08 VSエクレア・side魔王軍幹部

 オレの名はドライ。魔王軍幹部をやっている。


 魔王様の命令で水龍の調査に来たのだが、さっきから先行したアインの姿が見えねぇ。だから他の二人の幹部と合流して、いっそのこと先に水龍の調査を済ませちまうことにした。


 だが水龍がいるはずの湖のほとりには、なぜか二人の人間がいるじゃねぇか。それも緊張感がない様子だから、どうやらアインはやられちまったようだとわかる。そうじゃなきゃ、先に行ったアイツが人間を殺し損ねてることに理由がつかねぇ。


 オレは他の二人と視線を交わして、人間たちの前に出ることにした。奇襲してもよかったが、それで抵抗もできずに消し炭になられちゃ困る。アインのことも聞かなきゃならないからな。


 しかしそこはアインを倒した奴らだ。オレたちが茂みから出る直前にこちらに気づいたらしい。特に小娘のほうがそういったことには優秀らしい。すぐさまこっちに気づきやがった。


 ただ、もうひとりのデカブツのほうはダメだ。赤毛の小娘が構えてるのに、のんびりとようやくこちらに身体を向けているのだから。こっちのことなど何も気づかなかったのだろう。


「あれ、人間じゃん。もしかしてアイツやられちゃったのか?」


 わざと存在感を出しながら、奴らの前に姿を表す。

 それだけで小娘のほうは魔力を杖に集中させていた。実力がわかるというのは、弱者として必要な能力なのだろう。


「もしかして、お前らが倒したのか?」

「……はぐれていた魔族か? それなら先生が一撃で倒したが?」

「くふっ!」


 思わず口から笑いが漏れる。

 小娘が何か戯言を言っていたが、虚勢を張るにしてももっとマシな嘘で塗り固めるものだ。


 先行させたアインは、魔王軍幹部の中でも最も魔術の素養が伸びた者。

 同格として悔しいが、戦士型であそこまで魔術が伸びれば万能となれる。そんな才覚が眠っていたというのは素直に羨ましいくらいだ。


 全ては魔王様のおかげであるが、それにしてもアインの伸びは凄まじい。

 上級魔術の詠唱破棄を、昨日まで純粋な戦士だった者が扱えるようになったのだから。


 それは幹部にいた純粋な魔術師タイプの者が嫉妬をあらわにするほどだった。当然だ。上級魔術を扱えるというだけで、幹部には充分なのだから。

 それを一足とびに詠唱破棄までされてしまっては、魔術師タイプの魔族は型無しというわけだ。


 つまり、それほどまで才能を顕現させたアインを、オレたちに気づかなかったデカブツが倒せるわけがない。安い嘘にもほどがある。体格がある分、騙せるとでも思ったのだろう。


 そういえば、とオレは仲間のひとりに視線を移した。

 今回任務に帯同していた内のひとり、ツヴァイは純粋な魔術師だったな。アインに一気に抜かれて、めちゃくちゃ荒れてた奴だ。


 見れば小娘のほうは魔術師らしい。杖にローブ。古臭いが堅実な装備をしているのが見て取れた。


「そっちの身の程知らずな小娘は、ツヴァイ。お前がやれ」

「命令するな。魔術師と戦えるのだから、お前が言わずともやっていたさ」


 もともとその気だったらしいツヴァイは小娘の前に出る。

 オレとフィーアは、デカイ男のほうへ向く。


 コイツは小娘のほうと違って全くもって警戒していないし、なにより脅威を感じない。

 こっちを見下ろしてこそいるものの、大した強さでないことは明白だ。どうして小娘がコイツを先生と呼んだのか理解に苦しむ。


「おいデカブツ。さすがに二人がかりはかわいそうだからな。フィーア、相手してやれ」

「ああ。さっさと仕事を済ませよう」


 フィーアはオレの前に出て、臨戦態勢を取る。

 爪を構える姿は、古風ではあるがいぶし銀な魔族の風格を漂わせていた。


「オレの名はフィーア。お前は?」

「エクレアだ」

「いいだろう。お前の墓に刻んでおくとしよう」


 相手の名前を聞き、公平さを大事にする姿勢。フィーアは若い魔族には珍しく、礼儀を重んじるタイプだった。

 ちなみにほとんどの魔族はオレのように力こそ全て、という考えだ。魔族なんだから当たり前なのだが。


「フィーア。なら、お前の全力を撃ってこい」


 だが、デカブツはゆるく拳を構えただけで先手を譲ってきた。


「なんだと……?」


 フィーアから殺気が立ち上る。

 当然だろう。それはこちらを見下していることにほかならないのだから。


「どうした? それとも自信がねぇのか?」


 その一言で、フィーアの殺気がぶわっと膨れ上がる。


 ――あーあ。アイツ死んだわ。


 魔王様に力を引き出されても、魔術師としての素養は確かになかった。だがフィーアの素早さは段違いに上がっている。あんな余裕ぶったデカブツなんて、まばたきをする間に倒せることだろう。


 そう。


「では遠慮なく行くぞ。〈疾風竜爪斬〉!!」


 フィーアの必殺技によって。


 目にも留まらぬ速さでフィーアは動き、風となって駆け回る。

 その間に相手は自覚できないままに引き裂かれ、死を迎えるという技だ。


 この技を食らって生き延びた敵はいない。

 現にデカブツは全く反応できないままに、フィーアの縦横無尽の爪撃を受けて――。


「違うな。お前も弱い」


 デカブツが呟くと、次の瞬間に大きく地面が揺れた。

 オレは一瞬認識が遅れ、目の前の光景を疑う。


 そこにはデカブツの片手で、地面に押しつぶされているフィーアの姿があった。

 頭部は潰れた野菜のように砕け散り、鮮血が地面に広がっている。


「は……?」


 オレはそんな声を絞り出すだけで精一杯だった。

 目の前の光景は全部嘘なんじゃないか、って今でも脳の片隅が訴えている。


 だって、四天王の方々以外は誰もが捕まえられなかったフィーアだぞ。それも魔王様に強化までもらったはずなのに、あんななにもできなそうな……それこそ鈍重そうなデカブツに……。


「次はお前か?」


 既にフィーアには興味を失ったように、デカブツは持っていた身体をそのへんに放り投げた。

 頭部を失ったのだからフィーアの身体が動くことはなく、木にぶつかって地面に落ちる。

 

 デカブツからフィーアの身体の間に、赤い染みが続いていた。

 それは紛れもなく、フィーアの首から滴り落ちた血液だった。


「は……はは……」


 オレは喉から出てくる声を、どうにか空気と共に吐き出す。

 だが言葉にはならない。デカブツの鋭い眼光が、オレの心臓を、オレの肺を、握りつぶすように掴んでいるようだった。


 なんでだよ。さっきまでただぼんやりと突っ立ってただけのデカブツだったじゃねぇか。それがどうして今になって、こんなにも――。 


「どうした? 来ねぇならこっちからいくぞ」


 そんな言葉と共に、デカブツはオレの方へ一歩を踏み出した。

 瞬間、オレの脳みそは警鐘を激しく鳴らす。


 いけない! アイツを近づけるな! さもなければ、フィーアのように……! ゴミみたいに死んじまう!!


「うわぁああああああああ!!!」


 本能的なものだったのだろう。オレは気づけば、背中の斧を抜いて上段に振りかぶった。


 今のオレにできる最高の武技。

 魔王様から頂いた力によって可能となった、魔王軍幹部でも最上級の武技を。


 全身全霊でコイツにぶつけるしかない。それしかオレの生きる道はないのだ!


「〈大・地獄割殺〉!!!」


 その名の通り、地獄に通じるほどに地面を割るという力任せの一撃。

 当たろうが当たるまいがどうでもいい。当たれば殺せるし、外れても割れた地面にコイツは落ちる。


 そうなれば奈落に落ちて死ぬだけだ。オレの勝ちは決まっている。そうだ。この技がオレを裏切るわけがない。オレの勝ちだ!!


 全力で振り下ろした斧はデカブツの脳天を直撃し、その身体を真っ二つに引き裂いた。


 ――はずだった。


「これも違う」


 現実は……デカブツの片手で止められてしまった。それもしっかり掴まれたわけでもない。ただその人差し指だけで、オレの最高武技は止められてしまったのだ。


 しかも押してもビクとも動かない。これ以上押し込むことがどうしてもできない。


「なんでなんでなんでなんでだよ!? どうして動かない!?」


 おかしいだろ。オレの全力だぞ! どうしてこんなデカブツとはいえ、ただの人間に止められてしまうんだ! それも人差し指一本で!! 


 魔王様! 魔王様! もしかしてあれはまやかしだったのですか! オレに与えられた新しい力は、ただ士気を上げるだけの幻術で……!


「俺も、お前も弱い」


 デカブツが冷たく言い放った瞬間。


 ぐしゃりと頭の中から音が鳴り、オレの視界はぐるりと回転しながら空に近づく。かと思えば、ぐるぐると回る視界の中で地面に落ちていった。


 地面に顔が叩きつけられた時、オレはオレを見上げる。


 ――あ、オレの身体……。


 視線を上げて、その一番上にあるはずのオレの頭を確認する。

 だが、そこにあるはずの頭は……存在していなかった。その位置にあるのは血に塗れたデカブツの手だけ。ヤツが少し開いた手の中には、俺の頭部の残骸が残って見える。


 首なしの自分を見上げて、オレはようやく理解した。

 自分は既に目玉だけの存在となっており、デカブツに頭を握り潰されたことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る