02 最強の闘士
「ありがてぇ。それでいい……」
「最強の闘士……とは?」
一にも二にもなく承諾しようとする先生を抑えて、私は質問する。噂には聞いたことがあるが、まさかそんな最強カードをすぐに切ってくるとは思ってなかった。
「ウチが抱える最強の闘士、それが獣王です。獅子の亜人であり、その膂力はゴールドゴーレムすら砕き、その敏捷性はソニックファルコンすら掴む。それほどの強さです」
グリッドの顔が不敵な笑みに染まる。彼が上げたモンスターは、どちらもAランクモンスターだ。それを軽々と凌駕すると豪語するほど自信満々ということは、獣王が負けることなど毛頭考えていないのだろう。
「その獣王というのは、シェルフェードさんが雇っているということですか?」
「グリッドで構いませんよ。質問にはイエスです。帝国の外に広がる大森林に住んでいたところを、かの英雄――ドレイクに捕縛してもらったのですから」
英雄ドレイク。現在12人いる英雄の1人だ。
人類の秘宝だとか。最終兵器だとか呼ばれている。
戦力としてはSランク冒険者と同等以上であり、魔王軍との決戦にも向かって来ていただろう。先生が半日もかからずに魔王軍を打ち倒したので、全く出番はなかったが。
「その英雄ってのはなんだ?」
「ああ……先生には後で説明しますので。それでグリッドさん。では獣王は嫌々貴方に仕えている、ということですか?」
しかし私の質問に、グリッドは爽やかな微笑みで首を振った。
「そうではありません。今では充分な給金も与えていますし、本人も有名になって帝都生活を満喫しているようですからね」
要するに、文明に染まったわけだ。大森林で生きるような原始的な生活をしていれば、都市の生活など快適すぎるだろう。
まあ、私の隣には全く文化的な生活に染まらない人がいるけど。先生は正直、どんな分野においても例外だと思う。
「それで、いかがでしょう? 数日後にはなりますが、対戦カードを組ませてもらっても?」
にこやかに薄い笑みを浮かべるグリッドだが、その瞳の奥には商人の煌めきがあった。確実に今回の対戦で儲けるつもりだろう。
それは構わない。それが商人として――彼の生き方であり強さなのだから。
ただ正直、
(獣王ですら相手になるんだろうか?)
先生の強さを知っている者からすれば、どんな強さの存在を出されても勝てるイメージが沸かないのだ。
とはいえ、先生としては実際に戦ってみたいと思うだろうし。
「先生。受けてもいいと思います」
「おぅ、そうか。まあ受けるつもりだったがよ。それで頼むぜ」
先生がそう答えると、グリッドはとてもいい笑顔を浮かべて、
「おお! 受けていただけますか! では詳細を詰めさせて頂きますね!」
握手を求めてくる。
それを先生が受け、『先生VS獣王』の対戦カードが決まったのだった。
「んで、英雄ってのはなんだ?」
グリッドとの話し合いを終え、宿屋の部屋で休もうとしていると先生が入ってきた。無遠慮なのはいつものことだけど、さすがに女性の部屋なんだからノックもなしに入ってくるのはどうなのか。
などと言っても先生には通用しないので、私は諦めながら先生に向き直った。
「英雄というのは現在12人いて、『十二英雄』と呼ばれています。本当は13人いたんですけど、素行に問題があったので今は12人です」
「そいつらはどれだけ強ぇんだ?」
「私も噂に聞いただけですけど、人間の中でも最強に近いって話です」
すると先生は、獰猛な野獣のように歯を剥き出しにして唇を歪める。それが「笑い」の表情だとわかるのは、この世界に私以外、何人いるのだろう。
「そいつらと戦いてぇな。闘技場には出ねぇのか?」
「強すぎて相手がいないんでしょうね。闘技場最強って売り出してる獣王だって、結局は英雄ドレイクに捕縛されてますから。その力量差がわかるでしょう」
「……だな。まずはその獣王を越えなきゃいけねぇってことか」
先生はパシンと拳を手のひらに打ち付けると、なにかを思い出したように言葉を続けた。
「しっかし。普段の闘技場はあんな弱い奴しか戦ってないのな」
「ああ……かなりしょっぱかったですね」
グリッドとの話し合いの後、闘技場のフリー観戦チケットがもらえたので観戦したのだが、これがまあ……私たちからすれば強くはなかった。
その日の最後には少しは見ごたえのある対戦カードが組まれている。らしいのだが、本日のラストカードはBランク冒険者VS帝国騎士団第なんとか師団第なんとか番隊副隊長だった。
見栄えのする魔術もなく、ただただ剣戟の応酬を続けるだけ。副隊長は騎士団の役職持ちでもかなり末端だったのかもしれないし、冒険者の方はBランクの中でも弱い方だったのかもしれない。そう思えるほどに試合内容が退屈だった。
ただ会場は確かに盛り上がっていたことから、あの程度が闘技場の日常だったのだろう。正直言って、私が2、3個強化魔術を掛ければ正面から殴り勝てるぐらいだ。
「まっ、獣王があの程度ってことはねぇだろ。油断だけはしねぇでおかねぇとな」
「ですね。油断で負けるのは恥ずかしいですから」
命のやり取りのない対戦とはいえ、そんな心構えのせいで負けるのは生き恥だ。とはいえ、私は先生があくび混じりで獣王を倒しても驚かないけど。
【side:グリッド・シェルフェード 闘技場オーナー】
「グリッド様。良ろしかったのですか? あのような対戦を組んで」
「構わん。獣王が英雄以外に負けるはずがないからな。Sランク冒険者など、既に数人打ち負かしているのだから」
グリッドはメイド――の姿をした側近に向けて薄く笑う。その笑みは好青年のものではなく、狡猾な商人そのものの顔だった。
「ああ、また獣王のおかげで我が商会は潤ってしまうな。また奴への特別給金を与えなくてはなるまい」
獣王が出るカードというのは、大概が獣王が出るに相応しい『格』を持った相手だ。つまり、獣王という闘技場における王者と釣り合うだけの対戦相手が来たということ。そんなカードが盛り上がらないわけがない。
それに客たちも今度こそ獣王が負けるのではないか、と挑戦者に多く賭ける傾向にあった。故に獣王が勝てばその分儲けられるので、獣王の対戦カードを組めるのはグリッドにとっても実りの多いことになる。
「獣王のケアは充分しておけよ? 奴には、この闘技場でせいぜい王様を気取っておいてもらわなくてはならないからな」
「はい。承知しております」
確かに獣王は強いが、世界にはもっと強い存在が数多く存在する。その筆頭が獣王を捕まえた英雄であり、魔王やらドラゴンといった存在だろう。
しかし、闘技場にいる限り獣王は無敵。わざわざ獣王ごときを相手にする為に英雄が闘技場に来るはずもなく、魔王軍やドラゴンとの戦いとも無縁。獣王が負ける要素など、どこにもないのだ。
「そういえば……」
ふとグリッドは思い出した。
王国の方に迫っていた魔王軍が殲滅され、魔王が捕縛されたという情報は入っている。しかもそれを成し遂げたのは、Sランク冒険者だと。王国の情報規制が厳しく、その冒険者の名前までは掴めなかったが。
魔王軍を打ち破り、100年以上続いた睨み合いに終止符を打つとは、かの英雄に匹敵するであろうSランク冒険者だ。おそらくは、神出鬼没の代名詞である『見通す魔術師』ことナーリーがやったのだろう。そうグリッドは考えていた。
(ナーリーが出るとなれば、私は止めただろうな。奴は、英雄以外で獣王が恐れを見せた唯一の存在だ。獣王に土を付けるのは、奴の価値が落ちるのと同義。それだけはやらせるわけにはいかない)
今回、エクレアとかいうSランク冒険者の申し出を受けたのも、獣王が恐れる気配を感じなかったからだ。強者のオーラというものを、闘技場の内外という近さで全く感じなかったと。逆に英雄ドレイクの時は、数キロ先からでも強さがわかったと言っている。
(とはいえ、警戒は必要だ)
急ぎ、エクレアがなにを為してSランク冒険者になったのかを調べさせている。だが、ここも冒険者ギルドのガードが固くて調査が進んでいない。いったい、なにを秘匿しているのやら。
それに最近は帝国貴族たちの動きもキナ臭い。魔王が討伐されたことで、王国と国力が並ぶことを危惧しているのか。それとも――現皇帝が無能な貴族たちを多く切り捨てたことに関係している?
そこまで考えて、自分は損にならないように立ち回るだけだと割り切る。
エクレアのことも、獣王と直接対決するまでになにか掴めればいいとだけ思い、グリッドはソファに背中を預けた。
「まあ、それでも獣王が負けることはあるまい」
Sランク冒険者は相手にならない。
それは今までの実績が証明している。
しかもSランク冒険者としては無名――いわゆる新人だ。
そんな奴が獣王に勝てるわけがないのだから。
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