11 冒険者登録
「アンタがエクレアってやつか。オレはここのギルドマスターだ。責任者ってやつだな」
「よろしく。で、こっからどうなるんだ?」
「まずは情報の真偽を確認することになる」
情報の真偽と言われて、私は思わずカウンターに身を乗り出す。
「私が保証すると言っても?」
しかし私が睨んでもギルドマスターは首を振るだけだ。
「コトがデカすぎる。こればかりは報告だけじゃムリだ。正騎士団が動きかねない情報だからな。まずは混沌の森に調査隊を出して……。えーと、あとは登録だったか?」
ギルドマスターの目がジロリと先生に向く。
露骨だが、先程よりも明確に先生を測っているのだとわかった。
「普段なら書類書いてもらってFランクからスタートだ、で終わりだが……フランの推薦となっちゃあな。アンタの強さが本当かどうかを確認させてもらうぜ」
「どうやって?」
ギルドマスターはやや逡巡した後で頷く。
「……他にいねぇしな。オレと模擬戦だ」
思ってもいなかった提案に私は少し驚いたが、先生の強さを思い出して口の端が吊り上がった。
水龍云々は見ていない為にどうにも言えないが、魔族を一撃で、しかも初級魔術で屠った光景は忘れられない。
「引退した冒険者が先生に勝てると思ってるんですか?」
ここのギルドマスターは元々冒険者だ。
一応、魔王軍への最前線ということもあって、ギルド職員も戦闘力を重視して選別されているらしい。
「オレだって数年前までは元Sランクだ。若造に負けはしねぇよ」
「ただの若造ならよかったんでしょうけどねぇ」
城塞都市のギルドマスターは、確かに元Sランクの冒険者だ。
だが、今では書類仕事などに忙殺されるギルド職員でしかない。そのブランクは非常に大きいだろう。
先生を見ると、理解しているのかしていないのかはわからないが、納得したようにギルドマスターへ視線を送っていた。
「とにかく。俺はアンタと戦えばいいんだな」
「話が早くて助かる。んじゃ、ちゃちゃっとやろうや」
ギルドマスターはカウンターを迂回して、私たちの側に来ると出入り口を親指で指した。
「兵士の訓練場を借りるからよ。このへんで広いとこ、つったらそれぐらいだしな」
「街の外でやればいいんじゃないのか?」
「さすがにモンスターへの警戒しながら腕試しはできん」
「そういうものなのか……?」
疑問を抱えたような先生を見て気づく。
先生は生きている間、常にモンスターや野盗といった外敵を警戒していたのだ。
どこにいようとも敵襲を警戒する。
そういった心構えが、先生の強さを形成しているのだろう。だからこそ先生は、街の外でも腕試しができると暗に示したのだ。
ただ、ここでそれを私が言うわけにはいかない。
先生が言いよどんだ言葉を私が奪うのは、あまりにも失礼なことだからだ。
私も先生もそれ以上何もいうことなく、ギルドマスターの後ろを付いて歩く。
冒険者ギルドを出て、大通りを戻り、軍の駐屯地まで来た。
直進すれば街の外に出る門へ行けるが、今回の目的はそうではない為に途中で道を折れる。
兵士たちからの好奇の視線を受けながら、私たちは駐屯地を内部へと進んだ。
ギルドマスターが訓練場の使用許可を受け、そちらに向かう。
「ちっとばかしギャラリーがいるかもしれねぇが、ま、気にすんな」
「兵士は暇なのか?」
先生の疑問に、ギルドマスターはひらひらと手を振る。
「休憩中の奴だけだ。城塞都市で見張りが仕事してねぇんじゃカッコ付かねぇからな」
ギルドマスターの言葉に、先生は城壁の上部へ視線を向けた。それにつられて私も同じ方向を見上げる。
今も城塞都市と言われるだけの数の兵士が、城壁の上で警備任務に就いているのだ。先程、急接近する先生と私を敵ではないと判断したのも、壁上の魔術兵である。それが魔族やモンスターであれば、警報を鳴らすのも彼らの役目だ。
とはいえ、ここからは兵士の姿などは見えない。高いからではなく、単純に角度が急なのだ。軍の駐屯地は壁に近すぎる。
「なるほどな」
「先生。ここから見えるんですか?」
私と違って先生は確かに大柄だが、それでもあごを空に向けるほどの角度なのだから、見えるわけなどないはずなのに。
「ああ。あそこに3人いるな」
先生が指差したのは、なぜか対岸の壁上にいる兵士たち。確かにここからでも対岸の壁は見えるが、距離が遠すぎて壁自体も小さく見えるほどだ。
私は目を細めて何度か視認しようとし、諦めて魔術を使うことにする。偵察によく使う遠視系の魔術だ。
「〈
私が言うと、先生は「そうかぁ?」と首を捻った。
もしかしたら先生からすれば当然のことなのだろうか。だが、普通は1キロ以上先の細かい人影など肉眼で見えるはずがない。
「話に聞いたとおり、規格外の兄ちゃんみたいだな」
楽しそうに笑うギルドマスターが先導して訓練場に入っていく。
本日の訓練は終了したのか、訓練場はガランとした空間になっていた。兵士たちがいないと、柵で囲われただだっぴろい広場でしかない。ただ周囲に置かれた木製人形や、訓練用の武器立てが訓練場だと主張していた。
数十人が一斉に訓練を開始しても平気そうな広さを確認してか、ギルドマスターは満足したように頷く。
「兄ちゃんがどんな技を使うかは知らねぇが、これだけあれば被害は出ねぇだろ」
「……1対1なんだよな?」
先生が確認すると、ギルドマスターは不思議そうな顔で頷く。私も首を傾げた。
「そりゃそうだが、どうしてだ?」
「被害が出るだとか、こんなに広い場所を用意するとか。もしかしたら複数人かと思ってな」
「安心しろ。オレとのサシだ」
ギルドマスターは愉快そうに笑いながら訓練用の木剣を2本取り出し、両手に持って構える。久々とは思えないほど、堂々たる構えだった。
「先生。ギルドマスターは引退したとはいえ、元Sランクの双剣使いですからね。油断はしない方がいいと思います」
「わかってる。俺はいつだって全力だ」
準備万端といったギルドマスターに対し、先生はスッと軽く拳を構えるだけだ。
「先生はやはり武器を使わないんですね」
「ああ。俺はずっとこの身体と、〈ライトニング〉だけで生き抜いてきたからな」
やはり自然の中で生きるのに武器は邪魔になるからだろうか。それとも先生に武器の扱いを教えてくれる師匠がいなかったから?
もし先生が武器を持てばどれだけの強さに――そう考えて首を振る。
混沌の森のような凶悪なモンスターが棲息する地域において、身体ひとつで生き抜いてきたのだ。
徒手空拳だったからこそ、今の先生があると言えるだろう。
先生がそうやって生きてきたことが理解できたのだろう。
相対するギルドマスターはごくりと喉を鳴らした。
「俺は生き抜くために少しでも経験が欲しい。だから、そっちから打ってきてくれ」
そんなギルドマスターに、先生は商店街で注文するような場違いな声で話しかけた。
この状況に、一切の緊張をしていない平静さを見せながら。
「へっ。上等だ。後悔すんなよ!!」
先生の言葉にギルドマスターは不敵に笑い、一歩を踏み出すのだった。
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