17 VSエクレア・sideフラン
「ではお願いします、先生」
私は頭を下げてから杖を構えた。
その先にいる先生は、なにかを確認するようにゆっくりと肩を回している。
「そりゃあれだけ言われたらな。でも手合わせなんだから、本気でやんなくていいんだろ?」
「私は本気でいきます。そうしないと意味ないですから」
城塞都市ブレーキから一時間ほどの――先生の小脇に抱えられて移動すること数十秒――充分に離れた平原。
ただただ草地が広がる空間で、先生と私は対峙していた。
――手加減してちゃ手合わせの意味がない。全力でやらなきゃ。
構えもしない先生に対し、私は開幕から自身の最大魔術を使うことに決めていた。油断してくれているなら幸いである。
その前に、身体強化系のバフ魔術を大量に盛っておくことも忘れない。というか肉体強化をしておかなければ、そもそも勝負にもならないだろう。
「〈
バフをかける度に、私の身体はそれぞれの色で発光する。赤、緑、橙、紫などと光っていくのだが、先生は特に動くこともない。
様子見してるのか、この程度のバフではどうにもならない差があると見ているのか。
そもそもの話。
魔術には『完全詠唱』・『短縮詠唱』・『無詠唱』の3種類の発動方法がある。
『完全詠唱』とは、本来の発動方法。魔術に対応した詠唱――人語ではなく魔術語である――を行い、一定時間後に発動させることだ。
だがその分効果は高く、魔力消費に対して100%の威力を保てる上に安定性もある。そのため、本来魔術師は後衛として守ってもらわねばならない。宮廷魔術師であろうと魔術騎士であろうと冒険者であろうと。普通、魔術師はソロで活動しないのはこれが理由である。
『短縮詠唱』とは、長い詠唱部分を省略することだ。省略した部分を補うために、必要魔力量は増え、更に技量が必要となる。
ちなみにどれだけ短縮させても、魔術名を口にすることは省略できない。魔術名が魔術の最終イメージを固め、魔力の器となるからだ。
この短縮詠唱を極めた先にあるのが、『詠唱破棄』。魔術名のみで発動させることだ。〈
ただし当然その分、多くの魔力や技術を必要とするため、難易度は高めだ。魔力が足りなければ威力は大きく減衰し、あまりにも足りなければ不発となる。
その上にある『無詠唱』とは文字通り、詠唱そのものを無くし、無言で魔術を発動させること。
難易度は『詠唱破棄』より跳ね上がり、消費魔力も数倍となるので圧倒的に燃費が悪いのだ。通常、ここまで極める魔術師はほとんどいない。
だがその分、相手にこちらの魔術や力量といった情報を与えないので、一方的な展開にすることも可能だ。不意打ちにも適しているし、ソロで活動する魔術師に『無詠唱』は必須とも言える。
『無詠唱』が使えるほどの強さだからソロなのか、ソロだから『無詠唱』を使えるのか。卵と鶏問題のような言葉遊び感はあるものの、いずれにせよ『無詠唱』が使えるならばそれなりの魔術師であることは保証される。
私がかけた〈
習得難度も発動技量も高いがその効果は破格に近く、『完全詠唱』と同等の消費魔力だけで、中級魔術以下であれば『無詠唱』に。上級魔術でも『詠唱破棄』が行えるようになる。
要するに、簡単に一段階上の魔術師になれるというわけだ。繰り返すが、これ自体の習得や発動、更に『詠唱破棄』化が難しいという前提はあるけれど。
だがバフを盛った後、私は正確な詠唱を紡ぎ、杖の先端へ魔力を集めていく。先生もそれを邪魔するように動くことはなく、私の動きを静観している。
私もその時間に甘えた。
――戦力差を考えれば、最初の一撃くらい譲ってくれてもいいだろう。
魔術語での詠唱を終え、私は目を見開いて先生を見据える。
「行きますよ……〈
私が選んだのは上級の上にある――超級の魔術。生活・初級・中級・上級・超級・神級の、上から二番目。
ここでさえ一部の人間にしか辿り着けない、極致の領域だ。
当然、『短縮詠唱』すら不可能な魔術。技量の問題ではなく、〈
〈
ハッキリ言って、ここまで魔術を正確に扱える者は冒険者にはほぼいない。私は全属性を扱えるけど、その中でも得意属性である火属性を極めるとはこういうことだ。
私が杖を突き出すと、先端から放たれたのは超極大の火球。
まるで太陽がもう1つ現れたような熱気に、平原の草は急速に色を失っていく。草原が燃え上がらないのは、私の魔力操作によるものだ。イタズラに自然へのダメージを与えるのもよくないだろう。
「行けっ!!」
燃え盛る火の粉で道筋を描きながら火球は飛んでいき、先生はそれを迎え撃つポーズだ。灼熱に照らされて、先生の身体が真っ白に光ったように見えた時。
「〈ライトニング〉」
巨大な火球は一瞬で霧散した。熱量が一気にほどけたせいか、その余波によって平原に熱風が吹き荒れる。
――ですよね。先生ならそれぐらいやるでしょうね。
超級魔術を、初級魔術で打ち破るという常識の破壊。しかし今更その程度で驚いてはいられない。
私は次の魔術を打ち込もうと構えた。
〈
突然、宙から現れたように現れる魔術の数々は先生にとっても脅威だろう。そう信じていたからこその距離感なのだ。
この距離を保っていれば、先生がその気になるまでは一方的に攻撃できるのだから。
だが。
先生は私の考えを裏切って、その場から駆けた。
「はやっ……!?」
思わず驚きが口を突いて出る。
〈
ただそれを視認できたのは、先生が真正面から向かってきてくれたからだろう。
これが裏に回るように動かれたら――。
――余計なことは考えない。正面突破は〈
先生が一定距離に近づいた瞬間、彼の眼前で炎が爆ぜた。わずかでも敵意ある者には容赦なく攻撃を加える火の防壁だ。
しかし、先生はそんな炎などなかったかのように突っ込んできた。顔面にも一切の傷跡はない。火傷の欠片も見えなかった。
――だけど先生は必ず。
頭を掴みにくる。今までの経験から導かれる確信が、私にはあった。
ましてや手合わせである。勝利状態になればいいので、必要以上の傷を負わせないという行動は容易に予想できた。
私の想像どおり、先生の右手が真っ直ぐに伸びてきている。今までに見てきた先生の動きとしては、比較的緩慢だ。
それでも〈
私は先生の腕を回避し、すれ違いざまに無詠唱で〈
振り向きながら私は追撃を行う。
〈
炎の槍と爆炎のコンビネーション。〈
爆発によって先生の姿が隠れるが、私は一切の油断をしない。
あの程度で先生を捉えられるはずがないのだ。その予想は当たり、先生は燃え上がる黒煙を抜けて姿を見せる。
――中級じゃ厳しい。ならせめて上級を。
「〈
私は杖を振って、遠慮なく上級魔術を発動した。
杖の先端から真っ黒な灯火が放たれる。まるで鬼火のようにゆらゆらと揺蕩い、先生に接近した瞬間。
漆黒の炎が空間を焼き尽くした。なにもない空間で燃え上がる、黒々とした炎。
だが先生は〈
たった一薙ぎ。虫を払うようななんでもない動作。
それなのに、上級魔術は一瞬で打ち消されてしまった。
――本来は上級魔術にも〈
最初に出会った時、魔族の上級魔術に向かって〈
「〈
私は強化した脚力に任せて距離を離しながら、更に上級魔術を発動させる。足元から大量の溶岩が先生に向けて流れ出し、平原を燃やし尽くしていく。
もう自然がどうこうとか言っている余裕はない。後で修復すればいいだけだ。
広範囲な溶岩に対し、先生がどうしたのかと言えば一息で跳んだだけ。軽い跳躍で広がっていく溶岩を全て無意味に化したのだ。
――いや、無意味じゃない。
先生は宙に浮いている。つまり、いくら彼であろうとも無防備だということ。
――ここで決めないと、ジリ貧だ。
いくら距離を離して魔術を連打しようとも、先生に通じないのでは意味がない。
身体能力だけでなんとかしてしまう先生に対しては、私が魔力切れでバテる可能性の方が遥かに高いからだ。
私の持つ魔力量も人間のそれとしては規格外なのだが、さすがに超級の魔術をポンポンと無尽蔵に連発できるわけではない。
だからこそ。
――ここが勝負の分かれ目!!
私は杖先を上空に向け、先生に向けて魔術を放った。
「〈
終戦を決定づけるように大声を出し、威力重視の上級魔術を放つ。瞬間、先生の目の前で爆発が起こり、空間が爆裂していく。
先生はその中心部にいたことにくわえて、空中にいる以上、回避は不可能。無防備な先生の身体に、周囲を振動させるような大爆発が襲いかかったのだ。
――これで、どう?
私は爆炎を見て、煙が晴れるのを待つ。周囲に気を巡らせるが、先生の気配がないのだ。
考えられるのは、ずっとあの爆発の中にいるか。
それとも……いやありえないだろう。まさか上級魔術程度で先生が――。
トントンと肩が叩かれる。瞬間的に振り向き、額を小突かれた。
パリン、とガラスが割れるような音が私の脳内に響き渡る。
「俺の勝……」
私は杖を振り払い、先生はサッと跳びのいた。それに合わせて私もまた距離を空け、小突かれた感触だけが残る額をさする。
――1回だけ攻撃を無効化する〈
ただ私は、相対する先生の表情を見て、まだまだ本気ではないことを実感した。そうでなければ、あの場面で私の顔面を掴んでいたはずなのだから。
「先生。トドメはしっかり刺すような動きでお願いします。それまで続けますので」
先生は疑問を持った子どものように首を傾げてから、なんの仕掛けもなく歩き出した。
ただし、その速度は――。
――見えない!
私の持てるバフ全てで身体能力を強化しても尚、見えない速度。ただ目の前に迫っているという感覚だけを当てにして、私は中級魔術を放つ。
〈
その計算通り、先生は大きく横に動いた。
ひとつ計算が違っていたとすれば、
――やっぱり見えない。
一瞬で先生の姿が消えたのだ。
私は〈
――うしっ……。
そこから思考は続けられなかった。
真っ直ぐに突き出された拳。
それを認識した瞬間、私の思考は漂白されてしまったから。
――死。
死ぬ。
殺される。
終わり。
人生の幕引きを告げる言葉が脳内を占める。
気迫によってか、先生の拳は私の視界を埋め尽くしていた。
対応策はない。逃げることも防ぐことも不可能だ。
そう脳が認識して、現実からの逃避を続ける。
数百倍にも圧縮された刹那の時間の中、私は動けずに立ち尽くす。
だが死の恐怖には抗えず、私は強制的に眠らされるような感覚と共に背後へ倒れ込んだ。
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