09 一路、街へ

「ふぅ……まあこんなもんか。やっぱりさっきの奴が一際強かったんだ」


 私は消し炭と化した魔族を見下ろして呟く。

 魔術師タイプだったらしいけど、上級魔術の撃ち合いにいった辺りで私の圧勝は決まった。


 だって、コイツは上級魔術の詠唱破棄ができなかったのだから。

 そうなれば詠唱破棄ができる私に軍配が上がるのは、当然の結末だと言える。


 情報も引き出したし、冒険者ギルドに生かして連れて行くこともなかったはずだ。

 そもそも、魔族とかいうゴミ共が一秒でも長く生きている事実に耐えられないだけなんだけど。


「魔王軍幹部はあと4人いるらしいけど。でも一番強かったのがさっき先生が倒した奴ってことなら……心配はいらないかな」


 Sランク冒険者は私だけじゃないし、軍だっているし、先生もいる。

 幹部は相手にならないと判断しても問題ないだろう。


 だがそれよりも上にいるという――四天王の存在は未知の領域だ。

 幹部よりも強い、と言ってもどこまで強いのかわかりはしないのだから。


 私は首を振って、深く潜りかけた思考から抜け出す。

 今ここで考えても仕方のないことだ。とりあえず、先生と一緒に都市に戻らなきゃ。


「先生。ひとまず私と……」


 声をかけようとしたが、私は思わず言葉を失う。

 先生はそっと拳を握り、それを見つめていたのだ。その姿が、なんだか思いつめているようで軽率に声などかけられない感じがする。


 じっと拳を見つめているのは、自分の強さを確認しているのだろうか。

 それとも、先生のことだから自分の弱さを悔いているのか……?


「ダメだ。この程度のやつらでは俺の力を測れない」


 やがて首を振った先生の表情は、なんともいえない辛さを感じさせるものだった。

 強さ故の孤独、だろうか。


「先生」


 ようやく私が声をかけると、先生はゆっくりと私に視線を向けてきた。


「フラン。街に行くぞ。強い奴の情報を得なきゃな」

「はい! では準備しましょうか」


 これから先生の戦いを間近で見れると思い、私はなんだか嬉しくなってしまう。

 今回は私も戦ったから横目でしか見れなかったが、次からは先生の戦いから強さの秘訣を得られるようにしなくては。




 湖のほとりに戻ると、先生の準備はすぐに終わった。

 元々持っていくものなどなく、処理が必要だったのは先程狩ったイノシシの肉程度だった。


 いや先生はイノシシとだけ呼んでいるのだが、おそらくあれはキラーボアの肉だ。この『混沌の森』に生息する通常サイズのイノシシと言えばそれしかいない。

 

 冒険者ギルドにおいては、Bランク認定されているモンスターだ。『混沌の森』においては弱いモンスターの部類ではあるが、油断した冒険者が殺されるケースも少なくない相手である。


 しかし聞いたところによれば、力加減をうまくやらないと爆散させてしまうのだとか。

 そんな話を聞いて、やはり先生の強さは規格外だと改めて感じたのだった。


 ともあれ。キラーボアの肉は〈防腐プリザベーション〉の魔術で防腐処理をしておいたので、数日ぐらいなら腐ることもないだろう。更に〈保護プロテクション〉も掛けておき、モンスターに横取りされないようにしておいた。


 魔術自体が大事というよりは、他人の魔力が纏われていることで野生のモンスターは警戒して手出ししないようになる、というだけである。


「よし。じゃあ行くか。どっちの方角だ?」

「えーと……あっちですね。ここから歩いて1日ほどかかります」


 魔術で森の出口をサーチし、私はその方角を指差した。

 転移魔術はあるにはあるが、魔法陣もなしに徒歩1日の距離を飛べるわけがない。となれば歩いて行っても同じことだろう。


「わかった! なら走るぞ!」

「は、ちょっ、えぇっ!? 先生!?」


 出口の方向を見ていると、不意に背後から持ち上げられる。

 胸元に抱きかかえられるわけでもなく、背中に乗せられるわけでもなく。


 ――なんか荷物みたいだな。


 私は軽々と先生の小脇に収まった。完全に配達人のそれである。


「いや無茶言わないでください! 歩いて夜営して1日って……うわわぁっ!?」


 先生の顔を見上げて抗議しようとすると、突然身体が横に動き出した。

 それも助走もなく最初からトップスピードであり、私の開いた口には大量の風が吹き込んでくる。


 ――とりあえず口は閉めておこう。


 それはそれで頬が風圧を受け止めてブルブルと震えるがしかたない。口を開けてしまえば、口内や喉の乾燥が必至だからだ。目も乾くので、しばしばとまばたきの回数が増える。


 小脇に抱えられたまま眼前の風景は流れていき、森の木々たちが後方へ流れていった。その勢いは、私が身体強化を最大に掛けた時でも比べ物にならないほど速い。


 その速度と激しく上下に揺れる振動に耐えながら、高速で視界が開けていく。

 歩いて数時間かかったはずの森なのに、先生にかかれば数分もかからず抜け出せるということだ。


 全速力――なのかどうかはわからないが、この速度で走っている先生はまるで足に羽が生えているかのよう。

 それは森を抜けて、都市へと繋がる平原を走っている今だとよくわかった。


 先生はただ走っているのではなく、一歩一歩低空で飛ぶように走っている。それがありえない速度で繰り返されているから、走っているように見えるのだ。


 要は先生の脚力では、細かい足運びで走るほうがロスが大きいということだろう。体格もあるだろうが、押し出すようにして走るからこその速度だと言える。


 流れていく平原の景色の中、私はふと気になって首だけで背後を振り向いた。

 すると視界全てを埋めるような土埃が立ち上がっており、傍目から見ればありえないほどに強い突風が通り過ぎているように見えるだろう。

 

 平原の真ん中だけを局地的に駆け抜ける暴風。

 それが今の先生なのだ。




「アレか!?」


 先生の荷物となって半刻ほど経っただろうか。振動や風圧にも慣れて、なんだか眠くなってきてしまった時、先生の声で意識が覚醒した。


 平原の向こうに広がる、地平線を埋め尽くすような城壁。あれこそがまさに目指していた都市だ。


「そうでぇぇぇぇあばばばばばば!!」


 口を開こうとすると、風が口内を蹂躙してまともに喋ることができない。私は返事もおざなりに口を閉じ、先生の腕をバンバンと叩くことにした。


 それだけで先生は理解してくれたのか減速し、城壁の数十メートル手前で停止した。というか私が返事しなくても普通に止まったとは思うけど。


「着いたぞ!」


 徒歩1日はかかる旅の距離を、たったの半刻ほどで到着した。到着してしまったのだ。

 先生の規格外さには今更ながら脱帽するばかりである。


 私は先生に下ろしてもらい、城壁を見上げた。見るもの全てを圧倒する堅牢な灰色の壁。それこそがこの『城塞都市ブレーキ』が城塞都市たる所以である。


 平原をどこまでも覆うほどに連なった巨大な城壁。いくら魔族の攻撃を受けてもビクともしないような威厳がそこにはあった。


「これが魔王軍との最前線に位置する城塞都市、ブレーキです」

「はぁー、これが都市か……」


 天高くそびえる城壁に、先生も素直に驚いているようだった。普段はキツイ目つきも、今では見開かれて丸くなっている。


 そういえば先生は15歳から修業してるとは言っていたが、それまではどこにいたんだろうか。この城塞都市に驚いているのなら、どこかの村とかだったのかもしれない。それで村がモンスターに滅ぼされて、とか。


 私は先生を引率するように先を歩く。どんな経歴にせよ、10年も人里の外で修業していたのなら都市についてわからないことの方が多いだろう。


 閉ざされた城門に近づくと、巨大な門を挟むようにして立つ兵士がこちらに声をかけてきた。


「ふ、フラン……! さっきのはなんだったんだ!?」

「俺なんて応援呼ぼうと思ったぜ! 警鐘が鳴らなかったのが不思議なくらいだ!」


 二人の兵士の慌てようを見て、「あー、それもそうか」と私は納得する。


 ここは当然ながら魔王軍との最前線。あんな土埃を巻き上げながら接近する物体があれば、すぐにでも厳戒態勢が敷かれてもおかしくはない。


 おそらくは城壁の上にいる魔術師が、こちらを魔族やモンスターではないと判断したからこそ迎撃されなかったのだ。そうでなければあんな速度で近づいてくる存在など、都市にとって脅威とみなされてもおかしくない。


「ごめん。騒がせたわね。こちら、エクレア先生。私の先生」


 私は後ろに立つ先生を紹介する。先生はこちらを見ながらも、城壁の方が気になるようで視線を頻繁に上げていた。


「えっ、あっ、お、お疲れ様です!」

「コイツが……? い、いや疑うわけじゃないが、なんか覇気がなくないか?」

 

 門番である二人の反応は正反対だった。

 Sランク冒険者の先生なのだから無条件で認める者と、先生自身を見て頼りないと判断する者。


 だがどちらも誤りだ。

 先生は私の影響などのおかげではなく、先生自身として強いのだから。


 しかし覇気がないというのはなんとなく理解できる。私も最初見た時は、全裸の変態としか思えなかったぐらいだ。


 ただ今なら理解できる。真の力を温存している為か、それとも強者は力を無闇矢鱈に振りかざさない為か。はたまた他の理由かもしれないが、先生はわざと自分を抑えているのだと。


「とにかく通るわよ。いいわね?」


 顔パスでもいいのだが、一応規則なのでギルドカードを出しながら私は二人に尋ねる。すると二人の門番は頷きながら、通用口の部分だけ門を開けてくれた。


 そこをくぐりながら、背後から声がかかる。


「ここだけ開くんだな」

「いちいちこんな巨大な門を開けてられませんから」


 人間十人分はある高さの門だ。『混沌の森』方面から戻ってくるのはほぼ冒険者だけなのだから、その為だけに城門を開けるわけにもいかない。だからこそ、こうやって人が通れる分だけの門があるのだ。


 そのまま進んでいき、都市部へと向かう。

 門からすぐに広がっているのは軍の駐屯地とも言える場所であり、まだ都市の中とは言いづらい。左右のどちらを見ても騎士や兵士が大量に待機しており、魔族の襲撃に備えている。


「そういやさっきのはなんだ? あの紙切れみたいなのは」

「あれはギルドカードで身分証ですね。身分証がないと、どの都市にも入れませんから」


 不審者を入れないためのシステムなのだが、先生のような存在は下手すれば二度と都市には入れないわけだ。身分証を持たないままに外界で修業をしているのだから。


 そんな状態で人間社会に戻る為には、身分証のいらない村などで信用を得るしかない。ただ、そういった辺境の村に先生が活躍できる場があるかと言われれば疑問だが。


 私たちはそのまま軍の駐屯地である部分を抜け、城塞都市のメインストリートに出る。


「おおー! これが都市か! すげぇ人だなぁ!」

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