08 真祖吸血鬼VS吸血鬼ハンター・side:真祖吸血鬼
【side:トゥース 真祖吸血鬼】
「トゥース様。準備が整いました」
「うむ。ご苦労」
オレは頭を下げた部下に向かって手を上げた。これで我が吸血鬼たちが帝都を包囲したことになる。
現在は夜の帳も落ち、人間が最も非活動的になる時刻。対して今夜は満月ということもあって、こちら側の戦闘力は最高潮に達していた。
オレたちはコウモリの羽によって空中に飛び、帝都を見下ろしている。だがこのまま空襲はかけない。帝都は上空への対抗手段を備えている上に、こちらは空中戦が本分ではないからだ。ならば、地に足を着けて戦った方が有利になる。
「今夜の贄をもって、始祖吸血鬼様を復活させる。準備はよいか?」
「ハッ! 我らの命に代えましても、始祖吸血鬼様の復活を!!」
「真祖吸血鬼たるトゥース様のご下命、いかなる手段をもってしても達成してみせましょう!!」
オレは自分を囲う5人の吸血鬼を見回す。
彼らは上位吸血鬼。真祖にはほど遠く、階位すらもたない弱き者どもだが、彼らが現状の最高戦力なのだ。
(すべては、あの憎き吸血鬼ハンターの冒険者……!)
今思い出すだけでも、腸が煮えくり返る思いだ。我らの食事にすぎない人間如きが、始祖吸血鬼様を倒すなど。それも不意打ちという汚い手段で。
だがそれも今日で終わる。あの吸血鬼ハンターの冒険者は、囮の下級吸血鬼たちによる陽動に引っかかった。あの距離を帰ってくるのならば、人間であれば馬車を使うしかなく、急いでも一週間は掛かる。
夜中を疲れ知らずに走り続けられる我らとは違うのだ。戦闘能力しかもたない人間というのは、こういう時に脆弱さをあらわにする。対応力が低く、種族として脆いのだ。
オレは勝ち誇ったように手を上げ、進撃を指示する。
「では帝都の人間を血祭りにあげろ。強者が来たらすぐさま逃げろ。血の回収が第一だ。なんとしてでも始祖吸血鬼様を復活させる。行け」
「ハッ!!」
上位吸血鬼たちは闇に乗じ、外壁の壁上へ下りていく。集中力の落ちた警備の衛兵など、闇に溶けられる我らにとっては赤子同然だ。
最も守備の固いはずの正門。だが壁上にいた衛兵たちは、一瞬でそのほとんどが倒れ込む。上位吸血鬼たちが血を吸ったのだ。それを蓄え、始祖吸血鬼様の復活へ使用する手筈となっている。
始祖吸血鬼様復活の為には、大量の血液が必要だ。その為に帝都襲撃が必須だった。周辺の村々を襲っていたのでは、血液が集まらないばかりか、時間がかかることによってあの吸血鬼ハンターが派遣されてしまう。奴はこちらの弱点を知り尽くしているから、逃げ隠れすることは難しい。
だからこそ、あの女のいない時期を作り出す必要があったのだ。あの女以外の強者もいるだろう。だが、あの女のように吸血鬼の気配を感じて出てくるわけじゃない。多くの人間が被害にあってから、ようやく出てくるはずだ。
それまでにこちらは目的を終え、速やかに撤収する。完璧な作戦だ。すべては始祖吸血鬼様復活の為に。
「ん?」
オレが気分を良くしていると、壁上の上位吸血鬼がひとり、ふたりと姿を消した。
なんだ、なにが起こっている?
あの女はいないはずだが……まさか、今夜に限ってイレギュラーに強い人間が配置されていたのか?
英雄、と呼ばれる人間相手なら、吸血鬼対策をされていなくとも上位吸血鬼程度では相手にならないだろう。もし、それがたまたま壁上にいたのだとしたら――?
「チッ! 運が悪い!」
オレは悪態を吐きながら、隠密を強化しながら壁上へ下降する。近づくのは危険だが、状況がわからないままに撤退するのも対策が打てない。
警戒を厳にしながら壁上へ近づくと、
「……罠?」
注意深く観察してようやく見えるほどに、緻密に隠蔽された魔術による罠が設置されていた。その罠魔術によって、上位吸血鬼はすべて灰と化している。
しかも、倒したと思っていた衛兵の死体もない。もしやあれは……幻術? まさか、この最初からすべて騙されて――。
「そこまでだ」
上空から声が聞こえた。反射的にそちらへ振り向くと、壁上に落ちてくる人影が3つ。いや、正確には1人と抱えられている2人。
声の主は忘れもしない、あの憎い吸血鬼ハンターの冒険者である女だ。その女と、もう1人子どもの女を抱えているのは、白髪の男。身体はそこそこ大きいが、強さを一切感じない。とはいえ、この壁上までなんらかの手段で跳んできたのだ。油断は禁物だろう。
だが、問題はそこではない。
突然の出現に頭が混乱したが、そもそも。
「なぜお前がここにいる!?」
そうだ。この吸血鬼ハンターの女。コイツがここにいることがおかしい。コイツは今日の昼に、あの陽動部隊に辿り着いたはずだ。なのに、なぜ帝都にコイツがいるのか。
女は男の腕から下り、剣を抜くと悠々とこちらに構えた。
「お前たちの下劣な作戦などお見通しだ。私に勝てないからと、このような汚い手段を取るなどと。やはり吸血鬼は生かしておけない」
奴の持つ剣先が向けられると、身体の芯が震える。不死者への特攻と、吸血鬼への特攻。2つの能力を持った剣だ。さすがの真祖吸血鬼であるオレでさえ、底冷えするような本能的な恐怖からは逃れられない。
「ふん! そこまで言うなら一騎打ちといこうじゃないか! それとも、その汚い吸血鬼相手に3対1でかかってくるか?」
「そこまで口が動けば上等な死体だな。その挑戦、受け取った。だが……始祖吸血鬼を倒した私に、真祖吸血鬼ごときが勝てると思うな」
ぐっ、と唇を噛み締める。確かにコイツは始祖吸血鬼様を打ち倒した。だが、コイツだけの功績じゃない。コイツとの戦いに気を良くして、背後が疎かになった始祖吸血鬼様を――。
「ほざけ卑怯者! あんな不意打ちで勝てたなどとよくも言えたな!」
「不意打ちだと? 負け惜しみでは足りず、妄言を吐くようになったか。そこまでくれば、灰にされても未練はあるまいな!」
女が地を蹴った。一瞬で距離を詰められ、切っ先がオレの眼前に迫る。
それを必死に回避し、伸ばした爪で切り裂く。
だが双撃は白銀の鎧に弾かれる。不死者――特に吸血鬼への抵抗が高いのだろう。
「チッ!」
オレはすれ違いながら全力で女から離れる。逃げに徹すれば追いつかれることはないだろうが……一騎打ちと言った手前、本当に逃げ出せばあの少女が背中へ攻撃してくるはずだ。男はともかく、あの少女の魔力含有量はヤバい。チラッと見ただけで震えるレベルだ。
無駄な思考を打ち切って、オレは目の前の女に集中する。
不意打ちで始祖吸血鬼様を倒した卑怯者とはいえ、その実力は確かだ。数秒とはいえ、始祖吸血鬼様と互角に渡り合ったのだから。
なればこそ、ここで出し惜しみしている場合ではない。血はまた集めれば良いのだ。ここでオレが死んでしまうことこそ、始祖吸血鬼様復活への道が閉ざされてしまうことではないか。
「――来い。〈狂宴〉」
オレは始祖吸血鬼様復活の為に蓄えた血液を使用して、肉体を強化する。怖いのはコイツだけだ。コイツさえ殺せれば、あとは怖くない――!!
「行くぞっ!!」
自分を奮起させるように大声を出し、オレは一気に女へ迫る。奴が剣を構える動作に合わせて爪を――。
(なんだ、遅い?)
女の動きが明らかに遅かった。
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