30 世界最強

「『〈災厄の雷撃ライトニング〉使い』ですって。いいんじゃないですかね。私なんて『小さき紅の魔女』ですよ。なんですか『小さき』って! 失礼な!!」


 冒険者ギルドにおいて、正式にSランクに上がった先生の二つ名を耳にした。ただ私にとってはそれよりも、自分の二つ名をどうにかしたいという思いが強い。『小さき』だけは失礼極まりないだろう。いくら二つ名でも言って良いことと悪いことがある。


 先生の二つ名は、なんでも『災厄の子』という予言から来ているらしい。先代西の魔王が死ぬ時に、魔族を打ち倒す『災厄の子』の出現を予言していたとのことだ。それが今年のことであり、その予言を打ち破る為に、今の西の魔王は人間に攻勢を仕掛けたらしい。


 まあ全ては済んだことだ。私は仇を探す為に生き続けなきゃいけないし、先生は強者を探して世界を回るという目的がある。


 相反するものでもない。先生の圧倒的すぎる強さから学べるものは多分あんまりないと思いつつも、私は先生と共に旅をすることに決めた。


 っていうか。ちょっと常識部分をカバーできる人間がいないと、先生は未踏の地ではなくて人間社会で迷子になってしまいそうで不安になる。


「んなことどうでもいい! フラン! 肉がねぇ!」

「そりゃ一週間以上経ってますからねぇ……」


 授与式から数日後。私たちは『混沌の森』にある、先生の拠点に戻ってきていた。先生がキラーボアの肉のことを不意に思い出し、回収しに来たというわけである。


 ただまあ、〈防腐プリザベーション〉がギリギリまで掛かっていた肉を、モンスターが見逃すわけもない。ほぼ新鮮なままだっただろうし。〈保護プロテクション〉が切れるのを待っていたモンスターだっていたはずだ。そういうことに対して、意外とモンスターは狡猾だったりする。


 先生の拠点は今見れば魔術を持たない人間が、なんとなくで作ったかのような粗雑さだ。あの時は、先生という偉大な存在に目が補正されていたのだろう。

 

 いや工作に転用可能な魔術を使えない人間がこれだけのものを作り上げたのは確かにスゴイのだが、それだけでしかない。


 石の作業場に、石の物干し台。撥水性の高い葉っぱの衣類収納に、石組みで造られた天蓋。ベッドこそモンスターの毛皮で構成されており、まだ文明の光が見えるが、それだって剥いだ毛皮を重ねているだけだ。


 なんとなく先生の人柄が見えてきた今、これが精一杯だったんだなぁと思う。


「あんな肉なんてどうでもいいじゃないですか。一生かかっても使い切れないお金をもらったんですし」

「でもお金は大事だし」

「だーかーらー! お金は使ってください! 使わなきゃ無価値なんです!」


 授与式の後、冒険者ギルドを通じて国から報奨金が支払われたのだ。要らないと固辞する先生だったが、しまいにはギルドマスターが頭を下げたので渋々受け取った形になる。


 元々ブラックドラゴンの討伐報酬だけでも、一生遊んで暮らせる金額ではあったのだ。だが人間社会で生きてこなかった先生にとって、お金ほど無価値なものはないらしい。


 ――そりゃ10年間、人間社会の外で生き抜いた人だしね。


 最初こそ苦戦しただろうが、修練時間と共にあれだけの強さを得た人だ。お金に頼らない生き方を知っているからこそ、お金を使わないのだろう。


 でも最近思うのは、単純にお金の使い方を知らないんじゃないかってことだったりする。


 支払いができないとかいう意味ではなくて、どうしたらいいのかわかってないだけな気もするのだ。孤児院育ちなら、どうしても性根の部分には金銭の重要さが染みているだろうし。

 要するに、持て余しているだけなのだ。多分。


 とはいえ、先生が贅沢を覚えるのも良いことなのかどうか判断がつかないし。彼自身がなにかを欲しがらない限りは、あんまり勧めるのもやめておこうと思う。


「くそっ! 俺がもっと強ければ、肉を守れたのに……!」


 真剣な顔で地面を叩く先生。こういう時に地面が割れないのは、無意識に力をコントロールしてるのだろう。


「いや強くても肉は守れませんよ。防御魔術を使えないと」


 正直、むき出しの肉を守るのに強さは要らない。〈保護プロテクション〉は初級魔術だ。しかしモンスターは他人の魔力を警戒して寄ってこない、というだけである。


 モンスターが賢ければ賢いほど、不明な魔力源には近づかないものだ。罠があるかもしれないしね。っていうか賢ければ、そんな怪しげな肉に手を出す必要もないし。


「俺が、俺が〈ライトニング〉以外の魔術を使えていれば……!」


 悔しそうに歯噛みする先生。キラーボアの肉ひとつでここまで悔しがる人は、冒険者にもいないだろう。


「先生。そんなに悔しいなら、もう一度狩った方が早いと思いますよ」

「いや、この森に出てくるモンスターは隠れるのが上手い。もしかしたら見つけられないかもしれないからな」


 隠れるのが上手い……? キラーボアが……?


 そう思ったが、おそらくだけど先生の力を怖がって出てこないだけじゃないだろうか。先生はなぜか強者特有の覇気を持たないが、この森で暮らしてればモンスターたちに強さは知れ渡っていただろう。


 その為、名前のとおりに猪突猛進型のキラーボアですら、先生からは身を隠したというわけだ。


「そんな時だって、気配探知をする魔術を使えれば苦労はしないだろう。やはり俺はもっと強くならなければならん!!」


 ぐっと拳を握って立ち上がる先生。その目には炎が灯っているようにも見えるが、私は苦笑いのまま応対する。


「いや強くなるって……先生。そんなこれ以上強くなってどうするんですか? ブラックドラゴンだって一撃だったのに」


 先生が自分のことを弱いと思い込んでいる理由はわかっているが、言わなくては気が済まないのだ。

 すると先生は決意を込めたような顔で、私に言い放つ。


「だが現に俺は肉を奪われた。俺はもう奪われる側にはいたくない。奪われることのないほどに強くなる。それがこの世界で生き抜くということだろう」


 出会った頃に聞いたことと同じような言葉を先生は紡ぐ。


「だから、俺が強くなる理由はただひとつ」


 ああ、私はもう知っている。彼がどうして強さを求めるのか。その結果、彼がどれだけ強くなったのか。


 この後に来る言葉を予想し、私は心の中で返事を用意する。思わず微笑んでしまったのは、それだけ先生のまっすぐさに心が照らされているからだろう。


「俺は自分が生き抜けるか証明したいだけだ!」


 予想通りの言葉。

 必死の形相で叫ぶ先生に対し、私は用意していた答えを突きつける。


「いいえ先生、貴方は既に世界最強です」





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ここまでお読みいただきありがとうございました!!

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また、もうしてくださっている方は改めましてありがとうございます!!


続きのプロットはありますが、書くかどうかは正直やる気に火が点くかどうか次第です。

なので、もしお待ちいただけるのなら、ゆっくりと待っていただけると幸いです。

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