07 力を求める理由
弟子入りを断られて、私は思わず顔を上げた。
断られる可能性を考えてなかったわけじゃないが、にべもなく断られると少し動揺する。
「私では、弟子としても力不足ということでしょうか」
思い当たる原因はそこだろうと口にしてみると、エクレアさんは真面目な顔で首を振った。
「俺だってまだ修行中の身だ。弟子を取れるほど偉くはない」
ここで私は彼の言動に疑問を持った。
あれだけの強さを持っていて、修行中の身とはなんなのだろう。
龍を倒し、上級魔術を初級魔術で打ち破り。
彼はなにを目指して強さを求めているのか。
「エクレアさんは、なぜ修行しているのですか?」
そう訊いてみると、彼はキツイ目つきをスッと細めた。
まるでこちらを殺そうとしているかと錯覚するほどの眼力だが、殺気がないことからただの表情動作であることがわかる。
「俺は……生き抜きたいんだ」
「生き抜きたい……?」
どういうことだろう、と私は言葉をオウム返しする。
「この世界は弱肉強食だ。力のない奴は奪われるのみ。だから、俺は奪われないように強くなるまでだ。それが、この世界で生き抜くってことだろう」
その目は強く、空色の瞳が意思によって爛々と光っているようだった。
生きる為に強くなる。奪われないように強くなる。
それは、私とは違う純粋な力への飢えだ。
なによりも、その信念の果てにあるのは。
「世界最強を目指すってことですね」
そうならなければならない。
奪われないのは、頂点に立つひとりのみなのだから。
そんな私の言葉に、エクレアさんはふと笑顔を見せた。
口の端を吊り上げた様は、悪党の親玉のようだったがそういう意思がないことはわかる。
「そこまでいけるかはわからんがな。俺だってまだまだ弱い」
弱いと自身を判断するエクレアさん。
そんな彼に、私は大きく首を振って反論する。
「いえ、先生の強さは本物です! 〈
だがエクレアさんは神妙な表情で首を振った。
「この世界には必ず俺よりも強い奴がいる。あの程度の奴相手に勝利を誇る気はない」
あの程度、と言われて私は思わず顔が引きつってしまう。
エクレアさんにとってはあの程度なのだろう。例え、上級魔術を詠唱破棄するほどの使い手であっても。
ただエクレアさんの言っていることは間違ってはいない。
先程の魔族は"油断と、不意打ちへの対応不足"という、私の落ち度によってピンチに陥った相手だ。しかし、真っ向勝負なら私の負けは可能性が低かっただろう。
魔族は上級魔術を最大の術として放った。ということは、それ以上の手段はなかったはず。
物理耐性への魔術を備え、上級以上の魔術を使える私なら間違いなく勝てる相手だ。
つまり、エクレアさんの強さからすれば『所詮、あの程度』なのだ。
私でも勝てる相手に、彼が脅威を感じることはない。
そしてそんな彼でも修行中の身だとして、まだまだ力を求めている。
現代魔術では理解できない初級魔術の使い手。だというのに、彼はひたすらに上を目指しているのだろう。
飽くなき向上心に、隔絶した強さ。
やはり、私自身が強くなる為にも弟子入りするなら彼しかいない。
私には魔術の『師匠』がいるので、勝手ながら『先生』と呼ばせてもらおう。
「あと弟子入りが認められない理由としては」
不意にエクレアさん――先生が口を開く。
そこには難しい表情が浮かんでいたが、頭をかいて私を見下ろす。
あっ、と私は何かを察した。
この感覚は幾度となく経験がある。言いにくそうにこちらを見下ろしてくる大人たち。
そこから繰り出される言葉はいつも同じ。
「子どもだからだな」
そうだ。
私はこの身体の小ささと童顔故に、いつだって子ども扱いされてきた。
冒険者という身分を手に入れてからだって、冒険者証の偽造を疑われることだって少なくない。そんな簡単に冒険者証が偽造できてたまるか、という怒りを飲み込んで笑顔でやり過ごしてきたのだ。
私の脳内に溢れ出る過去の嫌な思い出たち。
身長の低さをバカにする者。
年齢の低さを疑う者。
小柄という理由だけで侮ってくる者。
それらを打ち消しながら、努めて冷静に振る舞って先生を見上げる。
「いいですか? 私は19歳です」
「19……19!? 成人して4年も経つのか!?」
先生はこの短い付き合いの中で、初めて感情をあらわにしたように驚いた。
見開いた目は目つきの悪さを打ち消していて、いっそのそのままで過ごせばマシな人相なんじゃなどと私の中に黒い考えが浮かぶ。
いけないいけない。
身長のことを言われると、胸の中にドス黒い感情が湧いて出るのは抑えないと。
「あれ、ちょっとまってくれ。今って何年だ?」
突然、先生は首を傾げながら訊いてくる。
現在の暦を教えると、先生は何かを納得したように頷いていた。
「じゃあ俺は今25歳なのか。あれから10年も修行してたんだな」
どうやら先生は15歳の時から修行を始めていたらしい。
私が魔術師を志したのも、ちょうど10年前だ。不思議なところで縁を感じて、私の中で先生への親近感が上がる。
ただそれと同時に。
同じ時間を過ごしていても、これだけ強さが違うのかと唇を噛んでしまう。
「やはり先生はすごいですね」
複雑な感情のこもった呟きが漏れる。
すると、先生は怪訝そうな視線でこちらを見下ろした。
「……なんで先生?」
「弟子入り志願ですので。あ、やっぱり師匠のほうが良かったですか? でも私、もう師匠はいるので、僭越ながら……」
「いや、弟子は取らないって言ったんだけど……」
「私が勝手に呼んでるだけですので」
先生はどこか納得できない様子で頭をかいていた。
しかし、私が勝手に呼ぶことを止めることはできないだろう。
私は彼の強さと生き様を尊敬しているのだ。
この呼び方を変えるつもりはない。
しばらくは悩むような仕草を見せていた先生だが、やがて諦めたのかパッと表情を戻す。
「まあいいか。で、なんでフランはここにいたんだ?」
あっ、と私は自分のことを話していなかったことに気づく。
「冒険者のクエストですね。説明すると……」
私は自分のクエストが水龍の調査だったことを告げる。
だが、『海の王者』と呼ばれた水龍を先生が倒したこと。
それによって、魔族と人間の間に隔たりがほとんどなくなったことを述べていく。
喋りながら、私は徐々に不安に陥っていた。
水龍がいなくなった時点で、ここ『混沌の森』には強いモンスターがいるだけの森と化している。
強いモンスターと言っても、水龍と比べれば天と地ほどの差があるのだ。
水龍はどれだけ戦力を集めても狩れるかどうかわからなかったが、ここに生息するモンスターはAランク冒険者で充分に討伐可能である。Bランク冒険者でも相手を選べば勝てるほど。
となれば。時間さえかければ、兵士を消耗せずに森を切り開くことも可能だ。
当然、それは魔族側だって同じことだろう。百年近く停戦状態だったのは、水龍という存在があったせいなのだから。
つまり、人間対魔族の戦争が再開される可能性は充分にある。
先程、先生が倒した魔族も水龍の調査に来ていたらしい。それは魔族たちが開戦準備をしている証左ではないだろうか。
「ふぅん。人間と魔族の戦争ねぇ。魔族ってのは人間が憎いってことか?」
説明を噛み砕いたらしい先生が気軽に質問を投げてきた。
「歴史の中でこの二種族はずっと争ってますからね。魂レベルでお互いに憎み合ってます」
「俺は憎んでないけど?」
「先生は規格外ということで」
人間社会で生きているのなら魔族を知らない者のほうが珍しい。
魔族がどれだけ残虐な存在かというのは、絵本なんかで子どもですら知っていることだからだ。
だから人里から離れた場所で修行をしている先生のような例外じゃない限り、魔族というのは非常に常識的な害を持つ存在である。
「フランも憎んでるのか?」
おそらくは何気なく語りかけただけなのだろう。
だが、私の心の奥底に火が灯る感覚が走った。
大丈夫。落ち着け。
先生はただ質問しただけだ。あの日のことを思い出す必要はない。
魔族は憎い。ただそれだけ。
それだけが真実であり、事実だ。
「……えぇ。とっても」
笑って誤魔化そうとしたが、うまく笑えただろうか。
だが、もしできていなくともどっちでもいいことだ。
私の根源の説明は、そのうちにしなくてはならないだろうから。
力を求める理由を伏せたまま、弟子入りし続けることはできない。まあ今はまだ志願だが。
「ただ、《蒼い炎》を使う魔族がいたら教えて下さい。私の……倒すべき敵ですので」
先生は私の言葉を追求することなく、「わかった」とだけ答えてくれた。優しさからか、それとも深入りすべき問題ではないと思ったのか。
変な空気になったのを払拭しようとしてわざとらしく咳払いをし、私は先生を見上げる。
「ともかく。ひとまず街に来ませんか? 先生ほどの実力なら冒険者ギルドも大喜びですし。情報も得られるから、世界にいる強者が判明するかもしれませんよ?」
私は先生の戦うところをもっと間近で見たい。そのためには行動を共にする必要がある。だからこそ、情報を共有できる環境に移ってもらう必要があるのだ。
先生は強敵と戦い、私はそれから何かを学習する。
先生と私の利害が一致する方法だ。
言ったとおり、先生の強さなら冒険者ギルドの試験はどうとでもなるだろう。
お金に関しては、Sランク冒険者ということで私の分が余りに余ってるので、それで対応すればいい。なにより、先生の強さならすぐに私の稼ぎを越えることは容易に想像がつく。
私の提案を受けて、先生はあごに手を当てて思案していたが。
「……そうだな。この10年、闇雲に世界を回っていたが、そろそろしっかりと強い奴と戦わなきゃならん」
先生は街に行くことを決心してくれた。
私が先生の戦いをもっと見たいというのは本心だが、情報がある街のほうが強者に辿り着きやすいというのも事実だ。決して私が先生を利用したわけじゃない、と誰にでもない言い訳をしておく。
謎の自己弁護を脳内で繰り広げながら、私は森の出口に首を向ける。
「では早速街へ……ッ!?」
瞬間、森の奥から接近する気配に振り向き、私は臨戦態勢を取った。
茂みの奥から現れたのは、3人の魔族たち。
どれもが雑兵とは違う空気を纏っていた。
「あれ、人間じゃん。もしかしてアイツやられちゃったのか?」
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