14 魔力量
「だけどお前は魔術となると回りが見えなくなるからなぁ……今回だって」
ギルドマスターにちらっと視線を向けられたのは先生。
彼はなにが問題なのかわからず首を傾げただけだが、代わりに私が抗議しておこう。私はカウンターを叩いてギルドマスターに詰め寄る。
「先生の〈
「あれは身体能力だろうが」
「でも〈
聞いただけだから本当かどうかはよくわからないけれど。そもそも〈
しかも今はやってないとかも言っていたはずだけど……ギルドマスターの自信を更に奪うことはないだろう。
私が熱弁を振るうと、ギルドマスターはため息を吐いて首を振った。自分には手に負えないと、扱いを諦めるような顔をされる。
「オレには魔術のことはわからん。〈
「まあ、実を言えばそこは私もそうなんですが……」
私たち2人分の視線がじっと先生に注がれる。しかし先生は首を傾げながらしれっと答えるだけだ。
「そんなこと言われても、できるものはできるとしか言いようがないな」
先生の「当然だろ?」と言わんばかりの態度に、私は自然と苦笑いが浮かんだ。もう驚くとかいう次元の話ではなくなってきたのかもしれない。
「ですよねぇ……でも上級魔術を打ち破るほどだから、かなりの魔力量が込められてたはずで。となると〈
「おっ。そういうことなら、いいアイテムがあるじゃねぇか」
私が呟くように考察し始めると、ギルドマスターはカウンターの下からなにやら球体を取り出した。それはガラスでできた丸い物体であり、私はなんだか懐かしい気分になる。
「これは新人冒険者が『魔術を使う』って申請した時に使うものでな。手をかざして魔力を注ぐと、そいつの持ってる魔力が測れるっていう魔道具だ」
「私もやりましたねぇ。私の時は……割れちゃいましたけど」
確か魔力量が多すぎるとかなんとか言われたなぁ、と思い出す。その傍らでギルドマスターは思いっきり表情を曇らせていた。
「お前が規格外だったんだよ。ったく、この魔道具高いから上からどやされたぜ。責任を持って高ランクに育てろ、ってな」
「そんなことがあったんですねぇ。ご苦労さまです」
私としては笑顔を浮かべてそう言うしかない。あの変人の師匠に見出された魔力量は伊達ではないのだ。
対照的に、ギルドマスターはギリリと歯を噛み鳴らした。
「コイツ……! はぁ……まぁいい。エクレア、これに魔力を注いでみろ」
「おぅ。これでいいのか?」
先生は球体の魔道具に手をかざし、魔力を流し込んでいる様子。球体が爆発でもするんじゃないだろうか、と私は身構えていた。
ギルドマスターが光っている球体の中身を見て判断しているが、その表情は優れない。
「なんだこりゃ……魔術師としちゃ、下の下だな。〈
「えっ!? そんなはずは! だって上級魔術を……!」
私は思わずギルドマスターから魔道具を奪い取り、中身を確認する。確かにギルドマスターが言っていた通り、魔力量としてはかなり少ない。わずかに球体の中心が光っているばかりだ。
私は先生を信じられないものを見るように見上げて首を振る。こんな魔力量では私の知らない方法でどうにかする、という路線すら怪しくなってしまった。
「ど、どういうことなんですか、先生……!」
「俺に言われてもな」
先生が一番わからないと言うように肩をすくめた。
どういうことなんだろうか。私は先生の理解不能な部分が増えてしまい、つい頭を抱えるのだった。
「魔道具の故障とか? ちょっと私が……」
球体に向けて魔力を注いでみる。すると球体は強い光源のように輝き出し、これ以上注ぐとまた割れそうなほどだった。
「故障でもねぇみたいだな」
ギルドマスターがわからんという風に首を振りながら、私から魔道具を取り上げた。
まさか先生の魔力量は本当に少ないのだろうか? でもだとしたら、どうやって初級魔術で上級魔術を……?
「というか〈ライトニング〉なんて一万発ぐらいは連続で撃ち続けられるぞ」
「えっ、一万発!? どういう状況だったんですそれ!?」
「いや、普通に修行の一環で。今の魔力はどれだけあるのか試してみたんだよ。数年前に」
しれっと言ってのける先生の態度に嘘はなさそうだ。となると、魔力が少ないというのはやはりおかしい。だけど魔道具の故障でもない。
だけど、一万発なんて途方もない数だ。いくら初級魔術だとしても一万発も撃てば、私の魔力量でもかなり消費してしまう。それを余裕と言った顔を浮かべているのだから、先生の魔力量は底なしのはずなんだけど。
「ま、魔力談義はそこまでにしようや。考えたってわからないものはわからねぇんだから。まずは」
ギルドマスターは先生のギルドカードを指差した。
「脱線して忘れてた説明をさせてくれ」
私はポンと手を打った。先生の魔力量が衝撃的すぎて、すっかり頭の片隅に押しやっていて忘れてしまっていた。
それはカードに書かれたランク、『C
先生はギルドマスターに対して、ギルドカードを見せるように掲げた。
「で、なんなんだこのランクは?」
「特別措置だ。冒険者のランクに素行や信頼が影響するのは説明したな?」
先生はこくりと頷く。さすがにさっきまでの説明を忘れるほど、魔力量の話に熱中していたわけではないようだ。私もしっかりしないと。
「お前さんの場合、その担保がねぇ。だが実力は間違いなくSランクだ。その折衷案だよ」
「この+ってマークがか?」
ギルドマスターは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「そいつは1つあれば、1つ上のランクの依頼を受けられる。3つあればCランクでも……」
「Sランクの依頼を受けられるってわけか」
「大正解! 昔の荒くれ者が多い時代の措置だったんだが、今でも活きてるってわけだ」
納得して、私は改めて先生のギルドカードを眺める。
Cの横についた三つの+マーク。あれのおかげで私と同ランクまで引き上げられているわけだが、やっぱりどこか納得いかない。あれだけの強さを持っているのに、私と先生が同じランクなわけがないのに。
「でもなんだかケチ臭くないですか? Sランクは元から特別枠なんだから、いいじゃないですか」
私が不満を込めて言うと、ギルドマスターは困惑したように手を振った。
「そう言うなよ。オレだってそうしたかったが、もしコイツが素行面で信頼を落としたりすれば誰の責任になるんだ?」
それはもちろん責任者である。この場合の責任者と言えば――。
「ギルドマスターですねぇ」
「だろ? その保険としてのCランクなんだ。その代わり、+マークがあれば実力は保証されてるわけだから昇格試験や活動年数は免除でいい。信頼さえ勝ち取れば、すぐにでも正真正銘のSランクまで行けるってわけだ」
先生の冒険者ランク決定までに騒いでいたのはそこだったのだろう。最終的に、ギルドマスターが職員からの正論を受けて妥協したというわけだ。いや正論というか、痛いところを突かれたというか。
ただその説明を聞いても、私はやっぱり納得できていない。
「ですけどぉ……」
「いや助かったぜ。ありがとな」
不満そうな私を抑えてるように前に出て、先生は頭を下げる。ギルドマスターは驚いたように目を見開きながらも、片手をひらひらと振った。
「いいってことよ。これも仕事だ」
「だけど、これで俺はもっと強いやつと戦えるってことだな」
ぐっと嬉しそうに拳を固める先生を見て、私はギルドマスターと視線を交わす。
「……フラン。情報もタダじゃねぇって教えておいてくれ」
「……そうですね」
騙していたわけじゃないが、ギルドから情報をもらえるわけじゃない。欲しい情報は買うことになっているからだ。
もちろんクエスト内容であればタダで教えてもらえるけれど、クエストに先生が戦いたいと思うモンスターが必ずいるとは限らない。
となれば、強敵の情報はクエストとして出回る前に集めてもらう必要がある。その調査にお金がかかる、という仕組みなのだ。
それを先生に説明すると、納得したように「なるほどな」とあごをさする。
「とにかく。まずは金が要るんだな」
「そ、そうなんですよ、先生! ですので、いろんなモンスターを倒しまくりましょう!」
「お前ほどの強さを持った奴がクエストをこなしてくれると、こっちも助かるからよ。頼んだぜ」
私たちの言葉が届いたのか、先生はゆっくりと頷いた。
これから先生の冒険者としての生活が、伝説が、今、始まる――。
「っていうかお前弟子じゃないけどな」
「えぇっ!? まだそれ言ってるんですか!? もういいじゃないですか! 門番たちにも言っちゃいましたし!!」
既成事実というやつだ。先生が認めなくても、周りからそう思われていればいつかは認めてもらえる日が来るだろう。ちょっとずるいかもしれないが。
「お前なぁ……」
先生はうっとおしそうにこちらを見下ろした。ずっと見ていたはずなのだが、そう細められると改めて目つきの鋭さを再確認してしまい、思わず口から言葉が突いて出る。
「先生、顔怖いですって!」
「意外と傷つくからやめろ!」
先生は肉体の強さとは裏腹に、意外と精神は繊細なようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます