10 冒険者ギルドへ
先生の驚きも当然だろう。ここ城塞都市ブレーキは、王国内の都市発展度で言えば王都に次ぐレベルなのだから。
城塞都市ブレーキは、元は魔王軍に対抗する為だけの防衛地だった。だが魔族も王国も攻め手に欠ける中とはいえ、緊張の強い防衛地に留まるだけの軍は士気を保ちにくい。
となれば軍の士気を保つ為、娯楽が必要になる。人を集めて娯楽を提供するとなれば、商売が入る。商売が入るとなれば、活気が出て更に人が集まる。
なんてことを繰り返した結果、ここは魔王軍との最前線でありながらも王都に近い賑わいを見せていた。
隣接する帝国や共和国との関係も良好な今。正騎士団の半数以上はブレーキに集まっており、「ここが最も安全な都市」などと言う人間も出てくるほどである。
人が多いのに、騎士や兵士が多い為に治安がいい。魔王軍も100年ほど攻めてこない状況なので、わざわざこんな最前線に移り住みたがる人も多いとのことだ。そういう意味では、土地が広大である故にスラム街が存在してしまう王都よりも住みやすいとも言える。
だからこその活気ではあった。メインストリートには多くの商店や露店が軒を連ね、行き交う人々も明るい表情で日々を送っている。
更に言えば冒険者も多い。それは魔王軍への備えとして招集されている部分もあるが、それ以上に『混沌の森』での依頼がある為だ。
あそこのモンスターは確かに危険なものが多いが、裏を返せば狩れる者にはかなりの収入源となる。倒せる者の少ないモンスターは、どうしてもクエスト報酬が高めになるからだ。素材にするにしろ、好事家の食料や収集品にするにしろ。
つまり、この都市には高ランクの冒険者から正騎士団まで勢揃いしている状態だ。王国軍最高戦力である騎士団長ですら、王都よりもこの都市にいる時間の方が長いらしい。
魔王軍への備えとしては当然とはいえ、「もう魔王軍など攻めてこないのではないか」と楽観視している空気も確かにあった。もちろん、その平和神話が崩れ去ろうとしていることは私が一番知ってしまっているわけだけど。
「それで、どうやったら強い奴の情報が手に入るんだ?」
人の観察も終わったのか、先生は本来の目的に戻ることにしたらしい。それについて話すには、まず冒険者ギルドに行った方が早いだろう。
「ではこちらへ。人混みではぐれ……ないですね。私を見失わないようにしてください」
言ってて悲しくなるが、先生の背丈は群衆の中でも頭1つから2つ出ているほどだ。むしろ小柄な私の方が、人混みに流されてしまいそうだとは自覚している。
人混みを避けるように裏路地を進もうかとも思ったのだが、最初から迷いそうな道を選ぶこともないだろう。やや進むのが大変でも、わかりやすい道を案内した方がいいと判断したのだ。
私は先生から見失われないようにしながら、大通りをかき分けて路地に曲がった。メインストリートである道からちょっと曲がった先にある酒場のような建物。それが目指す先である――、
「ここが冒険者ギルドです」
先生へ示すように、私は手のひらを向けて木造の建物を紹介する。一見すると2階建ての酒場といった風貌だが、これでも内装はしっかりしているのだ。
「これが冒険者ギルドかぁー……なにするのか知らねぇけど」
「あれっ!? 知ってると思ったんですけど!」
私が冒険者と名乗った時にすんなり受け入れたから、つい知っていると思っていた。
先生は首を横に振るが、特に気にした様子もない。
「ま、まあいいでしょう。とにかく入りましょうか。中で説明してもらった方が早そうです」
しかし冒険者を知らないとは、先生の出自はどこなのだろうか。私のような辺境の村育ちでも冒険者は知っていたというのに。
私はギルドの木製ドアを押し開けた。ぎぃっと軋む音が雰囲気を出す、というのはギルドマスターの妄言である。実際には手入れが面倒なんだとかなんとか。
内部に入ると、そこには様々な冒険者たちがいた。
掲示板で依頼を見る者。仲間たちと談笑する者。酒場スペースにて、既に出来上がり始めている者。
どいつもこいつも見知った顔だが、そこそこの実力者たちだ。
そもそも駆け出し冒険者は城塞都市には来ない。狩場としてあるのが『混沌の森』だけだからだ。あそこに入るには最低Bランクないと厳しい。ギルド側も承認しないだろう。
――全部先生には関係ないことだ。
圧倒的な強さを持ち、その『混沌の森』に住んでいた先生。その強さをギルドが知れば、むしろ冒険者になってくれと頼み込むに違いない。
私は先生と共に受付に行き、女性職員に話しかけた。
「すみません。ちょっとクエストのことで報告が……」
「フランさん。確か『混沌の森』の『ヌシ』の調査でしたね……そちらの方は?」
女性職員は私の背後にいる先生を目で指した。ギルド内に見慣れない人物がいて気になったのだろう。
私は心配ないというように目配せして、
「それも含めての報告です」
わざと真剣な空気を作りながら説明を始めるのだった。
「えっと……既に混沌の森のヌシは倒されていて、それをそちらのエクレアさんが成し遂げた、と。更に森の中には複数の魔族まで入っており、それが『魔王軍幹部』だった……で全部ですか?」
大筋は合っている、と私は同意の頷きを返す。
細かい部分や、先生に弟子入りしたことまでは言わなくていいだろう。言うとしてもギルドマスターだけで構わないはずだ。
ただフランの報告に対して、女性職員は明らかに困惑した表情を浮かべた。
鉄壁の営業スマイルが崩れていき、1人の苦労人の顔が見える。
「うーん……それが本当だとしたら……いえ、少々お待ち下さい」
そそくさと立ち上がって職員用の部屋へと消えていく女性職員。
私の情報を記入していた紙を持っていったので、その目的は察しがつく。
「どうしたんだ?」
「ギルドマスターに報告を上げるんでしょう。本当なら大変なことですから」
先生の存在が大きかったので考えるのをやめていたが、そもそもヌシを倒している現状はマズイとも言えた。
混沌の森は人間と魔族の境界線ともなる重要な地である。
広大であり、モンスターも一筋縄ではいかないモノばかりであり、水龍であるヌシがいた。
必然的に攻め込むには混沌の森を迂回する必要があり、互いにその迂回路の先に防備を固めている。
それもあって、人間も魔族も互いに攻め手を欠いていたわけだ。
だが、混沌の森からヌシが消えたとなれば話は別。
単純な話、森を突っ切って攻めればいいのだ。強固な防備を相手にするより、混沌の森のモンスターを蹴散らして進んだ方が人的資源の消費は遥かに少ないのだから。
それを魔族も同じ調査をしていたというのも気になる。
ヌシがいなくなったことを魔族たちも確認していたとしたら……。いや、調査隊だった魔王軍幹部は倒したから、しばらくは大丈夫だとは思うのだが。こちらは先生のおかげでギルドへの報告も1日かからずに行えたし。
なんとなく不安を抱えながら、待つこと数分。
職員用の部屋から現れたのは、禿げ上がった頭部を持つ屈強な男性だった。
鍛え上げられた筋肉は、巨大な戦斧でも軽々と振り回せそうな印象を与える。
「おぅ、悪いなフラン。時間取らせて」
「いえいえ。どうやら面倒なことになりそうですね」
私は軽く頭を下げ、男性――ギルドマスターは快活に笑いかけてくる。
直後、ギルドマスターの視線が先生に移り、値踏みするように上下に動いた。
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