27 授与式前
魔王の捕縛。それとブラックドラゴンの討伐から一週間が経った。
先生の功績は冒険者ギルドのみならず、当然ながら国家に見つかる運びとなる。
まず魔王だが、魔力を封じられて地下牢獄に繋がれているらしい。奴自身があまり強くないことから、そうやって情報を引き出されているようなので、簡単には処刑されないだろう。
魔族領に関しては、まだ処遇が決まっていない。統治するか、奴隷とするか、焼き払うか。いずれにせよ、もう私たちから離れてしまった問題だ。
王国としては『百年以上続けていた魔族との戦争を終結させた』、というだけでも先生を英雄的扱いしているのだが。
それと同等以上に扱われているのが、ブラックドラゴンの討伐だ。先生は奴を一撃で倒し、肉体をほとんどこの世から消し去ってしまったのだが、現場に残った爪の破片と尻尾がある。
冒険者ギルドにそれを報告し、尻尾等が回収された後で正式にブラックドラゴンの討伐が認められたのだ。なんでも素材が、伝説の鎧に使用されていたものと同じだったからだとか。
ただその鎧もモノ自体は古くなっていたので、王都の宝物庫に眠っていたらしい。そうでなければ歴代の騎士団長が着用していたとかなんとか。
更に言えば。
ただのブラックドラゴンではなく、〈
どちらにせよ、人の身が単独で――しかも防具は『布の服』という、ロクな装備もなしに――ブラックドラゴンを倒したのである。
英雄、いやそれ以上の存在であることは、誰もが理解したことだろう。
だというのに。
「なんで授与式にそんな平民の服を!」
「だってこれしか持ってねぇし」
「いっぱいお金もらいましたよね!? それで今日までに立派な服を仕立てるように、って私言いましたよね!?」
「でもお金は大事だし」
「もー! そうなんですけどー! 使わないなら最も価値がないのもお金なんですよ!」
王都にある王城。その正門前で、私は先生に常識を説くことになってしまった。
これに関しては私が悪いとも言える。先生はずっと人間社会の外で修行していたのだから、価値観が違うのだ。王族に会う時ですら、平服でいいと思っているほどに。
私ですら普段遣いのローブはしまって、一応それなりに見えるような服を着ているのだ。冒険者といえど、これぐらいは身なりに気を使えなくてはいけない。
「わかりました。礼服は借りましょう。英雄なら借りられるでしょ」
「英雄ねぇ……。だいたい騒ぎすぎなんだよなぁ。あんなデケェトカゲ倒したくらいで」
うんざりしたような先生だが、私はもうツッコむのも疲れている。先生はブラックドラゴンを倒しても尚、自分の強さに無自覚なままだ。
敵を倒せた時、自分が強いのではなく相手が弱いと判断する。故に、その程度の相手を越えたぐらいでは自分もまだまだ弱い。
それが先生の思考回路だった。先日、落ち着いて話をした時にそれだけ聞いたから間違いない。やっぱり情報って大事。
ただその事実に驚いてしまい、その時に聞きそびれた質問を投げかける。
「そもそも先生はなんで自分が弱いと思ってるんですか?」
「俺は元々奪われる側だったからな」
そう言えば最初に会った時に、軽く訊いた覚えがある。確か、
『この世界は弱肉強食だ。力のない奴は奪われるのみ。だから、俺は奪われないように強くなるまでだ。それが、この世界で生き抜くってことだろう』
そんな感じのことを言っていたはず。
でもそれは、奪われる側だったからの言葉だなんて考えたこともなかった。なんとなくで、この世の理を肌で感じているからだとばかり。
「えっと……昔の先生ってどんな感じだったんですか?」
踏み込んでいいのかなと思いながら尋ねてみると、先生は特に気にした様子もなく話し出してくれた。
「俺は15までスラムの孤児院で育ったんだよ。で、そこの孤児院が成人したばかりの子どもを売りさばくヤベェ孤児院でさ。俺は命からがら逃げ出したけど、その時に力不足を痛感したわけだ。そんで一歩間違えたら俺もこのまま奴隷になってたんだな、って思ってさ。そのまま自然の中で自分を鍛えてたって感じだな」
簡単にまとめられたけれど、意外と壮絶な人生を歩んでいたんだなぁと今更知った。
だからこそ、先生にとって強さ=生き抜く力なのだろう。
「っていうか、奴隷って違法じゃないですか。王国出身なんですよね?」
「いや……今思えば自分の出身国がどこかはわからなかったな。上手いこと隠蔽してたんだろう」
とはいえ、奴隷が違法の国であることは間違いない。
孤児院で所属国を隠していたのは、奴隷がもし逃げ出した時に違法であることを知られたらマズイからだ。そういうのはどこから尻尾を掴まれるかわからない。悪人が賢ければ賢いほど、わずかな瑕疵すら付かないよう情報漏洩には細心の注意を払うだろう。
奴隷が違法な国は、王国、帝国、共和国の人間が住む3国だけだ。いや地域を変えればもっとあるだろうが、先生が『混沌の森』に住んでいた以上、この付近の国であることは間違いない。
「あっ……肉」
混沌の森、という文字列で思い出す。そういえば〈
先生が獲った肉だったので魔術を掛けたけど、どちらの魔術も一週間ほどで切れるので、効果日数的には昨日のはずだ。となれば、未だ新鮮な状態の肉が他のモンスターに食べられないわけがない。
「肉? 食べたいのか?」
先生もすっかり忘れているようだし、まあいいか。今更キラーボアの肉片ひとつなど、先生にとっても私にとっても大した獲物じゃない。
「なんでもありません。いい加減、入りましょうか」
正門に立つ門番は最初こそこちらを見てきていたが、今ではとっくに興味を失ったような顔をしている。それだけ長い時間、ここで話し合っていたのだ。
私は渋る先生を連れて、王城に入ることにする。
師匠が師匠だったので王城内部に入ったことはあるが、何度見ても圧倒されるものだ。正門から一歩入れば、天井が高く広々としたロビーがお出迎え。ここに足を踏み入れる度に、自分とは生きる世界が違うんだなぁと痛感する。
「Sランク冒険者のフラン様と……魔王軍討伐最大功労者のエクレア様ですね?」
疑問系ではあるが、確信を持った声が掛けられる。
私たちの前に静かに現れたのは、燕尾服に身を包んだ執事らしい執事の人だった。
「あのすいません。まずは先生に、国王様へお目通りする時に恥ずかしくない服を見繕ってもらっていいですか?」
「かしこまりました。ではエクレア様はこちらへ。フラン様はメイドがご案内いたします」
執事の人に先生は連れられていき、「別に俺はいいのになぁ」となにが問題なのかわかっていないことをボヤいていた。
私はメイドに連れられて待合室のような場所に通された。
豪華なソファに、真っ白で高価そうなテーブル。花瓶に活けてられている花も、そこらの花屋では買えないほどに華々しいものだ。調度品だって、それひとつだけで庶民の一年分……いや一生分の稼ぎに匹敵すると言われても驚かない輝きを持っている。いや嘘。ちょっとは驚く。
誰がいるわけでもないので、私はソファに座り込んだ。どこまでも身体が沈み込むような感覚に背中を預けながら、ぼーっとシャンデリアを見上げる。
――辺境の村出身の私が、先生の付き添いとはいえ王城に招かれるなんて。
行動の動機はまっとうな人間としては正しくないこと――復讐心によるものだったが、それがこうなるのだから人生ってわからない。
なんてこと言うと、師匠にも『フランは子どもみたいな見た目に反して、年寄りくさいことを言うクセがあるね』と笑われたものだ。身長のことに口を出したので、師匠のまゆげを引っこ抜いたけど。
「おいフラン。なんかすげぇ窮屈なんだけど」
ノックもせずに現れた先生。先生は真っ白な髪に合うようにか、青い礼服に身を包んでいた。まるで貴族が着るような、装飾過多な服。薄布で作られていた平民の服を愛用していた先生にとっては、それはそれは動きにくいものだろう。
「でも似合ってますよ」
「そうかぁ? こんなの、さっさと済ませたいだけだ」
先生は襟元を何度も広げようとして引っ張るが、そのままだと壊してしまうからか諦める。本当に嫌そうな顔をしているのが、なんだか笑えた。
ただそうなると。必然的に表情が常に歪んでしまい、
「そうしてるとめっちゃ顔怖いですね」
「だから傷つくからやめろ!」
やっぱり先生は、自分の目つきの悪さを意外と気にしているようだった。
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