングではない。
無詠唱で闇の弾丸をエクレアの足元に放ち、奴の動きを牽制した。
「そいつは連れて行くな。我の獲物ぞ」
「んなこと言ったって巻き込んじまったら大変だろうが。ただでさえ、お前に負けたんだろコイツ?」
エクレアの言葉にドレイクは唇を噛み締めたが、それが事実なので反論はしない。ただその代わり、エクレアにそっと助言をした。
「いいから、戦わないで逃げろ……。あいつはヤバい……」
そんなドレイクの言葉だったが、エクレアはどこ吹く風で受け流す。
「わかったわかった。でも、やってみなきゃわかんねぇだろ?」
その言葉にノーライフキングはエクレアを鼻で笑う。やってみなきゃわからない程度の感知能力しかない男だからこそ、自分の前に立っていられるのだ。そうでなければ、すべての生物は負のオーラを全開にした自分の前では平伏しているに違いないのだから。
「じゃ、ちょっと待ってろ」
どうやらエクレアは本気でドレイクを避難させるようだった。そんなことをノーライフキングが許すわけもなく、その背中を撃とうと魔力を練り上げる。
「あっ、先生!」
しかしエクレアが動く前に上空からひとりの少女が下りてきた。〈
「おぅ、フラン。ちょうどいい。コイツ、どっか連れてってくれ」
「負傷者ってことですね。わかりました。でもあいつ……かなり危険ですよ」
少女の警戒したような言葉に、ノーライフキングは気分を高揚させる。そうだ。もっと恐れろ。自分はアンデッドの中のアンデッド。生者よりも死者よりも高位の存在、ノーライフキングなのだから。
その間にエクレアから少女へとドレイクは受け渡された。成人男性を鎧ごと持ち上げているという行為によって、少女の身体強化魔術がかなり練り上げられているものだとわかる。ノーライフキングが相手にするならば、目の前の愚かしい男よりもあの少女の方が相応しいはずだ。
結論に達したノーライフキングは、少女めがけて無詠唱で闇の弾丸を放つ。先ほど牽制に使ったものよりも一回り大きい。対策もなく直撃すれば、生者など簡単に死ぬ魔術だ。
「〈
少女は光属性の上級防御魔術をいとも簡単に構築した。少女の前に出現した光の盾により、闇の弾丸は溶けるように消える。
「ほぅ、聖職者だったのかね? 魔術師かと思ったのだが」
「別に。不意打ちする卑怯者に教える気はない。〈
「チィッ!!」
少女は去り際に光属性の上級攻撃魔術を放った。ノーライフキングとなった自分を傷つけられるものではないが、それでも光の魔力は煩わしい。
それらに闇の衣で対抗している内に、少女は〈
「貴様……貴様のせいで!」
「あ? よくわかんねぇけど、今フランを逃したのはお前が弱いからだろ」
ブチッと、脳内を走っていないはずの血管が切れる音が聞こえた。あまりにも不敬が極まる男の態度に、ノーライフキングは身体を震わせて激高を放出する。
「いいだろう! この我にそんな口を聞いたこと! 死してなお後悔するがいい!!」
「死んだら後悔できねぇだろ。お前バカか?」
「バカは貴様だ! それが可能とするのがこの我、ノーライフキングなのだ!!」
「へぇ。見せてくれよ、そんなすごい魔術なら」
「言われなくても……やっておるわぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
ノーライフキングは全身に怒りをみなぎらせながらも、魔力をこれ以上ない精密さで編み込んでいく。更に詠唱は複雑であり、発動させるだけでも人間であれば一生かかっても到達できない域にある魔術だ。
目の前の不敬な男に対して、王として罰を与えなくてはならない。それはノーライフキングとしての義務。そしてそれは、今の全力をもって成されることだ。
「生きた屍となって後悔せよ!! 〈
ノーライフキングが永い時間をかけて編み出した超級魔術。闇属性の中でも随一の破壊力を持つ魔術である。これを選んだのはひとえに実力差をわからせる為と、この魔術によって死んだ人間を生きた屍にして復活させる効果を付与しているからだ。
つまり、これだけの大魔術を集団に対して放てば――それだけで大量に自らの手勢を増やせるということ。
そんな高みにまで昇った超級魔術を、今、たったひとりの男に向けて放っているのだ。ノーライフキングがどれだけ怒りに支配されているかは、言うまでもない。
魔術が発動された瞬間、ノーライフキングの背中から紫紺の龍が飛び上がる。それは龍ではなく、竜。蛇のような長い身体を持つ竜だった。
だがその竜は顔だけでゴーレムほどの大きさを持ち、全長で見れば帝都の一角を覆い尽くせるほどに長い。
更にその顔はノーライフキングと同じ怒りで満たされており、激高した竜という造形そのものが相手に畏怖を与える。
怒れる竜は宙空をぐるりと回り、勢いをつけてからエクレアに向けて突進していく。闇魔術そのものである竜が通った後は、瓦礫すら残らない。わずかに触れただけの地面を溶かして進み、エクレアを飲み込まんと大口を開けた。
そこにあるのは絶望。滝に抗える人間などいないように、こうなってしまっては最早竜の怒りを受け入れるしかない。
そして蹂躙された後で、思い知るのだ。
ノーライフキングこそ、この世で最強の存在だと。
怒れる巨大な竜の牙がエクレアに迫る。
そうして、今まさにエクレアの顔を食い破ろうとする竜が――。
「〈ライトニング〉」
一瞬で霧散した。
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