14 帝都の異変
【side:???】
「これで上手くいくんだろうな? 避難の為とはいえ、こんなあばら家に連れてきおって」
帝都にある民家の一室。ともすれば、貧民に近い家の部屋において、太った男性はもうひとりの存在に疑問を投げる。
太った男性はそれなりの身分の服に身を包んでおり、帝国の貴族であることが伺えた。もうひとりは真っ黒いローブを頭から被っていて、その顔すらもわからない。その声質から男であろうということしか推測できなかった。
「はい。手筈通りですので。伯爵様の期待通り、もうじき始まるかと」
「ならばいいが。我らを迫害したあの皇帝……許すわけにはいかんからな」
伯爵と呼ばれた太った男性は木の窓から外を見る。その方向に帝都が誇る城があるが、ここからではその尖塔すら視界に入らない。
「しかし、本当によろしかったので? いくら自分たちが不当な扱いを受けたと言っても、民には関係のないことでは?」
男の質問に、伯爵は眉を吊り上げる。その顔は怒り心頭を表しており、伯爵は地団駄を踏んだ。
「奴らは我らが迫害された際に恭順の意思を示したのだぞ!? 今まで守ってやった恩を忘れ、あの憎き皇帝の言いなりになったのだから、民も同罪だ!! 当然であろう!」
「ですが帝都は皇帝の直轄領でして、伯爵の持っていた領地とは……」
「だからこそだ! あの男の罪は、それ即ち民の罪!! あの恩知らずどもに、我が怒りを思い知らせてやるのみだ!!」
伯爵は何度も何度も地団駄を踏み続け、やがて息切れしながら動作を止めた。要するに、彼は皇帝によって迫害された「元」伯爵にすぎない。
しかし男は、そんな「元」伯爵に対して恭しく頭を下げる。その事実を指摘すると、今以上に怒り狂って話ができないことを知っているからだ。
「申し訳ございません。出過ぎたことを」
「……よい。貴様らが仕事を果たせばそれでな」
「ええ。今回の仕事は、こちらにも利がございますので」
その声に喜色が見られたことから、伯爵は呼吸を整えながら訝しむ。
「だが、やはりわからんな。どうして帝都を混乱に陥れることが、貴様らの利になるのか」
「……いいでしょう。ここまでくれば伯爵様も裏切りますまい。我らが欲しいのは戦火によって逃げ惑う人々と、もぬけの殻になる家々でございます」
男が並べた目的を知り、伯爵は忌々しいものを見るような目で男を見下す。
つまりは人身売買用の奴隷の確保と、火事場泥棒だ。今回の騒動を引き起こせば、騎士団も民を守る為に割く余裕などいない。そうなれば都市に入り込めた彼らは、自由に都市内を荒らせるというわけだ。
「フン。所詮は浅ましい野盗の類か」
「そのようなものではございません。我らは戦火によって価値を失くしたものを再利用するだけ。誰にとっても損のない商売でございます」
「ならば働け。互いの利益の為にな」
「承知しております。では、そろそろ刻限ですので……失礼致します」
男は頭を下げながら、小屋から出ていく。
錆びついた蝶番が軋む音と共に扉を閉め、男は小さくため息を吐いた。
「なにも見抜くことができんとは。奴らを切り捨てた現皇帝は確かに優秀だ」
小屋の中にいる「元」伯爵だけでなく、他の貴族どもも付近の小屋に避難と称して連れてきている。それも男の計画に必要なことではあったが、あまりにも貴族どもの無能を証明していた。
男は踵を返し、貧民街からスラム街の方へ足を向ける。大通りの喧騒とは程遠い荒れた街並みに、男の靴音だけが反響していた。
「しかし……だからこそ利用価値がある。すべては、我らが崇高なる目的の為に」
その呟きは風に乗って消え、男もまた暗がりに姿を消していく。
フードの中で、妖しく輝く赤き光が2つ浮かんでいた。
【side:皇帝】
それより、数刻の後。
「軍備はこれでいい。さて、あとは……ああ、これもあったか」
執務室にて慌ただしく公務を捌いていた黒髪の青年。それこそが帝国における最重要人物である――現皇帝だった。
代々金髪である皇帝と違って、彼が黒髪なのは先代の妾の子だからだ。第49位というありえないほどの低い王位継承権を与えられた彼が皇帝の座に収まっているのは、それだけ彼が優秀だったからにほかならない。
それは政についてもそうであるが、なによりも――陰謀。
彼は権力闘争において渦巻く陰謀をすべて勝ち抜き、さらには先代皇帝すら排除してみせた。第49位の彼に取れる手段など限られていたというのに。
そして反対派はすべて粛清済み。くわえて、使えない貴族どもをまとめて家を取り潰したり、爵位を剥奪して追放した。
すべては王宮に渦巻く下らない権力闘争を一掃し、帝国の国力を上昇させる為に。現に彼のやったことは数字として出てきており、徐々に帝国は活気づいてきている。
もちろん、それは優秀な者にしわ寄せが来るということであり、彼自身も例外ではないのだが。
「皇帝陛下!」
当然、ノックもなしに執務室のドアが勢いよく開かれる。護衛の騎士たちは武器を構えたが、それが秘書官であることを認めて警戒を薄めた。
「何事だ。帝国には駆け寄って報告する礼儀はないぞ」
「く、クーデターです! 反皇帝派が一斉蜂起を!」
慌てる秘書官に対し、皇帝は手を振って答える。
「問題ない。奴らの戦力は把握済みだ。クーデターが起きた際の対処法も騎士団に周知させてある。お前も知っていたはずだが?」
「いえ、陛下! アンデッドです! 奴らはアンデッドの軍勢と同時に攻めてきたのです!!」
「……はぁ? まさか奴ら、〈
貴族として追放されたとしても、彼らは生者であり、信仰は根付いている。その心を思えば、アンデッドに頼るなどありえないと判断していたのだ。
それに〈
つまり、自爆覚悟のクーデターというわけだ。
「あのバカ共にそこまで知能がなかったとはな! さすがのオレも計算外だ! 英雄は誰がいる?」
「現在帝都に留まっている英雄はドレイクのみです。あとSランク冒険者としては、始祖吸血鬼の調査に出した……」
「ドレイクだけで良い。Sランク冒険者は権力になびかない者が多く、なにを要求されるかわからん。ドレイクが敗走した時に特命依頼を出せ」
「ですが、それだけ報酬が大きくなってしまうのでは……?」
当然、緊急事態の時に依頼する方が報酬は上乗せされる。英雄ほどが敗走した後に初めて話を持ちかけたのでは、法外な財産を請求されるのではないか、と秘書官の顔に書いてあった。
「現状でも同じことだ。どちらも火急なのであれば、ドレイクの後でも変わらん。連絡が行き違いで遅れたことにすれば大した問題はない」
アンデッドによる混乱の中、連絡が混線したと言えばそれを証明する手段はない。そこまで織り込み済みで皇帝は指示を出していた。
「それで敵の陣容はどうなってる。内部への侵入を許した以上、市街地戦は避けられんか」
「アンデッドの軍勢はスラム街より発生。貴族に付き従っていた私兵や、奴らが雇ったと思われる傭兵が帝都の外より襲来しております。その数は……」
秘書官の報告を最後まで聞いて、皇帝は安堵の息を漏らした。
ひとつは傭兵の数が想定の域を出ていなかったこと。もうひとつは、帝都の防備が傭兵などによって破られたわけではないと知って。
「多くの人間の侵入を許したわけではない、か。戦場の判断は騎士団に一任しているが、対アンデッドには神官の協力も取り付けているのだろう?」
「はっ。現在、報告を行っている最中です」
「ならば問題はない。強いアンデッドがいればドレイクに任せ、あとはAランク以下の冒険者にアンデッド討伐の緊急依頼を出せ。既に冒険者ギルドが動いているだろうが、正式に国のバックアップがあるとなれば動きも変わる。言うまでもないが、まだ特命依頼の話はするなよ?」
あとはイレギュラーなアンデッドの発生がないことを祈るのみだ。
そう思って皇帝が背もたれに身体を預けた瞬間、
「ぐおっ! なんだこの圧力は……!?」
室内にいるものすべてが頭を垂れ膝をついた。戦闘力のない秘書官などは床に倒れ伏している。それほどまでの暴力的な圧力が空間を支配した。
皇帝たちには知る由もなかったが、この時。
帝都全域を覆うような、巨大な半円状の負の結界が出現していた。
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